相棒
ここからは番外編です。
本編後のお話や、別視点のお話をお届けします。
散らかった家の中に、一匹の珍妙な生き物がいる。
頭の横に突起がある、スカートのような形状のもの。
名前は、メンダコとかいうらしい。ポルテが獣化した姿だ。
「ライリーさん! ここ、さっき片づけたばっかなんですけど!?」
「ああ。そうなのか」
「ああそうなのかじゃないっ!」
水の中で泡が湧きたつような音まじりの声で怒りながら、床に落ちた本を片づけていく。
よく見る光景だった。
けれど、およそ半年前までは、考えられなかった。
こいつが、俺の相棒になるなんて。
◇◇◇
荒れ放題になった家の中に、俺はいた。
何人目かもわからない従僕がいなくなってから、数日。このありさまだ。
いい加減どうにかしないと。
いっそのこと、兄貴を頼らず自分で見つけようと思いたち、求職者を探しに民務院にむかった。
その道中。
「墨攻撃っ!」
奇妙な声がして、振りかえる。
子どもとも大人ともつかない中途半端な体格の男が、木の枝を振って魔法をかけた。
黒いもやのようなものが、相手三人に襲いかかる。
(あいつ……)
目を見張り、気づけば、直後に逃げだしたそいつを追いかけていた。
面白い。
その魔法使い――ポルテに声をかけたのは、本当に軽い気持ちからだった。
召使いとしての技術は文句なし。こちらの意図もきちんとくんでくれる。
よし。合格。
そんなわけで、ちょうどトニーが遊びにきたときに、一度試してみようと考えた。
それは、ポルテの魔法の本質を明らかにすること。
あいつが俺の指示に従って魔法を発動させたときは、予想外すぎた。
国内トップクラスの魔法耐性をもつトニーに、効果が出た。
弱体化の魔法。
加えて――潜在魔力の持ち主。
頭の中で、整理が追いつかなかった。
潜在魔力については、念のためにルーファス先生に判定してもらったが、まちがいなかった。
拾った責任をまっとうすべく、うまい具合に魔力を外に出させる方法を考えていた。
その矢先。
あいつの口から、「魔導祭に出ろ」などと忌々しい言葉が飛びでたのだ。
反発する俺に対し、ポルテはいやに冷静だった。
澄んだ目で見つめられ、俺には返す言葉がなかった。
「ライリーさんの相棒だって言っても、誰にも笑われないくらい強く!」
――相棒。
かつて、俺をそう呼んだ奴がいた。
あいつも、魔導祭には必ず出てくるはずだ。
……逃げているのか、俺は?
違う。冗談じゃねぇ。
拳を握り、決意をこめた真剣なまなざしをむけてくるポルテを見つめかえし、承諾した。
けれど、まずはポルテの潜在魔力を放出させるためだけに、修行を展開した。
それが一変したのは、あいつが、与えた魔導書を指輪に変化させた瞬間。
曰く――真の力は真の力の持ち主のもとに現れる。救世主が再来し、世界が救われる。
……まさか。
この、意味不明でちょっと頭の悪い奴が、救世主?
にわかには信じられなかったが、このとき感じた胸の高鳴りには、覚えがあった。
『次は絶対に負けんぞ』
ジェイドに初めてそう言われたときの感覚と同じ、いや、それ以上だと。
――こいつは、強い。
そこからは、一切手加減しなかった。
目的が、こいつを魔導祭で勝てる魔法使いにすることに変わっていたのだ。
仕上がりは上々だった……けれど。
まさか、あのジェイドを倒すまでになるとは、思っていなかった。
「面白い子を見つけたね。まだまだのびそうだ」
「……ああ」
怪しい笑顔を浮かべ、あごに手を添えてポルテを見ているドクターに言われ、俺は頷いた。
確信はあったが、ポルテは俺の想像を軽々と越えていった。
それは、魔導祭が終わってしばらくたった日、トニーに誘われて訪れた廃墟で大量のアンデッドに襲われたときの出来事。
あいつが、意図せずに「至大共鳴陣」を発動させたのだ。
俺が過去に一度も成功できなかった、あれを。
気を失ったポルテを背負いながら、思った。
こいつは、どこまで俺を驚かせたら気が済むんだ。
それには戸惑いもあったが、むしろ喜びのほうが大きかった。
◇◇◇
トニーが国内で起こっていた異変の元凶だった、と判明した、あの日。
きっかけとなった魔石精錬所から帰ってすぐに、俺はジェイドに連絡をとった。
トニーを捕縛するには、あいつを筆頭に、騎士団の協力が不可欠だったからだ。
「そんなばかなことがあるか!」
すべてを話したあと、予想どおり奴は怒鳴り、一蹴しようとしていた。
「状況証拠はそろってる。あとは物的証拠……もしくは、自白を引きだすだけだ」
「ライリー……! 貴様、自分がなにを言っているか理解しているのか?
