赦された者
魔導列車の点検途中で、立ちあがって一息つく。
視界の端に映る、見覚えがありすぎる人物の姿。
「……ロベルト。またお前が監視役なの?」
「はい。お嬢様」
……お嬢様じゃないってば。
その言葉は、ため息がもれたせいで言いそこねた。
戦争終結後、父さんが男爵の爵位を返上して、我が家は貴族から平民に降格した。
あたしには、常に監視役がつきまとうようになり、へたな行動をとれば即通報。
今度こそ、処刑は免れないだろう。
……変な気を起こすつもりは、もはや毛頭ないけれど。
父さんがその監視役に選んだのが、このどこか嬉しそうな笑顔を浮かべるロベルト。
彼は、我がファーロウ家の古参の使用人。元は、母が実家から連れてきた者だったらしい。
そして――私の悪事にも加担した者でもある。
本当なら彼も一緒に裁かれる側だったけど、あたしが一言、「仲間なわけがない」と一蹴したので、無罪放免となったのだった。
そんな奴を監視役につけるなんて、一体なにを考えてるんだか。
「一旦戻るよ。昼休憩ね」
「はい……ああ。そういえば今日でしたね」
「なにが?」
「ポルテ様より、食事会のお誘いをいただいておりましたよね?」
……そうだった。思いだした。
工具を片づけながら、舌打ちをした。
◇◇◇
あたしの中にある、一番古い記憶。
燃えさかる炎をバックに、母がものすごい形相で言いきかせてくる姿。
「逃げなさい! あなたは生きるの!」
――それはのちに、「ジルドレの魔女狩り」と名付けられる、凄惨な事件の光景だと知った。
母の顔さえもおぼろげで、あいまい。
覚えているのは、得体のしれない恐怖だけ。
そんなあたしは、王都アルシードの父のもとで、何不自由なく育ってきた。
魔導列車の整備士になる道に進んだのは、後継者があたししかいなかったからだ。
……心残りが、なかったわけじゃない。
本当なら、発明家になりたかった。
だから、修行や仕事の合間には、こつこつとオリジナルの魔道具を作っていた。
それはまさしく、至福の時で。
「優勝は、トニー・ファーロウの自動ゴミ箱に決まりました!」
ほとんど遊びのつもりで参加した、魔導祭の生活技術部門でいきなり優勝したとき。
感じたのは、単純な嬉しさだけじゃなかった。
あたしの存在そのものが、認められた気分だった。
整備士として技術を身につけ、年に一度の魔導祭のために新作の魔道具を考え、作る。
そんな順風満帆で充実した生活を送っていたのだが、のちに転機となる大事件が起こった。
うちの屋敷が、火事で全焼してしまったのだ。
炎に包まれるそれを見た瞬間、恐るべき記憶が蘇った。
人の悲鳴。
怒号。
苦しみに悶える声。
血の海。
喉が焼けそうなほど熱い空気。
なにもかもを焼きつくそうとする、炎。
――気づいたとき、あたしは知らない屋敷のベッドに寝かされていた。
そこは、父の知り合いのアッシュボーン伯爵の別邸。
あの方の力添えで、なんとか生活の基盤を立てなおすことができた。
ちなみに、ライリーと知り合ったのも、それが縁。
当時、あたしは18。あっちは15。
異様なほど大人びている雰囲気……なのは、隣にいたあいつの兄、次期アッシュボーン伯爵のせいだった。
「彼女と年が近いからな。これを機に仲のいい友人を作っておくがいい」
「それがなかなかできないのはだれのせいだと思ってんだ……おい!触るな!」
やたらとくっつきたがっている兄を蹴散らすライリーの姿は、正直見ものだった。
やがて新しい邸宅が完成し、やっと落ちつける――わけが、なかった。
あのとき蘇った記憶は、それ以来、事あるごとにフラッシュバックして、あたしを苦しめていたのだ。
まるで、逃げずに立ちむかえ、と言われているようで。
いてもたってもいられなくなったあたしは、あの事件を一人でこっそり調査するようになった。
その末に会った、事件の被害者たち。
いずれも男性で、身寄りもなく、苦しい生活を余儀なくされていた。
「あいつら、俺らを……ジルドレをなかったことにする気なんだよ」
苦しげに吐かれたその言葉を聞いてから、あたしが決意を固めるまでそう時間はかからなかった。
――過去を清算する。
ジルドレでなにがあったのか、全国民にむけて公表する。
最初は、それだけだった。
それがいつの間にか、国家転覆へと傾いていったのだ。
過ちを認めさせ、滅ぼし、新たな国をつくる。
我々被害者たちが、堂々と道を歩けるようなそんな場所を。
……その声を否定することも、抗うことも、あたしにはできなかった。
◇◇◇
仲間の一人、獣人のカトリーナは、故郷のルーンベルクで苦汁をなめてきたらしい。
