王家の宴本番:嵐の元が広間を闊歩する
ヴィンスが差し出したお菓子に、シオンがぷいっとそっぽを向いたので、おやつタイム終了だ。
ルシウス様が口の中を検めて、頬袋に隠してないか確認する。
それから抱き寄せて少し背中を叩いてみるけど……眠くはないみたいね。
「さてと。では私達は社交をしてくるわ。シオン様、またね」
三人娘は、それぞれの夫と共に広間へ戻って行った。
残された我々はお互いを見合う。
「……社交、します?」
「いる?」
「俺はいらんなぁ。サリーは?」
「必要ありません。」
だよね、と全員で頷いた。
片や公爵家、片や商人。
知り合いはわんさかいるし、必要ならば自分らで開拓する。
何もこの場で新たな人脈作りとかいらんなー。
「まあでも、シオンもおやつに飽きちゃったし。このままここにいるのもつまらないですよね」
「僕はミューとシオンがいるからつまらなくないけど、シオンは飽きちゃうね」
「息をするように口説くなぁルシウス」
「これが若旦那様の常態ですので」
揶揄われ赤くなるが、ではどこが口説き文句?と言うのはわからないんだろうな。
「シオンが眠くなったら帰ってもいいと言われてますし、ひとまず親戚に会いに行きましょうか」
「親戚?誰か来てたっけ」
「グリフィスじゃないわよ、アイゼンバーグ側。お義姉様達も来てるはずでしょ?」
「あぁ、カトリーヌも連れてきてるならちょうどいいね。シオン、ご挨拶に行こうか」
「ごち、よぅ!しょんよ!」
「「早い早い」」
フライングで挨拶を始めるシオンに苦笑しつつ、私達も広間へと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
「カトリーヌ、諦めなさい!シオンならいい、でも彼は駄目だ!」
「いにゃ!や!」
カトリーヌ様とお義兄様の攻防戦。
苦笑してるのはヴィンスだ。
「カトリーヌは美形好きなのね」
「そこで括るのはちょっと」
「じゃあ、悪い男が好み?」
「お義姉様、さりげに俺を悪いやつにしないでくれ」
お義姉様は感心したように眺めているが、娘と夫を止める気配はまったくない。
皆でぞろぞろと歩き、レスター公爵家ご一行様と出会った瞬間、カトリーヌ様が「きゃー!」と歓声を上げたのだ。
何に興奮しているのかと思ったら、ヴィンスだった。
ばたばたと手足を動かしヴィンスのところへ行こうとするカトリーヌ様を、お義兄様が必死に留めて今に至る。
シオン?ヘルメス様のお髭に夢中よ。
「ヴィンスくんの魅了は、一歳児にも効くのねぇ」
「重ねて言うが、故意ではないぞ?さすがに赤ん坊は対象外だ」
「グリフィスにいた時、赤ん坊なんてそうそう会わなかったわよね?」
「ミュリエル様、グリフィスに赤ん坊がいなかったのではなく、その母達が魅了を警戒してヴィンス様を避けてたのです」
「「なんと……!」」
初めて知る事実だった。
「まあ、じゃあ避けて正解だったのね。旦那様が負けそうよ」
「ローズ!頼む、手伝ってくれ!」
「まあ旦那様、娘の初恋を邪魔するなんて野暮ですわよ?」
「初恋言うな!」
お義兄様、泣きそう。
「大丈夫だお義兄様、魅了は初恋のうちに入らないから」
「そういう問題じゃない!」
「お嫁に行く練習だと思ったらいかが?」
「カトリーヌは嫁には行かない!」
「どこかのヴィンセント様みたいなこと言いますね」
悠長に眺めていると、ヘルメス様とシオンとルシウス様がこちらに合流した。
「父上!カトリーヌを止めてください、嫁に行きそうです!」
お義兄様、必死過ぎ。嫁には行かないだろう?
