邪竜
レリエルスの意思をくんで、封印されるのを甘んじて受けいれた。
その後は、なにも感じない闇の中で、時がすぎるのをひたすら待っていた。
「お前の力を正しく導く者が現れる」
奴のその言葉を信じた……ふりをした。
期待など、わずかもしていなかった。
レリエルスに勝るとも劣らない力をもつ者が、この先何年たとうとも現れるわけがない。
……しかし、あるとき。
(強くなりたい!)
声が、聞こえた。
力を望む声。
本当に、来たのか。我を正しく導く者が!
その期待は――早々に裏切られた。
闇の気配を感じる強大な力を感知した直後、頃合いだと思い、闇の世界に呼びつけたその者は――小さき者だった。
なにが、とは、言うまでもない。なにもかもが、だ。
「今はいいです」
戸惑い、顔の前で手を振る姿を見て、我は心の底から落胆した。
……話が通じない。
よりにもよって、こんな者だったとは。
これに、我の力を管理できるはずもない。
試しに、探りを入れてみた。
奴が我の存在を認知した瞬間、因果が発生した。それをたどれば、簡単に心の中に侵入できるのだが――
ほう。なかなか深い闇ではないか。
奴の中に存在するそれが見えて、のぞきこんでみた。
たった一人の親の死を前にして、むせび泣く小さき者。
これは使える。
奴の友が裏切り者だと判明した頃合いを見て、呼びかけて揺さぶりをかけた。
案の定、奴の心は激しく荒れた。
まちがいない。楔を打ちこむのに成功したようだ。
裏切り者の友を捕縛した瞬間、その心が一気に闇に覆われた点から、それはあきらかだった。
しかし、まだ根幹はしっかりしている。
我の封印を解かせるには、まだ足りない。
それでも、闇に覆われる部分が増えたことで、格段に居心地がよくなった。
ここにいつづけるのも悪くはない。そう、思えるほどに。
◇◇◇
空間が崩壊しかけているのを感じ、再び探りを入れた。
どうやら奴は、自身の限界を超える力を使い、自ら命を脅かしたようだ。
――守りたい。助けたい。
壊れかけている中でも感じる、小さき者のその想い。
……くだらない。
よく、そんなきれいごとを言えるものだ。
本気でそんなことを言えるのは、力をもつ者だけだ。
それにも関わらず、小さき者は我を求める気すら、かけらもないようだった。
なぜ求めない? ここに、すぐ手に入るところにあるというのに。
「欲がまったくないわけじゃねぇよ? うまいもん食いたいとか、あったかい布団でぐっすりゆっくり眠りたいとか?」
崩壊しかけた世界に呼びつけた小さき者は、やはりなにもわかっていなかった。
「もしなんにでも使えるっていうんなら、俺は破壊のためじゃなくて、なにかを守るために使いたいって思うよ」
また、「守る」か。
そのためには、力は必要ないとでもいわんばかりだった。
……考えるだけ、無駄かもしれんな。
そのとき、奴の命をつなぎとめたのは気まぐれに近いものだった。
この者が死ねば、もっと他の、我の力を扱うにふさわしい者に巡りあえるかもしれない。
しかし……結果として、我はそれを選ばなかった。
この小さき者に、興味がわいてきたから。
そう、認めざるをえなかった。
◇◇◇
それからまもない頃。
再び、小さき者の心が深い闇に覆われた。
それも、以前とは比べものにならないほどの、漆黒の闇。
頂点に達したのが、この小さき者が友にとどめをさしたときだ。
自身と同じ、獣の特徴をもった者。
心の拠り所としていた存在。
それが死に、他の者に操られていると知って、動揺していた。
もはや不可能だとわかっている。それでもまた――
守りたい。助けたい。
……なんて愚かで、無駄なあがきだろうか。
人というものは、矮小なもの。
すでに失われているものに、それでもすがろうとする。
今の奴の姿が、それを象徴としているではないか。
さっさと我を求めろ。
あとすこし、その気持ちが強くなれば、我は自由になれる。
……はずだった。
しばらくして、奴の心に光がさしてきたのだ。
その眩しさが鬱陶しくなり、深い闇の中へと逃げこんだ。
見えたのは――小さき者が、闇の中に沈んだはずのあの者が、立ちあがり、必死になって這いあがっていく姿。
理解できなかった。
――そうだ。あのときも。
思いだしたのは、レリエルスが愛する伴侶を失ったときのこと。
喪失という名の深い悲しみに打ちひしがれていたが、周囲の者どもに支えられ、次第に前をむいて歩きだしていく。
「仲間がいてくれたおかげだよ。私を信じ、思ってくれている者たちが」
かつて、レリエルスがそう言っていた。
……違う。