「ここはあそこよりまだましですけど……たいして変わりませんよ。
作りましょう。私たちが認めた人だけが住める、理想の国を」
彼女がそう言ったときの目は、夢をもち、希望に満ちあふれた子どものように輝いていた。
ルーンベルク出身者の彼女がいたおかげで、奴らと陰で手を結ぶのに成功したと言っても過言ではない。
けれど、あたしの中には、最大ともいえる懸念材料があった。
ライリー。
自他ともに認める、アルケミリア最強の魔導師。
勘づかれた時点で、終わりだ。
あいつが、あたしを見逃すわけがない。
だからあたしは、ライリーを監視することにしたのだ。
あいつが騎士団をやめて一人暮らしを始めたのは、僥倖だった。
「なにがあったのかは知らないけどさ。元気出しなよ。あたしがちょくちょく会いにきてあげるから。はい、星砂糖」
「いらねぇ」
鬱陶しそうに手を振ってはいたが、宣言どおりたびたび訪問しても、一度も追いはらわれなかった。
どうやらあいつは、あたしが現アッシュボーン伯爵であるお兄さんに頼まれて、様子をうかがいにきていると勘違いしていたらしい。
こうして、一番の邪魔な存在であるライリーを監視する態勢は整った。
あとは、ルーンベルクと協議を重ねて、動きだすのをいつにするかを決めるだけだと思っていた。
「俺はポルテ。よろしく!」
あの、珍妙な子が現れるまでは。
◇◇◇
最初は、メンダコとかいう謎の獣人の子ども、としか思っていなかった。
「おい、聞いたか? 勇者が優勝したんだってよ」
「そうなのか。じゃあ、次期団長候補様は負けたのか」
「らしいな。勇者の弟子がやってのけたんだってよ」
「……弟子? そんなのいたのか」
魔導祭のあと、いつもの炉辺亭で食事をとっていると、そんな会話が聞こえてきた。
――勇者の弟子。
それは、まちがいなくポルテのことだった。
あの子が、ジェイドに勝った?
にわかには信じられなかった。
けれど、のちにローズさんの孤児院に、魔道具の修理の依頼を受けて呼ばれたときに話を聞いて、本当だと知った。
「ちょうど休憩時間だったから、見にいったんだよ。驚いたねぇ。まさかあの子がねぇ……」
ローズさんは、まるで自分の子が活躍して喜ぶ親のように語ってくれた。
まぁ、ライリーに鍛えられれば、ある程度は強くなれるだろう。
と、このときはまだ、あの子を見くびっていた。
考えを改めざるをえないと感じたのは、ウォルフェンデン侯爵邸跡地で、あたしの指示で仲間が仕込んだアンデッドたちを一撃で葬った、あの瞬間だ。
……一応弁明しておくが、あたしにとっても、あそこまで増えていたとは想定外だった。
けれど、あの子は一瞬で蹴散らした。
ポルテの存在が、「ただのヘンテコな子ども」から、「警戒すべき存在」に変わった瞬間だった。
◇◇◇
カトリーナにポルテの監視を指示して、まもない頃。
国の生命線である魔導列車を暴走させ、大量破壊兵器にできるかどうかの実験を試みようと考えた。
「汚染魔石の効果を試してみようと思うんだ。カトリーナ、頼める?」
「はい。なんなりとお申しつけください」
……まるで王様にでもなった気分だなぁ。
と、礼儀正しく頭を下げるカトリーナを見ながら、あたしは苦笑した。
彼女に指示をしたのは、乗客の安全確保。
なぜなら、今回はあくまでも「実験」だから。
死傷者が出れば、事故の原因究明のための調査団が派遣され、なおかつあたしが矢面に立たされるのは必至だった。
事故の調査において、責任者としての権限を持ちつづけるには、一人の死傷者も出すわけにはいかない。
そこで、空を飛べるカトリーナに、暴走する列車の状態を観察させる。
頃合いを見計らって、最後尾に仕込んだ魔道具を発動させてもらい、動力炉内の魔力を外に放出して安全に停める。そんな手筈だった。
だけど、その心配は杞憂に終わった。
「ローズマリー氏とポルテが乗客として中にいたそうです。どうやら、彼女の指示でポルテが動力炉を止めたようで」
戻ってきたカトリーナからそんな報告を受けたけれど、あたしは釈然としなかった。
そうじゃない。むしろ、逆だ。
ポルテが自ら動いて、止めたんだ。
後日。
「ポルテと勇者が、魔石精錬所を訪れるそうです」
……うん。普通に意味がわからない。
「どうやって? 簡単に行けるような場所じゃないはずだけど」
「それが……どういうわけか、ポルテはグレイキャッスル公爵令嬢とつながりがあるようでして」
「……はぁ?」
あたしは、頭を抱えた。
監視していたカトリーナがここにきてそれを報告してきたということは、それより前からなんらかの接点があったということ。
だれが予想できる?