トニーはアルケミリアの五賢人の一人。女王陛下から直接その栄誉を賜った者なのだぞ!
それに疑いをかけておいて、万が一にもまちがいだったとしたら、陛下のお顔に泥を塗るようなものだ!」
「俺がそれをわからないまま、軽い気持ちで、『お前に』言ったと思うのか」
俺がそう言うと、電話のむこうのジェイドは、黙りこんだ。
最終的には、魔導祭のあとにグレイキャッスル公爵に呼びだされたときの件を引きあいに出し、協力をとりつけた。
そして、ある日の深夜、わざと音を立ててポルテに気づかせ、駅へとむかう俺を追跡させた。
騎士団の協力が不可欠、とは言ったが、実際はそれだけでは足りなかった。
トニーを絶対に逃がさず、「生かしたまま」捕まえるには、ポルテの力こそ必要不可欠だった。
結果は、どうだ。
思ったとおり、俺が本気だと悟ったポルテは、タイミングよく魔法を発動。
俺が放った業火から、トニーを守ったのだった。
わけを話したあと。あいつに非難され、殴られる覚悟はあった。
けれど。
「怒ったらいいのか喜んだらいいのか……悲しんだらいいのか……わかんねぇよ」
……そうだ。そうさせたのは、俺だ。
いたたまれず、泣きながら顔を俯けるポルテの肩に、そっと手を置いた。
しかし――余韻に浸っている間は、なかった。
◇◇◇
数日後、召集がかけられて出向いた王宮で告げられたのは――
三国からの宣戦布告。
俺は頭を抱えた。
タイミング的に、どう考えてもトニーの仕業としか思えなかった。
「申し上げます! 王都内に、魔物と正体不明の敵兵が出現した模様です!」
戦術会議の最中、外からやってきた伝令係の言葉に、室内が一気にざわついた。
俺は立ちあがり、だれかが引きとめる声を無視して、外へ飛びだした。
道中、魔狼に襲われていた一般人を助けつつ、気づけば中央広場まできていた。
辺りを見回していると、見覚えのある奴と目が合った。
「勇者!」
その呼び方はやめろ。
そう言おうとしたのを、そいつ――フレッドが、妙に焦ったように息を荒くしているのを見て、やめた。
「ポルテが危ないんだ。早くきてくれ」
……は?
一瞬、理解できなかった。
なにがあった、と聞く気にもなれず、フレッドの案内で無人の診療所の中に入った。
そのベッドに、青白い顔で寝かされているポルテ。
脇には、しゃがみこんでいるルーファス先生。
先生が俺のほうにむいた瞬間、悔しそうに唇を噛んで、首を横に振った。
……なんだよ。それ。
わけがわからねぇ。
ポルテが、死んだ?
冗談に決まっている。そんなこと、絶対にありえない!
否定してほしくて、すがるように手を伸ばした……瞬間。
「なにがだよ!?」
起きあがったポルテを見て、ふつふつと怒りがわいてきた。
一番腹が立ったのは、あいつが生きていたと知って心底ほっとした、自分自身。
その後、待機の指示が入り、どうでもいい話をして気分転換を試みた。
けれど、しばらくして伝書鳩が運んできた文書を読んで、また怒りがわいてきた。
正体不明だった敵兵の正体は、屍兵。
それは――発動はもちろん研究することさえも禁じられ、破った者は即処刑の厳しい罰が下される禁術の一つ。
以前、コーデリアに無理を言って見せてもらった、閲覧禁止の本に書いてあったものだ。
ポルテにドクターを呼んでくるよう指示して一旦別れ、俺は再び町中へ。
「我らにおまかせください!」
一般人に襲いかかっている奴らに対処している中、まもなく駆けつけてきたのは、ドクターの部下たちだった。
白衣を着た集団は、次々と屍兵たちの力を無力化させていく。
さすがと言わざるをえなかった。
「一つ、ターナー卿よりご伝言が」
あらかた片づいた後、ドクターとポルテがいるはずの魔導医療研究院にむかおうとしたところで、一人の魔導医師に呼びとめられた。
――フレッドが屍兵にされてしまい、それをポルテが倒したと。
研究院に駆けつけたとき、あいつは今にも死にそうな顔をしていた。
だから、あえて言った。
「お前はどうする?」
ついてこい。お前は、俺の相棒だろ。
思いが通じたのか、力強く頷いたポルテを見て、俺は新たに決意をこめた。
今度はそばで、ちゃんと守ってやる。