それは、一人では生きていけない矮小な存在だという証にすぎない。
光のもととなるなど、ありえない。
現実に立ちかえり、よくよく観察してみる。
小さき者の中に発生した闇は、消えてはいなかった。
奴の心の動きに反応して、湧きあがることはあっても、それ以上拡大する様子はない。
「俺がいるだろ」
何者かにかけられたらしいその言葉が、闇をたちまち押さえつける。
これが、奴が我の力を必要としない理由なのか。
そして、矮小な人間どもが、千年もの時を、命をつないで生きのびてきた根幹にかかわるもの。
……納得はできないが、理解はした。
◇◇◇
懐かしい気配に呼びさまされ、身を起こした。
あれは、ルーン。
我が半身であり、共に世界を形作った存在。
しかし……妙だ。
闇の気配を感じる。
光を司るあれが……堕ちたのか。
そして、次に見えたのは、ルーンが人間に加護を与える姿だった。
ルーンから闇の力を得たその人間が、小さき者たちをそそのかし、自身のいる場へと引きずりこむ。
……まぁ、我には関係のないことだ。
「どう死ぬかじゃなくて、どう生きるかを考える! そうするべきだって思ってるだけだ!」
小さき者は、相変わらず持論を展開し、立ちむかっていく。
しかし。
かつて自身がとどめをさした者と似た者が現れた瞬間、奴の心の闇が湧きあがった。
だから、愚かだと言っている。
(どうしよう。どうしたらいい?)
傷ついた仲間を見て、うろたえる小さき者。
……呆れたものだ。見ていられぬ。
もはや、我も無関心ではいられなかった。
けじめをつけるとしよう。
そう考え、すぐに小さき者を我の中へと呼んだ。
「わかった! お前の力を借りる!」
我からもちかけられた契約。迷いが生じたと思いきや、瞬時に消えさった。
……本当に、一瞬の出来事だった。
「お前がもし暴れだしても、絶対に止めてみせる。命を懸けて」
その目には、見覚えがあった。
……いや。
名を呼ばれた瞬間、確信に変わった。
「ノックス!」
無邪気に告げられた、その名。
初めてではない。
――レリエルス。
かつての主もまた、そう呼ぼうとして。
……そうか。まちがいでは、なかったか。
この者こそ、たしかに我が新しき主。
致し方ない。認めよう。
今度こそ、最後まで見届けてやる。
◇◇◇
新しき主が、再びルーンの待つ地に赴いた。
屈辱。
それ以外に表現しようのない出来事だった。
主が、簡単にルーンの思惑どおりに事を進めさせてしまったこと。
そしてなにより――
「あの者のせいで……私は!」
堕ちたルーンが紡いだ言葉。
我とレリエルスの想いを踏みにじろうとする、その言葉。
ためらう主を一喝し、封印を解かせた。
そこで知った真実。
ルーンが穢れたのは、我がレリエルスの求めに応じて封印されたのが原因だった。
――我も、レリエルスも、まちがっていた。
ならばもはや、なにもいらぬ。
すべてを破壊しつくして、この世を浄化したのちに新たな世を作る。
それ以外に道はない!
破壊を選択した我の元に、小さき者の言葉。
「悪いのは、よく知らないであれが悪いって決めつける、心そのものなんだよ」
――心。
それは、なんだ。
「心とは、温かいものだよ」
レリエルスの言葉が蘇る。
そうか。これが――
主の心。
やがて、人の心に触れたルーンも元の姿を取りもどした。
「良き主に出会えたのですね」
ルーンが、我の内部にむけて語りかけてきた。
「ああ……すこし愚かではあるがな」
そう返した際、ルーンは満足げであった。
――あれから、数日。
元の住処に帰還した主は、相変わらずだった。
仲間を呼びつけて、楽しそうに談笑している姿が見える。
(ノックスもここに一緒にいられたらいいのに)
主の愚かな心の声。
いらぬ。
そんな光の当たる場所になど、いられるか。
だが、その気持ちは受けとっておこう。
……妙な気分だ。まさか我も、感化されたか?
ふん……愚かなのは、我も同じだったかもしれんな。
かつては、名など意味をもたぬものだった。
ノックス。
ノクスヴァルド。
どちらでもいい。
――我が名を呼ぶ、主がいる。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて「追放されたタコの獣人、海の賢者として覚醒する 〜異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者へ〜」は完結となります。
最後までお付き合いいただいた皆さま、応援いただいた皆さまに、心より感謝いたします!
どうぞ、次回作もご期待ください。




