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幼馴染みだよ  作者: 塔子
17/17

【16】16年後②

もう、すっかり口にしなくなったフレーズが、頭の中を過ぎる。



『省吾とは、幼馴染みだよ』



誰かに訊かれる度に、同じセリフを繰り返してきたあの頃を思い出す。


そして、今も――。



「省吾とは、幼馴染みだよ。今までも、これからも」



これだけは、何度訊かれても、答えは同じ。迷い無くはっきりと言える。



「相手が誰であれ、サコを手放す事なんて出来ません。サコの居ない世界は僕にとって死の国と同じです」



――ポっと、頬に熱が集まるのを感じる。この歳になって、しかも目の前に娘が居るのに、ラウルの告白に嬉しいやら恥ずかしいやら照れてしまうやら…。



「智美――」



相変わらず、私の名を口にするだけの省吾は、私を見詰めてくる。



「甘えていたのは、いつも私の方だね」



そう言うと省吾は、ゆっくり(かぶり)を振った。



「俺にとって、智美は憧れで目標だった」

「そんな大した者じゃないでしょう、私は」

「智美と居ると頑張ろうっていう気持ちが出てくる」

「う~ん、確かに、そういう事を言った事もあるけど」

「それに飾らず、自然体で居る事が出来て」

「私も省吾の前では自分を飾る必要が無いと思うよ」

「とても、安心する」

「うん」

「だから、ずっと一緒に居たい」

「うん」

「それは、甘えなのか?」

「………」



それを人は甘えだと言うのかもしれない。


今になって、2度と会えないなんて想像も付かないほど、同じ時間を共有してきてしまった。


離れてもいいと思っても、離れたくないと心のどこかで叫んでいる。



「――結局、ショーゴはお母さんの事、今でも好きなの?」



ヒトミの言葉に省吾は迷わず「好き」と答え、私は――。



「私も、――好き」



嫌いなはずが無い。


どんなにヘタレでも、ここまでずっと一緒に居たんだ。


嫌いなら、もっと早くに私のテリトリーから追い出していた。


初めて省吾への気持ちを言葉にしてみると、難しく考え過ぎていたんだと改めて思う。



「う~ん、好き、だけど、家族愛的な感じ」

「……俺も」



当然と言えば、当然だ。


私には、省吾に対して今も昔も恋愛感情なんて初めから無い。



「だったら、問題無いわよね」



ヒトミは省吾の前へとゆっくり近付き、そっと省吾の赤く腫れた頬に手で触れる。



「殴って、ごめんなさい」



本当に反省してます、という声色に対して、何故か省吾はカチンと固まって、表情は青褪めていく。



「ここで、はっきりショーゴの気持ちもお母さんの気持ちも聞けて良かった」



そして、ヒトミは宣言する。



「やっぱり、私はショーゴが好き。結婚して下さい」










予想もしていなかった言葉に、頭の中が真っ白になる。


何が何して、どこをどうすれば、そういう結論に至るのか?



「け、結婚!?こ、こ、この、省吾ーー!!一体、いつの間にうちの娘に手を出したーー!!」

「――と、智美!!」



省吾の胸倉を掴んで「ヒトミは、まだ16なのよ!!年の差も考えなさいよ!!」と叫ぶ。



「お母さんだった16で結婚したじゃない!!」



…あれ?そうだっけ?



「年の差も言えないですよ。僕とサコだって…」



…あれれ?ラウルって、いくつだったっけ?



「…智美」

「何っ!」

「智美――お、俺、帰る」

「はぁ?省吾!?」



省吾は、いくつになっても、ヘタレな所は治らない。


――逃げた。



「想定内の結果ね。やっぱり、待っていてもダメね」



そう言って、ヒトミはスカートのポケットの中から小さな青い石を取り出した。



「私、ショーゴを追いかけるから。ショーゴが“ヒトミと結婚をさせて欲しい”ってお母さんに言ったら、その時は私達の結婚を許してね」



ヒトミはその石をきゅっと握り締める。



「それ!どうしたの?」

「異世界渡りのアイテム。知り合いの魔法使いさんから貰ったの」

「はぁ?」

「しばらく、向こうでお祖母さんとお祖父さんのお世話になるから」

「ヒトミ!」



ただ、唖然と成り行きを見守るだけ。


私だって、行動力は有る方だって思っていたけど、娘の方がさらに上を行くとは…。


ん?異世界渡りのアイテム?


知り合いの魔法使い?


それって……。



「ラウル」

「…はい」

「少し時間を掛けて、ゆっくり初めから話をしましょう」

「…サコの、時間の、有る時に」

「何、言ってるの!!さっさと白状しなさい!!」



私の思った通り、知り合いの魔法使いは、かつて魔王討伐で一緒だった魔法使い。


魔法使いとは面識無いけど、お義兄さんの伝手で入手したとか。


全く、いつの間に!