「ん?シオンか?」
「ヴィンスくんですよ。ミューのお兄様の」
「ヴィンスくん?」
何気にヴィンスを見、オッドアイと目が合った途端、ヘルメス様はガチリと固まった。
「あらまぁ、幼女からお年寄りまで、選り取りみどりね」
お義姉様は楽しそうに笑う。
「そう言われても、俺にはこうして妻子がいるしな」
そう言ってヴィンスはサリーを引き寄せた。
サリーが少しむくれてるのは、恥ずかしいからだろう。
「あら。そう言えば、いつの間に結婚を?」
「一昨日?かな?」
「まあ」
「提出したのが一昨昨日で、受領されたのが一昨日ですね」
「新婚ホヤホヤね!」
「……そう言えば、そうだな」
「ホヤホヤ感はまるでないです」
付き合いが長いせいか、熟年夫婦くらいの慣れっぷりだ。
「ホヤホヤ感は、お前達の方があるよな」
ヴィンスが笑う。
お前達?
言われてふと後ろを見ると、見慣れた夫の顔が間近にあった。
シオンがヘルメス様に抱っこされてるので、こちらにくっつきに来たらしい。
「?」
目が合って嬉しそうに笑う。
バックハグでお腹を触る、いつもの立ち位置だ。
「結婚生活も二年を過ぎてるでしょうに、確かになんだか新婚夫婦っぽい二人ね」
お義姉様も納得したらしい。
「新婚の頃からお変わりないです」
サリーにも言われた。
「何が?」
「私達、新婚夫婦っぽいんですって」
「新婚……?」
撫で撫で。どこら辺が新婚夫婦っぽいのか、こちらもわからないらしい。
まあ、そこがルシウス様らしいっちゃらしいが。
「じーじ?じー、じ!」
固まってるヘルメス様をシオンがペチペチ叩き、ようやく硬直が解けたらしい。
「あ、あぁすまないシオン。ぼうっとしてしまった」
そう言ってヘルメス様はルシウス様にシオンを渡し、戦い続けてる親子の元へ行った。
「カトリーヌ、彼はやめておきなさい。魂を抜かれる」
「いにゃー!」
「抜いてないし」
それでもその表現は気に入ったらしく、ヴィンスは楽しそうに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくレスター公爵家の攻防を見ていたが、たぶんヴィンスがいたら終わらないのでは?となったので、カトリーヌ様頑張ってね〜とエールを送って立ち去った。
ぎにゃーー!と凄い悲鳴が響いたが、「ふわわ!」とシオンが対抗するくらいしか出来ない。
「赤ん坊の相手は大変だなぁ。皆が皆、シオンのようにお利口ではないってことか」
後ろの騒ぎを聞きながら、ヴィンスが呟く。
「シオンだって大変よ?比較的楽な方ではあるけど、それでも癇癪起こしたり物を投げたりするわ」
「しょん、いーこ?」
「今はね」
「そっか、ならカトリーヌが泣くのも仕方ないな」
ふふ、とヴィンスがシオンと笑い合ってると、「ミュー様!」と声が掛かった。
「エリーゼ様!いらしてたの?」
エリーゼ様とレイモンド様、辺境伯ご夫妻だった。
「はい、三日前に王都に着いたんです。お久しぶりです!」
「ええ、お久しぶり。シオン、ご挨拶は?」
「ごち、よぅ!しょんよ!」
「かわっっ!!」
口元を抑えるエリーゼ様に、レイモンド様は肩をポンポンと叩いた。
「レイモンド。こんばんは」
「ルシウス、久しいな。それと……」
「お初にお目に掛かる。ヴィンス・グリフィス、ミュリエルの双子の兄だ」
ヴィンスは目を見て挨拶をしたが、レイモンド様は動じず「初めまして。辺境伯、レイモンド・ヴュー・ハーツライドだ。ルシウスのハトコにあたる。こちらが妻のエリーゼ」と普通に自己紹介をした。
魅了には掛からないらしい。
ふむ、と頷き、ヴィンスは次にエリーゼ様に向かって笑い掛けた。
