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工房

第19話 機械の王都


 東の中継設備には、本物の部品が半分だけ届いていた。


「半分って、どういうこと」


 リッカが尋ねると、倉庫係は開いた木箱の前で困った顔をした。


「届いたのは、この二箱で」

「送ったのは四箱」

「それは、こちらでは」


 言い終わる前に、リッカはしゃがんだ。


 蓋の裏に刻まれた番号をなぞり、荷札と見比べる。トーマは横から覗いたが、どこが違うのか分からなかった。


 オルフェは少し離れた机で、受取簿を開いていた。


「この便、途中で荷を積み替えてるね」

「橋の補修で、大きな車が通れなくなったので」


 倉庫係が答える。


「誰が受け渡したか、分かる?」

「外の札に」

「札を写した帳面は?」

「あります」


 倉庫係が奥へ走ると、リッカは息を吐いた。


「怒る相手が、いつも目の前にいるとは限らないのよね」

「今の人に怒ってた?」

「少し」

「分かってるなら、戻ってきたら言えば」


 トーマがそう言うと、リッカは眉を寄せた。


「そういうの、すぐ言える?」

「言いにくいから、あとにするともっと言えなくなる」


 リッカは木箱を閉じた。


 倉庫係が戻ると、少し視線を逸らして言った。


「さっき、きつく言ってごめんなさい。あなたが抜いたって決まったわけじゃないのに」

「……いえ」

「でも帳面は見せて。そこは必要だから」


 倉庫係は、今度は逃げるようには動かなかった。


     *


 受取簿には、二箱分の記載しかなかった。


 ところが送り状には、四箱受領の印が押されている。


 オルフェは二枚を横へ並べた。


「ここで数が減ったとは、まだ言えない。受領印の押し方を調べてもらう必要がある」

「王都へ持っていく?」

「写しを。元の帳面をなくすと、ほかの荷まで分からなくなる」


 リッカは頷いた。


 ハインから預かった紹介状を開かずに確かめ、鞄へ戻す。


 トーマが尋ねた。


「師匠、こうなると思ってたのかな」

「どこかで引っかかるとは思ってたんでしょうね」

「だったら、もう少し言ってくれても」

「言ったつもりなんじゃない。あの人、工具を三つ並べただけで、教えた顔をするから」

「分かるの?」

「分からないから怒るのよ」


 オルフェが笑った。


「似てるね」

「どこが」

「説明が足りなかったあと、相手が察するべきだった顔をするところ」

「私はする前に説明してる」

「昨日、トーマに『細いほう』って言った工具、四本とも細かったよ」


 トーマは頷いた。


 リッカは二人を順に見た。


「王都に着いたら名前を覚えてもらう」

「俺も?」

「二人とも」


 話が別の方向へ転がったことに、オルフェは少しだけ後悔した顔をした。


     *


 王都が近づくと、まず音が変わった。


 街道の車輪とは違う、一定の間隔で金属が打ち合う音がする。


 高架の水路の下を、小さな運搬車が走っていた。馬はいない。地面に埋められた溝に沿って進み、曲がり角の前で鐘を鳴らす。


 トーマが立ち止まると、後ろからオルフェに袖を引かれた。


「そこは荷車の道」

「勝手に走ってる」

「勝手ではないよ。前の小屋に操作する人がいる」

「ずっと?」

「交代でね」


 見ると、小屋の窓から男が片手を上げた。


 トーマも反射的に手を上げる。


 リッカが笑った。


「大きな機械を見ると、すぐ何でも自動だと思うんだから」

「城にはないんだよ、こういうの」

「城の鐘だって誰かが鳴らすでしょう。同じよ」

「同じって言うには、だいぶ動いてるけど」


 大通りには、油と熱い石の匂いが漂っていた。


 窓から布を垂らす家があり、菓子屋の前では子どもが順番を争っていた。機械ばかりの街を想像していたトーマは、軒下で昼寝をする犬を見つけて、少し安心した。


 その犬が、運搬車の鐘に片耳だけ動かした。


 もう一方の耳は動かなかった。


     *


 議会の建物では、三人とも靴底を拭かされた。


