⑥逆転 ― 主体の移動
甘い匂いの中心で、円が静止している。
それはレティシアだ。
これまで。
彼女が立てば温度が決まり、
彼女が見れば形が定まり、
彼女が口にすれば価値が生まれた。
レティシアは変質を起こす側だった。
甘さを測り、
適切な温度を選び、
他者を“しっとり”へ導く。
王子は環となり、
ヒロインは層を持ち、
城は保存へ向かった。
彼女は中心にいた。
だが今。
中心は空いている。
レティシア自身が、円になった。
完璧な外周。
誤差のない空洞。
その形は美しく、均整が取れている。
だが、主体は移動している。
原因は、ケイン。
乾いた存在。
甘さを吸わず、
匂いに馴染まず、
丸さを疑った男。
彼が拾い、
彼が差し出し、
彼女が選んだ。
感染ではない。
偶然でもない。
“選択”だ。
レティシアは強いられていない。
抵抗もしていない。
受け取り、
口に運び、
噛んだ。
もぐ。
その一音が、主従を裏返した。
甘さは広がる。
だが今、円を生んだのは彼だ。
乾いた直線が、
最も完成度の高い円を生んだ。
皮肉はない。
勝利もない。
ただ事実が置かれている。
レティシアは完璧だ。
王子よりも整い、
ヒロインよりも均一で、
誰よりも美しい環。
悔しいほどに。
ケインはそれを見つめる。
彼の影は、まだ直線だ。
甘い匂いの中で、
唯一、乾いたまま。
主体は移動した。
変える者が、変わった。
生んだ者は、変わらない。
円は完成し、
直線は立ち続けている。




