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249:三石悟の父親の体を治す魔法。

「すみません、金森さん」


 羽田空港に到着すると、ロビーで待っていてくれたのは金森さんだった。

 俺たちを乗せ、そのまま父さんが入院している病院へと向かっている。


「さっき、ニューヨークのブラッディ・ウォーのギルマスから連絡がありました」

「トムさんですか?」

「上機嫌でしたよ。またいつでも来てくれ、と」


 ははは……。


「社長が『次があれば報酬は公平に分配だぞ』と返事をしていましたよ」

「公平……」

「あら、それって私たちも貰っていいってこと?」

「公平っていうのは、みんな同じってことやんね? んー、ウチとサクラとブライトとヴァイス、スノゥ、ツララ、キコ、ハリー、富田。そんな悟……二人と三匹と五羽。あとオーランド?」


 どう見てもこっちの取り分の方がめちゃくちゃ多くなってる!

 あとキコとハリーは本来、別のチームだし、スノゥとツララは捜索隊の正規社員じゃないから!

 あ、富田さんも!


「そ、それでトムさんはなんと?」

「ガチャ切りです」


 は、はは……。なんか想像できてしまう。


「相変わらず、社長は良い性格してるぜ」

「しゃちょー、優しいねぇ」

「良い性格の意味が違ってるぞ、ツララ」

「しょーなの、にぃに?」


 父親の言葉に同意したツララだったが、ヴァイスの言う通り意味が全然違う。

 首を傾げるツララに、ヴァイスは視線を逸らした。


 そうこうしている間に車は病院へ到着。

 ここからが問題だ。


 スキルを持っているのはサクラちゃん。

 ここは病院。

 サクラちゃんを連れて中に入れるかどうか……。


「こちらで少々お待ちを」


 と言って金森さんが車を降りる。

 車が停車したのは駐車場じゃない。職員用の出入り口?


 しばらくして、ストレッチャーが運ばれてきた。

 え、まさか父さんを!?


 い、いや。誰も乗っていない。


「これに乗ってシーツをかけて中へ入ります。あくまで患者のふりをしていただきますので」

「え、大丈夫なんですか、金森さん」

「病院には承諾をいただいています。しかし他の入院患者の手前、堂々と動物を連れて行くことはできませんので。あとここ、ATORA運営の病院だということを、お忘れですか?」


 ……そうだった。

 社長命令、絶対。職権乱用もここまでくると凄いな。

 けど、ありがたくその職権、使わせていただきま……ん?


 ストレッチャーにはハリーが『伏せ』をし、サクラちゃんとヨーコさんがその下に同じく『伏せ』をしている。

 さらにシロフクロウ一家が『私たちは手足』と言わんばかりの位置で横になり、キコがハリーの背中に。


「君たち。何をしているんです?」


 と、金森さんは口元を引きつらせる。


「オレも行くぞ!」

「ウチもばい」

「ここまで来て置いてけぼりは酷いね!」

「行くのぉ」

「か、金森さん、すみません。お前たち、気持ちは嬉しいけど……」

「鳥は病室の窓まで飛べばいいだろう! おい狐。お前スキルは何だ。変化すればいいだろうが。ストレッチャーで運ぶのは犬とタ、レッサーパンダだけだ。散れっ」


 物静かで丁寧な口調が一変。

 たぶん、こっちが素なんだろうな。


 ぶんぶんと手を振ってシロフクロウ一家とキコを追い払う金森さん。

 それからヨーコを睨んでストレッチャーから下ろした。


「べ、別にスキルのこと忘れてたわけじゃないばい。ちょ、ちょっと空気読んで付き合っただけやん」


 そう言いながらヨーコさんが変化する。


「み、三石くん。あれって誰をモデルにして変化しているんですか?」

「あ、なんか自分を人間にしたら、あんな感じらしいですよ。よくわからないけど」

「うぇ……めちゃくちゃ美少女じゃないですか……」

「ヨーコさん。尻尾でてる」

「コンッ。あっ……こ、これで完璧ばい」


 尻尾がちゃんと消えたのを確認して、俺たちは全員、中へと入った。

 ストレッチャーにはシーツをかぶせ、あと帽子でごまかす。


 入院患者がなんで帽子?