出自もよくわからない平民の獣人が、公爵令嬢とつながりをもっていた、なんて。
ああ、もう。あの子がきてから、想定外なことばかりが起こる!
カトリーナには、引き続き監視をさせつつ、あたしは計画進行を早める決断をして、仲間たちに指示をした。
ルーンベルク。メリッシアーノ。セラフィア。
すでに戦闘準備を整えていた三国に連絡をとり、そのときが近いと知らせたのだ。
……今なら、わかる。
このとき――いや、もっと前。
ポルテの脅威に気づいた時点で、やめておけばよかったのだと。
◇◇◇
捕縛される可能性が高いと知らせたとき、真っ先に拒否したのはカトリーナだった。
「どうしてもとおっしゃるなら、私もお連れください! トニー様を逃がせるよう努力いたします!」
……この子は、まったく。
なんでそこまで、あたしなんかを慕うんだろう。
慕っているわけじゃなく、すべてを成し遂げるために担ぎあげているだけなのか。
まぁ、どっちでもいいか。
へたをすれば、カトリーナも一緒に捕まる可能性が高い件を話した上で、陰から見張るのを許可した。
そして、あの日。
隣国三国の使者への連絡係を配置し終わったあと、あたしは行動に移した。
結果、予想どおりと言うべきか。
ライリーとポルテの機転により、あたしもカトリーナも騎士団に拘束。
だけど、連絡係に指示を届けるのは無事に成功した。
――炎にまかれる寸前。
必死に、こちらに手をのばすポルテ。
その、悲しみに歪んだ顔が目に焼きついていた。
けれど、とにかくこれであたしの役目は終わった。
……はず、だった。
処刑されるのをただ待っているだけだったあたしは、ある日突然、牢から出された。
そして、連れてこられた騎士団の本陣で。
「会いたかったよ、ずっと!」
再会したポルテのその言葉が、本心からくるものだとは声を聞いただけでもわかった。
あいつとライリー、そして女王陛下。
彼らのおかげ……なんて言うのはものすごく癪だけど。
あたしはやっと、自分の意思で選択できた。
なのに。
「トニー・ファーロウ」
ルーンベルクに乗りこむ予定日の前日の夜に、突然あの男の声が頭に響いた。
「ポルテとライリー・クロックフォードを私の元に誘導しろ」
なぜその二人を、と問う前に、声は聞こえなくなった。
……邪魔、しないでくれるかな。
せっかくあたしが、自分でやると決めたのに。
また、だれかの思惑でそうさせられたみたいになっちゃうじゃないか。
あたしは、その指示に従うつもりは毛頭なかった。
近道はせずに、かつてカトリーナの案内で使った隠し通路で、王宮に侵入。
だけど結局、ポルテとライリーは奴に連れていかれてしまった。
「やれやれ……」
あとはもう、あたしにはどうすることもできない。
あいつに勝てるかどうか。すなわち、生きるか死ぬか。
……いや。それだけじゃない。
アルケミリアが、滅亡するか存続するか。
それが、君たちの肩にかかっているんだ。せいぜいかんばりなよ。
――しばらくして、巨大な黒いドラゴンの背に乗ってポルテが現れたのを見たときは、一切心配する必要なんてなかったと思い知ったけど。
◇◇◇
ロベルトの誘導で、なぜかきてしまったライリーの家。
「お前も入りなよ」
「えっ?」
「家の外にいて、あたしの監視がきちんとできるの?」
ロベルトは、一瞬戸惑ったように目を泳がせたのち、「承知しました」と言った。
そして、あたしの前に立って扉を叩く。
「はーい!……はい?」
出迎えたポルテは、見慣れないロベルトの顔を見てきょとんとした。