 リッカは油のついた指を見られ、手を洗う場所まで案内された。


「紹介状より先に手を見るのね」

「机が汚れるからじゃない?」

「トーマまで向こうの味方?」


 通された部屋には、五人の大人がいた。


 議会の担当者が二人。要の管理者と、設備主任。それから記録係だった。


 要の管理者は、白髪交じりの女性だった。名前をエダと名乗り、中央からの書簡を机に置いた。


「トーマさん。あなたが今日から要を引き受けるという話ではありません。まず、接続したときの反応を確かめます」

「はい」

「途中で止めたくなったら、理由を整えずに言ってください。痛い、苦しい、嫌だ。それで構いません」


 トーマは少し意外に思った。


 もっと、できるかどうかを聞かれると思っていた。


 議会の男が尋ねた。


「中央への負担軽減は、どの程度を見込める?」

「測る前に数字は出せません」


 エダが答えた。


「予算の検討には目安が」

「根拠のない目安を議事録へ残すほうが、あとで困ります」


 リッカが隣で、わずかに顎を引いた。


 気に入ったらしい。


 オルフェはその表情を見て、机の下で彼女の靴を軽くつついた。


     *


 部品の書類を出すと、会議の空気が変わった。


 設備主任のセヴランは、番号の違う歯車を布の上へ置かせた。


 指で歯の根元に触れ、すぐに眉を寄せる。


「この型を、ここへ入れたのか」

「水道施設に。少なくとも一つは」

「受入検査を通る形にはしてあるな」


 リッカが身を乗り出した。


「材の違い、分かります?」

「この削り跡なら。表面だけ仕上げ直している」


 議会の男が口を開いた。


「ハインの工房の責任は」

「決めるのは調査後です」


 リッカが先に言った。


 全員が彼女を見た。


「工房の印があるから、調べなくていいとは言いません。でも、印のない場所で荷が分かれてます。受取簿の数も合わない。全部見てからにしてください」


 言い終えると、彼女の指が鞄の留め具を強く握った。


 トーマは何も付け足さなかった。


 エダが書類を手前へ寄せた。


「写しを預かります。中継設備には、元の帳面を保存する指示を出す。設備側も同じ型の部品を点検しましょう」


 セヴランが頷く。


「試験装置も、始める前に開けます」

「今日、できなくなる?」


 トーマが聞いた。


「遅れるかもしれません」

「……分かりました」


 急ぎたい気持ちはあった。


 それでも、ここまで来る間に見た歯車を思い出せば、開けずに済ませてほしいとは言えなかった。


     *


 試験室へ入れたのは、夕方近くだった。


 床に金属の輪が埋められ、中央に背もたれのない椅子が置かれていた。壁際の管は何本にも分かれ、ガラスの小窓を持つ計器へつながっている。


 トーマは椅子を見た。


「座ったままで?」

「初回は」


 エダが答えた。


「立って踏ん張ると、疲れていることを隠せてしまう人がいるので」

「隠すつもりは」

「つもりがなくても、です」


 リッカは装置の側面を開き、部品番号を声に出して読んでいた。セヴランが記録と照合する。


 オルフェは出入口に置かれた椅子へ座った。


「僕はここにいる。気分が悪くなったら、こっちを見て」

「見たら分かる?」

「分からなかったら聞く」

「そこは、分かるって言ってほしかった」

「初日から嘘をつく案内人は嫌でしょう」


 トーマは笑った。


 少しだけ肩の力が抜けた。


     *


 最初の試験では、何も起きなかった。


 トーマは接続板へ掌を置き、示された設備を守る対象として意識した。


 右手に剣が現れる。


 計器の針は、わずかに震えただけだった。


「もっと強く?」

「今の感覚を教えてください」


 エダが尋ねた。


「……何を守ってるのか、分かりにくいです」

「装置は見えていますね」

「はい。でも、この向こうに何があるのか」


 セヴランが壁の図面へ近づいた。


「今つながっているのは、本系統から切り離した試験区画です。こちらの板へ負荷を掛けます」

「負荷というのは」

「外から押す力です」