「だって、ヒトミが誕生日プレゼントに欲しいって言うから」

「だからと言って、そんなもん、あげるなー!!」










結論から言うと、省吾とヒトミは結婚した。


省吾の後を追って、ヒトミが元の世界に渡ってから、3ヵ月後、二人は戻って来た。


黒のスーツ姿の憔悴しきった表情の省吾と、幸福に包まれ晴れやかな顔をしたヒトミ。



「――ヒトミと結婚させて下さい」



二人が戻って来る――つまり、二人が結婚する、というのは考えるには容易い事で。


でも、もしかしたら、ヒトミは考え直して、元の世界でイイ男と出会って、「お母さん!ヘタレはやっぱりヘタレよね!こっちの男にするわ」と言って帰って来ないかな~?なんて小さな希望を胸に抱いていたのに。


現実は甘くなかった。



「本気で言ってるの?」

「智美…」

「冗談でしょう?」

「智美…」



埒が明かん。


この期に及んで、このヘタレ男とは意思疎通が出来ない。



「お母さん、私、ずっとショーゴの事が好きだったの」



このままでは、話が進まないとヒトミが私と省吾の間に割って入る。



「私がまだ小さな頃、お母さんはナオミの世話で手が放せなくて、お父さんは今も変わらずお母さんにべったりで、そんな時、ショーゴは私と居てくれてとても嬉しかったの」



初めて知る、子供の本音。



「ショーゴが居てくれたから、寂しくなかった。だから――」



じろりと省吾に視線を向ければ、すーっと目をそらす。


いつの間に、ウチの子、手懐けてんじゃないわよ!



「だから――、わたしが16になったら、お嫁さんにしてくれるって知って嬉しかった」

「…ちょっと、待って!その話、誰から聞いたの?まさか、省吾?」



ヒトミが生まれた時の話だから、私達3人以外誰も知らない話。


誰にも話した事が無い話をヒトミが知っているなんて…。


ラウルが?と顔を向ければ、ふるふると顔を振る。


じゃあ、このヘタレか!って睨み付けると、青い顔が白くなる。



「ううん、お母さんから」

「わ、私っ!?」

「寝言で“ヒトミは絶対ヘタレなんかにやらん!”って叫んでいたよ」

「えっ!」

「お父さんに、どういう事って聞いたの」

「なっ!」

「ショーゴにも確認したよ」

「ひっ!」



ずっと隠していたとばかり思っていた事が、こんなにも間の抜けた寝言でバレていたとは…。



「お父さんは、ヒトミの好きなようにしていいよって。ショーゴは私の事は娘のようにしか思ってないってずっと言われてきたけど」



当たり前でしょう!


怖いわ!そんな前から、ウチの子をそういう対象で見ていたら、即刻、我が家出入り禁止にするわ!!異世界すらも強制退去してやるわ!!



「私が16になったら、絶対、ショーゴを落としてやるって決めてたの」

「………」

「お祖母さん達も、全面的に私に協力してくれたから、案外あっさり簡単だったのよ」

「………」

「お母さんも想像出来るでしょう?ショーゴって、肝心な所で押しに弱いって言うか」



もう、その先は言わないで。


眩暈がする。私にとっては最悪の結末なのか。


これは悲喜劇だ。


笑って、泣いて、また笑って、――最後はどっち?



「!――お、お母さん!!」

「サコ!」

「智美!」



目が覚めたら、笑っていますように。


そう思いながら、意識を手放した。










夢と現実の違いは、どこで判断すればいいのか、誰か教えて欲しい。


深い眠りから寝覚めた私は、すっきりとしている。


どれぐらい眠っていたんだろう?


元の世界へと、例え両親の所で元気であろうと分かっていても、一人で行ってしまったヒトミがやっぱり心配でこの3ヶ月あまり寝不足状態が続いていたのは自覚していた。



「あ、お母さん、気が付いた?」

「……ヒトミ」

「びっくりした。だって、いきなり倒れるんだから」

「ご、ごめん」

「どこも痛くないでしょう。お父さんが倒れる寸前で抱き留めていたし、さっきまで治癒魔法を使って介抱していたし」

「ラウルは?」

「逆にお父さんの方が魔力使い過ぎて疲れてしまって、隣の部屋で寝込んでるわ」

「…そう」

「お父さんもお母さんに事になると冷静さを失うと言うか…。お母さんも少しは体調の事とか考えた方がいいよ」

「…わ、私、どこも悪くないけど」

「……もしかして、気付いてないの?」

「何に?」



少し呆れ顔のヒトミは「う~ん」と小さく唸り、「とにかく、お父さん起こしてくる」と言って部屋を出て行けば、すぐに「サコ~~!」とラウルが今にも泣き出しそうな顔して入って来た。