「エリーゼ様、初めまして。ミュリエルの兄のヴィンスだ、どうぞよろしく」
エリーゼ様は一瞬にして赤くなり、言葉をなくした。
「エリーゼ?どうした??」
魅了のわからないレイモンド様は、何がなんだかわからないらしい。
「……辺境の者だから耐性がある訳でもないんだな?」
「私の友達で実験しないでくれる?」
「すまん」
そうなんだろうな、と思いつつ釘を刺す。
エリーゼ様は深呼吸して、己を取り戻したようだ。
「……失礼しました。辺境伯家のエリーゼと申します。よろしくお願いします」
「大丈夫よ。失礼なのは兄の方だから」
「すまないなエリーゼ様。これに懲りず、ミューと仲良くやってくれ」
原因が何を言うかと思ったが、エリーゼ様はにこやかに微笑んだ。
「ミュー様、しばらくお会いしなかった間に、お腹が随分大きくなりましたね!」
エリーゼ様が嬉しそうに声をあげる。
「そうね、半分超えたから。まだもうちょっと膨らむわ」
「わぁ……!」
「……ミュリエル夫人、その……見間違いでないといいのだが、侍女の方も……?」
レイモンド様が大変言いづらそうに切り出す。
まあ、これで妊娠してなかったらただ太っただけってことになるしね。
さすがに今のサリーのように、お腹周りのみ太るような人はそうそういないだろうけど。
「ええ、見間違いではありませんわレイモンド様。サリーは私の侍女ですけど、この度兄と結婚しましたの」
「この腹の原因は俺だ」
当然のようにサリーのお腹をポンポン叩くので、逆にサリーから拳をお腹にめり込まされてる。
「うぐ……おい、これが夫に対する仕打ちか……?」
「無礼者には鉄拳を、と父から言われております」
「俺は対象外だろう……」
「そうでしたか?」
シレッと言うサリーは平然としている。
うん、ヴィンスが悪い。
二人のやり取りを見て、レイモンド様が驚愕した。
「侍女……サリー!では君が……!」
ん?どういう驚き方?
戸惑っていると、エリーゼ様も「あ!」と声をあげる。
「サリーさんの旦那様……ではこの方が、すり潰される方……!」
ぶはっ!
私とルシウス様は同時に吹いてしまった。
その話か!今蒸し返す?!
「すり潰される?何が?」
事情を知らないヴィンスが普通に聞き返すが、辺境伯夫妻は答えない。
「サリー、なんだ?」
あぁ、サリーに聞くなんて……!
肩が震えてしまう。ルシウス様も盛大に咳き込んでるぞ。
「ミュリエル様に『もしも浮気をされたら』と聞かれましたので、『すり潰す』とお答えしました」
サリーは平然と答える。
男性陣は皆固まった。
「……すり潰す?」
「はい」
「……アレを?」
「はい」
「〜〜なんでそんなに平然と?!」
「なんでと言われましても。浮気をされたら、ですから」
「それにしたって極端だろ?!お前だって俺ので喜んでたじゃな、グハッ!」
再度拳がめり込み、王家の宴に相応しくない会話は強制終了された。
辺境伯夫妻は、場に見合った話題を選びましょう。(他人事)
◇◇◇◇◇◇◇
辺境伯夫妻に無自覚な意趣返しをされたヴィンスは、少し大人しくなった。
殴られた腹が痛い、とも言う。
「あと私の知り合いで来てそうなのは、オリビア様くらいかしら?他は下位貴族が多くて、当主だけとかばかりね」
「オリビア様?あぁ、タスクの嫁か。そういや何か言ってなかったか?」
「オリビア様は先週お風邪を召されまして、大事を取って欠席いたします、とポルカ会頭よりご伝言を承っております」
ヴィンスの確認に、サリーが平然と答えた。
……今?
「宴も中盤じゃないの、なんで今まで黙ってたの?!」
「「忘れてました」」
そこだけ声を揃えおって!
