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④生命への波及
赤子が生まれる。
夜明け前の静かな部屋。
湯気の立つ布。
短い産声。
泣く。
細く、確かに、空気を震わせる。
母の指を握る。
小さな掌が、強く閉じる。
指の骨はまだ柔らかい。
口に含む。
乳の匂い。
温度。
甘さ。
そして。
静かになる。
眠るのではない。
呼吸は続いている。
胸は規則正しく上下する。
だが何かが、“整う”。
頬に、うっすらと均一な艶。
乾きも湿りも偏らない、滑らかな光。
指先が、ほんのわずかに丸みを帯びる。
関節の角が柔らぐ。
泣き止むのが早い。
抱き上げやすい。
あやしやすい。
母は安堵する。
「よく眠る子ですね」
医師が頷く。
聴診器を当て、
瞳孔を確認し、
呼吸の間隔を数える。
異常はない。
だが説明もない。
「経過観察で」
それだけ言う。
経過は穏やかだ。
熱は出ない。
咳もない。
赤子は静かに、扱いやすい。
親は喜ぶ。
手がかからない。
よく飲み、よく眠る。
頬の艶は健康に見える。
誰も疑わない。
整うことは、悪いことではないからだ。
部屋の窓がわずかに開く。
風が入る。
甘い匂いは、もう珍しくない。




