⑦ 倫理の転倒
壇上の前には、銀の盆が置かれている。
欠けた縁から落ちた断片。
ヒロインの手からこぼれた粉。
細かな層のかけら。
それらは丁寧に集められ、整えられている。
侍女はそれを見下ろす。
崩れたものを片付けるのは、彼女たちの役目だ。
汚れを拭き取り、形を整え、元通りに近づける。
だが今回は、元通りが定義できない。
彼女は盆を両手で持ち、少しだけ首を傾げる。
視線は壇上の円環へ。
それから、ヒロインへ。
静かな確認。
そして、言う。
「これ、箱に入れます?」
声は抑えられている。
遠慮がちでも、冗談めいてもいない。
実務の確認だ。
箱。
保管のための容器。
湿度を守り、形を崩さないための枠。
箱。
贈答のための体裁。
価値を示し、誰かへ渡すための形式。
箱。
完成品を収める、最終工程。
言葉が広間に落ちる。
誰も笑わない。
誰も叱らない。
大臣は一瞬だけ考え、視線を落とす。
側近は顎に手を当て、円環の直径を測るように目を細める。
人間だったものが、規格へと移行する。
高さ。
直径。
保存条件。
それらは、議論可能な項目だ。
倫理は、音を立てて裏返らない。
ただ、静かに置き換わる。
王子という存在は、尊厳から風味へ。
運命から保存へ。
侍女は盆を持ったまま待つ。
急がない。
すでに焼き上がっているからだ。
止める理由はない。
誰も止めない。
止める理由が、すでに焼き上がっているからだ。
甘い匂いが、変わらず漂っている。
壇上の円環は、静かに艶を保つ。
箱の大きさを測る視線だけが、わずかに動いていた。