「サコ!大丈夫ですか?」

「ラ、ラウル!?」



ぎゅうっと抱き締められると、不思議と安心する。



「最近、食欲も落ちてきて、身体もだるそうにしていたから」

「平気。よく寝たから、今はすっきりしてる」

「でも、安静にしていないと。悪阻もそろそろ始まるだろうから」

「………は?」

「だから、安静に」

「ち、違う!その後!」

「え?」

「え?」



二人して向き合って、確認する。



「赤ちゃんが居るって事?」

「もう6人目なので、サコは気が付いていると…」

「!」

「さすがに僕も今回は気が付きました」

「!!」



省吾とヒトミの事が気になってたから、自分の事なんて気にする余裕も無かった。



「サコ、愛してます」

「うん、私も好き」



あ、条件反射で答えてしまった。


ラウルが幸せいっぱいの笑みを浮かべて、身体の重みを私に少し預けてくる。


でも、このままこの雰囲気に流されてなるものか。



「ラウル。そういう事で、しばらく我慢して貰うから!」

「サ、サコ~~!」










その日、国境沿いのアルジーという名の小さな村にある小神殿で結婚式が行われていた。


村人達が総出で祝福に駆けつけ、大いに賑わい、幸せのお裾分けを貰おうと居合わせた旅商人がこぞって露天を開く。


かつて、魔王を倒し、この国の姫君を救い出した勇者の結婚式となれば、否が応でも盛り上がるというもの。


そして、花嫁は勇者の世界から取り寄せた純白のウェディングドレスを身に纏い、幸せいっぱいの笑顔で勇者に寄り添う。


花嫁の母親として、微妙な笑顔を振り撒いている私の心の中は未だに複雑だ。


ヒトミがショーゴを連れて帰った日は、ラウルも子供達も諸手を挙げて喜んだ。


皆、ヒトミの気持ちを知っていて、知らなかったのは私だけ。


ナオミに「お母さん!気が付かなかったの!?」と、逆に驚かれた。


だって、まさか、あのヒトミがヘタレを好きになるなんて…。



「サコ、気分が優れないなら――」

「…大丈夫。あまりに人が多くて、ちょっと圧倒されていると言うか…」

「無理はしないで。部屋で休みましょうか」



私は首を振る。


娘の晴れの日だ。


いつまでも、こんな顔をしていたら、いけない。



「私も、ウェディングドレス着てみたかったな~」



女の子なら、誰だって一度は憧れるウェディングドレス。


異世界には存在しないウェディングドレスを初めて見る女の子達は、キラキラとした眼差しで見つめている。


こんな田舎の小さな村では、ドレスはやっぱり高価な物で幻の品と言っても過言じゃない。


さらに、私の場合、この村に来た時には既に“ラウルの奥さん”という事になっていたので、式すら挙げていない。



「サ、サコも着たかったですか?」

「う~ん、どうかな~?」



きっと、その頃の私なら「絶対、着る!」と言っていたかもしれないけど。



「私が欲しいのはドレスなんかじゃないよ」

「サコ…?」

「私が欲しいのは――」



ごつっと、ラウルのお腹に拳を食い込ませようとするが、固い腹筋に私の手の方が痛い。



「何で50半ばのおっさんが腹筋なんか鍛えてるのよ!」

「サ、サコ!?」

「お肌もつるつるで、若返りの魔法使ってるでしょう!!」

「そ、そんな物はありません!それに僕はまだ――ぐふっ!」

「ずーっと、気になってたんだから!ラウルだけズルい!私だっていつまでも若くいたい!!」



花嫁の父親のお腹に花嫁の母親が連続パンチを繰り出している。


しかも「ズルい!ズルい!」と言いながら。


端から見れば、何事か?と思われるだろう。



「お母さん!何してるの!?」



慌てて花嫁が両親に駆け寄ってくる。



「だって、ラウルばっかり若いままでズルい!」

「何、言ってるの。若作りも筋トレもお母さんの為なんだから」

「え?」

「歳の差を誰より気にしてるのはお父さんの方よ!」



出会ったあの頃と変わらない容姿、むしろ若返ってるから、絶対魔法だと思っていたのに…。



「産まれてくる子と一緒に居て、お祖父ちゃんと思われたりしたら…」



ラウルから本音がぽろり。



「お父さんったら!もうすぐ、本当にお祖父ちゃんになるんだから、そういうのは気にしないの!!」



ヒトミから真実がぽろり。



「ラウルがお祖父ちゃんって、ど、ど、どういう…」

「え?お母さん!もしかして知らなかったの?私もお母さんと同じ頃が予定日なんだけど」

「な、何の話!?」



視線をヒトミからヒトミの後ろに居る男に合わせる。


省吾はすーっと私から視線を外す。



「一体、いつの間に!!第一、計算が合わないじゃない!!」











今日と言う日は、良き日である。


長女は伴侶を得て、もうすぐ母となる。


私には優しい夫と5人の子供達。


6人目が産まれる頃には、孫にも恵まれ祖母となる。


異世界に召喚されたのも、こんな幸せが用意されていたからなんだと思う。


でも――。



「同じ年の義理の息子なんて、やっぱり要らない!!」



改めて、ちゃんと宣言しておく。



「省吾は、ずっと私の幼馴染みなんだからーーっ!!」



結局、私――佐古智美と片桐省吾は、永遠に変わる事無く、幼馴染みである。





『16年後』  END


『幼馴染みだよ』は、これにて完全完結です。


最後まで、お読み頂きありがとうございました。




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