……予想どおりの反応だよ。さすが。
「失礼いたします。私、トニー様のお付きの者のロベルトと申します」
「そうですか、ロベルトさん……え!? あっ! 本物だ! いらっしゃい、トニーさん!」
ロベルトの後ろにいたあたしを見つけたポルテが、たちまちやかましくあいさつしてきた。
相変わらず、うるさいなぁ。
まるで、なにもなかったかのようなその態度も。
「ロベルトが行け行けうるさいから、来てあげたよ。本当にいいんだね?」
「いいに決まってんじゃん! みんなとずっと待ってたんだからな!」
「みんな?」
当然のごとくロベルトと一緒に中に入るよう促され、食堂に案内される。
途端に、あたしはぎょっとした。
「やぁ。あの日以来じゃないかね」
「元気そうだね、トニー。坊やの言ったとおりだったねぇ」
「本当にくるとは。驚いたな」
……意味が、わからなかった。
最初に話しかけてきたのは、ターナー伯爵。続いて、ローズさんとジェイド。
他には、すでに諦観したような様子のルーファス先生と、家主のライリーもいる。
「どうよ。新旧アルケミリアの五賢人、勢ぞろいだぜ!」
「勢ぞろいだぜ、じゃなくて……ちょっとライリー。どういうこと?」
自慢げに腰に手を当てて言ったポルテから、げんなりとうなだれているライリーに視線を移す。
「どうもこうもねぇよ。このばかが勝手に呼びやがったに決まってるだろ」
うん。だと思った。
全員、同じ日の同じ時間に、よく都合つけられたなって疑問はともかく。
ここにいるのが場違いすぎるように感じて、肩をすくめた。
ロベルトなんて、緊張しているのか目を泳がせている
「お待たせしました! どうぞ心置きなくお召し上がりください!」
ポルテが楽しそうに、食事ののったカートを押してきて、素早い動きでそれらを丁寧に並べていく。
それぞれの席の中央に置かれた皿にのっているのは……あのときと同じ。
ハンバーグ。
「トニーさん」
ぼんやりと眺めていたら、ポルテが目の前にきて、腕を引いてきた。
「やっとお礼できて嬉しいよ。おかわりあるから、遠慮するなよ」
椅子に座るよう促されつつ、その満面の笑みを見つめる。
……ばかだなぁ。
誰がって、あたしが。
その後は、恐縮しっぱなしのロベルトを巻きこんで、本当に何事もなかったかのように会話にまじり、楽しい時をすごさせてもらった。
久しぶりに、時間がすぎるのも忘れて。
「あーあ。お前がハンバーグを食べたときの顔ったらないよ」
「……お目汚しを失礼いたしました」
「いいよ、別に。面白かったし」
ライリーの家を出たのは、夕暮れ時だった。
ロベルトのまぬけな顔を思いだしながら空を見上げると、そこにはうっすら、月が浮かんでいた。
――月、か。
「お嬢様。よろしければ私の後ろに――」
「ううん。大丈夫」
ロベルトの心配そうな言葉を途中で遮りつつ、じっと月を見つめる。
これまでは、すこしでも目に入っただけで胸がざわついていた。
けれど、今頭に浮かんだのは――さっきの、楽しい食事会の光景。
温かい料理。
くだらない会話と、笑い声。
そして、たくさんの笑顔。
そのとき――ふと、母さんの言葉が蘇った。
「幸せになるのよ」
……ああ。そっか。
母さん。あたし、やっとわかったよ。
今感じているこれこそが――
幸せってやつなんだね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
番外編もいよいよ次で最後です!
次回、最終回は来週火曜日の20時に更新する予定です。