 トーマは図面を見た。


 線は分かった。矢印も分かった。


 けれど、橋で荷車を守ったときとは違った。


 リッカが図面を下ろした。


「実物を見せましょう」

「時間が」


 セヴランが時計を見る。


「分からないまま続けても、今日の数字が増えるだけです」


 今度はリッカが、はっきり言った。


     *


 試験区画は隣室にあった。


 厚い板の向こうへ、重りを使って圧力を掛ける仕組みだった。


 人は入らない。


 板が破損しても、破片は覆いの中へ落ちる。


 トーマは固定具を見て、床へ伸びる管を見た。


「これを、壊さないようにする」

「そうです」

「中の人を守るんじゃなくて」

「今日は誰も入れません」


 トーマはうなずいた。


 戻る途中、リッカが小声で言った。


「無理に誰かを想像しなくてもいいんじゃない」

「それで力が出なかったら」

「それも結果でしょう。人がいなきゃ働かないなら、その条件が分かる」


 トーマは彼女を見た。


「今日はみんな、それを言う」

「あなた、できなかった時のことを一人で引き受ける顔してるもの」


 彼は返事をしなかった。


 椅子へ戻り、もう一度掌を置いた。


     *


 二度目は、針が動いた。


 床の輪が薄く光り、接続板から肘へ、冷たい感覚が上がってくる。


 トーマは剣を握った。


 刃先を前へ向ける。


 隣室で重りが動く音がした。


「負荷、一段」


 セヴランの声。


 トーマの肩が重くなった。


 板が押されている。


 その感触が、遠い場所から伝わってきた。身体に直接ぶつかるわけではない。濡れた厚い布を腕へ掛けられたように、重さだけが増していく。


「反応あり」


 記録係が言った。


「二段へは上げないで」


 エダが止めた。


 トーマは呼吸を整えようとした。


 思ったより、息が浅い。


「……少し、肩が」

「終了します」


 返事はすぐだった。


 重りが戻り、床の光が消えた。


 トーマの掌が接続板から滑った。剣も消える。


 リッカが腕へ触れる前に、彼は自分で膝へ手を置いた。


「大丈夫」

「何が大丈夫なのか、説明して」

「座っていられる」

「それなら分かった」


 水の入った杯が渡された。


 トーマは両手で持った。


     *


 試験で支えられたのは、小さな区画だけだった。


 時間も短い。


 接続を切れば、反応は消えた。


 セヴランは数字を並べ、設備を介した防護として再現を確かめる必要があると言った。人や物へ自由に力を渡せると判断する材料にはならない。


 トーマはそれを聞きながら、自分の掌を見ていた。


「姫様のほうは」

「今日は本系統につないでいません。負担を減らしたとは言えません」


 エダの返事は明確だった。


 少し、残念だった。


 顔に出たのだろう。リッカが机を指で叩いた。


「でも、次にどこを直すかは分かった」

「どこ?」

「接続板。腕の置き方が悪い。あと、計器が本人から見えない。見えたほうが怖くないでしょう」

「怖くないかは、分からないけど」

「分からないなら、見えるようにして確かめる」


 オルフェが宿の鍵を振った。


「続きは明日。今日は、夕飯が冷める前に帰れるかを試そう」

「それ、試験?」

「この二人を工房から出すの、結構難しそうだから」


 リッカが言い返そうとしたとき、セヴランが机から別の歯車を持ち上げた。


 側面に、赤い布が結ばれていた。


「こちらも見てほしい」


 彼の声で、部屋が静かになった。


「午後、市街の保守庫から外した。君たちが持ってきたものと、削り方が似ている」


 リッカは鞄を置いた。


 トーマも立ち止まった。


 セヴランは歯車を布の上へ寝かせる。


「中央の試験を急ぐ前に、王都の中を調べる必要がありそうだ」


 オルフェは鍵を握り直した。


「……夕飯だけは、誰か取りに行こう」


 今度は誰も笑わなかったが、リッカは小さく頷いた。

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