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⑥旅立ちの感触
ケインは歩き出す。
宣言のあとに、間はない。
ただ一歩。
靴底に、柔らかい感触。
石畳のはずなのに、わずかに沈む。
湿り気を含んだ土が、目に見えない薄さで覆っている。
踏みしめると、音が鈍い。
乾いた高音ではない。
吸い込まれるような、低い反響。
地面が、しっとりしている。
昨夜の雨ではない。
空気そのものが、水を抱えている。
霧は薄く、しかし離れない。
袖口に触れ、
髪の先に残る。
完全乾燥ではない。
むしろ、遠い。
湿度は高い。
八十パーセント。
誰かが測ったわけではない。
だが、肺が知っている。
吸うたびに、わずかな重みが沈む。
乾きは存在している。
だが、ここでは居心地が悪い。
ぱきりと割れる音は鳴らない。
紙はめくりにくい。
言葉も、少しだけ丸くなる。
ケインは歩き続ける。
乾きは理想ではない。
救済でもない。
正しさの証明でもない。
ただ、探す対象。
あるかどうかも分からない環境。
円が転がれない場所。
摩擦が形を削る場所。
そこに何があるのかは、まだ白紙だ。
背後で、城門の影が霧に溶ける。
前方もまた、はっきりしない。
直線は、湿度の中を進む。
八十パーセントの空気を裂きながら。
乾きは、まだ見えない。
だが、歩くことだけはできる。