「たしゃ、めんちゃ〜」
「ほら、二人が誠意足りなくて代わりにシオンが謝ってるわ!」
「ミュー、すまない俺が悪かった。本当に忘れてたんだ。お前達に逢いたくてすっぽ抜けた」
「めんちゃ〜」
「ミュリエル様、申し訳ございません。私もお二人に再会するのが待ち遠しすぎて、会頭の話を半分しか聞いてませんでした」
「たしゃ、めん「シオン、ほらお父様とお散歩しようか」」
合間にシオンの謝罪が入るもんだから、怒るに怒れない。
そう思って眉を顰めてると、ルシウス様がシオンを抱いて離れてくれた。
もちろん、警護も二手に分かれてそれぞれに付く。想定内だ。
「……シオンの見てるところで怒りづらい」
「うん、正直謝ってる身としても気が抜けて辛かった」
「あの癖、どうしたらなくなるかしら……」
「成長したら、いつかはお分かりになるかと」
サリーが慰めてくれるけど、それってだいぶ先ね?
呆れていると、ヴィンスが楽しそうに笑う。
「まあ、ここで立っていても仕方ない。二人を追うか?」
二人が歩いて行った方角を見る。
騎士達に囲まれて眩い金髪が見えないけど、体の大きいムラトが目印になってる。
「んー、でも少し座りたいわ」
「わかった。サリーも座るか?」
「……出来れば」
控えめにでもサリーが口にするなら、かなり切実なんだろう。
急遽、クラストの指示の下簡易なテーブルセットが壁際に置かれる。
「……ここまでする話だっけ?」
「若旦那様とシオン坊っちゃまが戻られましたら、ご一緒されると思われますので」
意外と気配りの出来る騎士団長が、堂々と言う。
「さっすが、ワイ「ワイン団長はもういいです!忘れろ!」」
「そう言うなよワイン、話は聞いたぞ?素敵な名じゃないか」
「名じゃねえんだよ!ワイン言うな!」
「お二人に酒の名付けをしようとした団長にはお似合いかと」
「俺が悪かったから!あれもふざけてたんじゃなくてだな、良かれと思って!」
「まぁ。ならワイン団長の子どもたちは、ワインから出来るお酒の名前がいいわねー。何があるかしら?」
「お嬢様!」
「有名どころはブランデーだな」
「長男は決まりね。次男は?」
「決めるな!」
「グラッパ、と言う蒸留酒がありますね」
「候補を出すな!うちの子に変な名前を付けるんじゃねぇ!……あぁ、目線が痛い……俺はなんであんなことを言っちまったんだ……」
なんてクラストを弄って待ってたが、なかなか戻ってこない。
……なんだか、向こうの方でぴいぴい泣いてる声がしない?
「クラスト」
「は」
「伝令ー。ルシウス様に、ミューが寂しがってますって伝えて〜」
「承知しました」
クラストが頭を下げて部下に指示を出す。
これで、どれだけシオンが騒ごうとひとまず戻ってくるだろう。
「誰かに絡まれてるのかしら」
「あの布陣で?どれだけ根性のある奴なんだ、逆にスカウトしたい」
「使い道ある?」
「使い捨てで良ければたんまりと」
「やめなさい」
不穏なことを言うヴィンスを窘めてるうちに、伝言が届いたらしく騎士達の塊がやってきた。
……なんか、騎士達の表情が諦めになってる??
ルシウス様について行った騎士達が囲いを解除し、中の人達が姿を現す。
「げ」
クラストが漏らした声が全てを物語っていた。
私も口元が引き攣る。ヴィンスは楽しげに笑い、サリーは眉間に皺を寄せた。
「ミュー、寂しい思いさせてごめんね!シオンを説得してたんだけど全然聞かなくて……。その、こちらの方のお髭を触りたいって駄々をこねてるんだ」
潤目のシオンを抱えたルシウス様が、困ったように背後を振り返った。
立派な体格、立派なお髭をお持ちの紳士が困った表情で佇んでいる。
隣に奥様を同伴して。
ーーその奥様、元・デリル王国の第四王女殿下なんですけど?!




