第三章「ケインは乾いている ①乾いた存在
城は甘い匂いに満ちている。
重たい香りだ。
壁布に染み込み、燭台の金属にやわらかく反射し、廊下の奥まで均一に流れていく。
玉座の間には円環がある。
立てかけられた王子。艶を保ったまま、静かに中央を空けている。
その傍らには、しっとりと落ち着いたヒロイン。
指先の層は整い、声は丸く、呼吸さえ甘い。
侍女たちは低い声で相談を続けている。
「箱は木製がよろしいかと」
「湿度を保つなら内張りを」
「贈答用の紐は白で」
保存。
規格。
輸送。
会話は穏やかで、実務的だ。
世界はすでに、均一である。
甘さは隅々まで行き渡り、
しっとりとした気配が人々の輪郭を曖昧にしている。
その中で、ただ一人。
近衛兵ケインだけが乾いている。
彼は玉座の間の端に立っている。
背筋は真っ直ぐで、視線は水平だ。
彼の靴音だけが硬い。
石床に落ちるそれは、
他の足音のように吸われない。
甘い匂いに溶けない。
乾いた、短い音。
彼は匂いを吸わない。
深呼吸をしても、胸元は変わらない。
空気は彼の内側に留まらず、ただ通り抜けるように見える。
空気に馴染まない。
そこにいるのに、層を持たない。
艶がないわけではない。
だが、光を柔らかく返さない。
唇がひび割れているわけではない。
血色も悪くない。
痩せているわけでもない。
鎧の下の身体は均整が取れている。
ただ――水分が少ない。
そういう印象だけが、残る。
甘さの中で、彼の輪郭だけが直線のままだ。
理由は語られない。
誰も問わない。
彼は昔から水分が少なかった。
それだけのことだ。
円が並ぶ広間で、
彼だけが乾いた線として立っている。
甘い匂いは変わらず漂っている。
だが、彼の周囲だけ、
ほんのわずかに空気が澄んでいた。