 きっとそういう気分だったんだ。そういうことにしよう。

 そして『三石 賢一』と書かれた札がぶら下がる部屋へと到着。


 ノックをして、少しだけドアを開ける。

 そこにはベッドの脇に座る母さんがいた。


「ただいま、母さん」

「あら、悟。もうこっちへ来たの? 会社にはちゃんとご挨拶した?」


 普段と変わらない口調。

 でも、少しだけ目の下に疲れの色が見える。

 ベッドに横になっているのは父さんで、いろんなチューブと繋がっていた。


「金森さんが、空港からこっちに直行してくれたんだ」

「心配ない、遥さん。あとで会社の方には顔をだすよ」

「後藤さんも一緒だったのね。ならよかったわ。悟、少し痩せたかしら?」

「三ヵ月ずっとダンジョンの中で、まぁ偏った食事だったし」

「そう。じゃあ今夜は美味しいものを用意しようかしらね。久々だもの。家で誰かと食事するなんて」


 そう言って笑う母さん。

 そうか。

 俺がニューヨークに行ってからは、家ではずっとひとりだったんだよな。


「父さんは?」

「起きてるわよ。あなた、悟が帰って来たわよ」


 ベットの脇まで移動して、父さんの顔を覗き込む。

 天井を見てる?

 でもその眼球はまったく微動だにしない。


「父さんの脊髄損傷ね。モンスターに襲われてできた傷だけが原因じゃなかったみたい」

「え? そうなの!?」

「うん。毒みたいなものだって。長い年月をかけ、今になってその毒が全身に広がりだしたんだろうって」


 父さんの容態が変化して約半年。その間に父さんは、眼球すら動かせなくなった……母さんはそう話してくれた。


「ごめん……辛いときに母さんひとりにして」

「あら、何を言ってるのよ。あなたは父さんのためにニューヨークへ行ったのでしょ? あなたみたいな孝行息子はいないわよ」


 母さんに頭を撫でられ、心のどこかで安堵している自分がいる。

 体を動かさないからなのか、食事がもう食べられないからなのか、痩せ細った父さんの手を握る。


 暖かい。生きている証拠だ。


 その時、窓をコツコツ叩く音がした。

 おっと、忘れていた。


 窓を開けるとそこには、

 

「う゛ああぁぁぁぁ、親父ざぁぁん゛」

「なんなのよ、なんなのよもう。うわあぁぁぁん」

「うわぁぁぁぁん」

「うぐっ。うぅっ」


 大泣きしている鳥軍団がいた。


 ……うん。なんかちょっと冷静になれた。

 ありがとう、みんな。


「サクラちゃ……こっちもか」


 振り返ると、サクラちゃんとヨーコさんがいつのまにか取り出したハンカチで顔を覆い、ハリーはそのまま涙を垂れ流していた。

 後藤さんは背中を向けているし、富田さんは「泣いてませんよ」みたいな顔して泣いてるし。

 凄いのは金森さんだ。

 普段と変わらない。かわ……ん? この人、サングラスかけてたっけ?


 俺はダンジョンベビーだ。

 感情の起伏が薄い。そういう人種だとすら言われている。

 笑うことも、怒ることも、驚くことも、滅多にない。

 たぶん俺は、これまでの人生で泣いたことがない気がする。いや、赤ん坊のときはどうだったか知らないけど。


 今も俺は泣いていない。どうやったら涙が流れるのか、わからない。

 でも。

 今。

 みんなが泣いてくれている。


 それが。

 嬉しかった。


「ありがとう。さ、サクラちゃん」

「う゛ん゛。ぢょっと、まっでね。ブブゥーッ」


 ハンカチで鼻を……。あ、新しいハンカチ出した。何枚持っているんだ。


「ふぅ……じゃあ、や゛るわよ゛」


 サクラちゃんが来て、父さんのベッドに上がる。

 その小さな手をかざし、それから。


「三石悟の父親の体を治す!」


 まるで宣言するかのようにスキル名を口にした。

 

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