……そんな柄ではないのは、百も承知だったけど。
◇◇◇
ポルテが、俺が騎士団をやめた本当の理由を、ジェイドに告げたとき。
こいつに話してしまったのは、本当に失敗だったと悔やんだ。
「あんた、前に言ったよな。自分の尊厳を汚す奴を、簡単に許すなって」
その目が、怒りではなく悲しみに満ちていると気づいてしまったせいで、止められず。
結局、俺が話さなきゃいけなかったことを、代わりに言わせてしまった。
ただ、ジェイドが、すべてを飲みこむのは不可能だと思った。
案の定、俺をさけるように、それ以降姿を現さなかった。
だが――奴は、来た。
「今の俺があるのは、ライリー。お前のおかげだ」
共闘して敵の幹部を倒したあと、自分の逆恨みだったと謝罪し、頭を下げるジェイド。
以前、騎士団の中で小競りあいがあって、団長に問いつめられたときにも同じようにしていた。
自分はなにも悪くないのに、「俺の責任でもある」などと言って、自ら矢面に立って。
こいつは本当に、なにも変わっていない。
「たまには手抜きしろ……って、前にも言っただろ?」
あのときと同じセリフを吐けば、ジェイドもそれを思いだした様子だった。
まさか……また拳を合わせられるときがくるとはな。
ポルテが導いてくれたのだ。
助けてやるつもりが、助けられていた。
失った悲しみを抱えながらも、苦しみながらも立ちあがり、さらに成長していく。
あの日、こいつを面白いと思って声をかけた俺の勘は、まちがっていなかったのだ。
◇◇◇
通信機が鳴る音で、俺は現実に引きもどされた。
「俺だ」
「ライリー。ああ、声が聞けて嬉しいよ。これでしばらく生きていけ――」
「切るぞ」
「ウソだ。いや、ウソでもないが。例の古い家系図の件、調べがついたぞ」
歯の浮くようなセリフを聞いて寒気が走り、受話器をおこうとした。
しかし、最後の一言により、再び耳に当てる。
「……どうだった?」
「家名や家紋が、何度か変遷があって今にいたったのだと知って、とても興味深かった。
ただ、判別不能な部分もあってな。
魔導研究院の担当者によれば、全貌を明らかにするには時間がかかるだろうとのことだ」
「それで?」
「……いや、実に驚いたぞ。お前が言っていた『アーネスト』という名の人物は……我らがクロックフォード家の始祖だったらしい」
息をのみ、沈黙のあと口を開いた。
「そう、か……」
「どこでその名を聞いたんだ? ぜひ詳しく聞かせてほしいんだが」
「気がむいたらな。恩に着る」
面倒な流れになりそうだったので、そこで強制的に通信を切った。
ゆっくり歩いて、椅子にどさりと座って沈みこむ。
――灰翼教団の騎士団の上の奴とおぼしき強敵と、戦ったあと。
「我を封印した者と同じにおいがする」
薄れゆく意識の中、ポルテが召喚したドラゴンがぼそりと呟いたあの言葉が、ずっと引っかかっていた。
のちに再び訪れたルーンベルクで、暴走したドラゴンをなだめるときにポルテが口走ったその名を聞いて、興味本位で調べてみようと思ったのだ。
アーネスト。
千年前、救世主レリエルスに指示され、闇を司るドラゴンを封印した大賢者。
それが、俺の先祖だった。
一体、どんな巡りあわせだよ。運命だとでもいうのか。
……いや。違う。
ポルテも俺も、自分で選んできたのだ。
血筋など関係なく、ただ自分で。そうしたいから、と。
とはいえ……あいつに言った日には、軽い調子で運命だなどと言って、大騒ぎするに違いない。
だから、言ってやらない。
――ドラゴンを仲間にする。
俺が子どもの頃に抱いた夢を、勝手に現実にしやがったお前にだけは。絶対に。
「あ、ライリーさん。ちょい昼飯の食材足りないから買ってくるけど。なんかほしいものある?」
「まかせる」
はーい、と元気な声で出かけていくポルテの背中を見つめる。
……さて。あいつが帰ってくる前に、もうすこし散らかしておこうか。
読んでいただきありがとうございました。
次は誰の話なのか、予想しながら楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は、あさって木曜日の20時頃の更新を予定しています。




