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追放されたタコの獣人、海の賢者として覚醒する 〜異国で勇者と公爵令嬢に見出され、大賢者へ〜  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
八章 白翼の神と邪竜編

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愛とはなにかを知ったのでそれを心に刻んでみた

 全員が、言葉を発せず唖然としていた。


 もちろん、俺も。


 ……とんでもない重圧。立っているのがやっとだ。


 ノックスとその巨人は、互いに見つめあっている。



「ルーンよ……あの者のせいで、と言ったか」


「え……」



 ルーン?


 って、マジか!? このたっかい建物の天井につきそうなほどの巨人が、ルーン様!?



「言ったがどうした。事実だ」


「のぼせ上がるのも体外にしろ。我が前主を貶め侮辱するなど、貴様とて許さんぞ!」



 ノックスが、翼をはためかせて強風を起こした。


 飛ばされないように、必死にそばにあるものにしがみつく。



「事実だと言っている。お前は知らんだろう。あやつのせいで……私がどんな目にあったか」


「そこまで堕ちたか。他の者のせいにするなど、愚の骨頂だ」


「愚はどちらだ。事実から目をそむけ、自らの過ちを認めようとしない。闇の竜よ。貴様は私を裏切ったのだ」


「裏切っただと? なにを言うか」


「貴様が封印されたあと、私がどうなったか。教えてやろうか」


「……なに?」



 ルーン様にむけてブレスを吐こうとしていたノックスの動きが、止まった。


 ……なぜだろう。聞きたくない。


 今すぐにでも、耳を押さえてこの場から去ってしまいたくてたまらなかった。



「貴様がいなくなり、すべてが私にのしかかった。ある日を境に翼が薄汚れてきたのを見て……私は、絶望とはこれかと思い知った」


「……!」



 ノックスが、天井のほうをむいて、咆哮をあげた。


 びりびりと建物が振動し、震える。


 ――悲しい。


 なんて悲痛な声だろう。胸が締めつけられるようだ。



「ばかな……主は……レリエルスはまちがっていたとでも言うのか!」



 ノックスが、黒いブレスを吐いた。


 しかし、ルーン様は前に手を出して、難なくそれをはじいた。


 って、待って! 流れ弾!


 とっさに魔法で防いだけど……っお、重い!


 完全に無効化できず、ライリーさんの炎魔法も加えても、軌道をそらすので精一杯だった。



「ポルテ! お前、どういうつもりだ!」


「ごめん……っ! でも、ノックスが……! あいつが苦しんでるんだよ!」



 止めないと。


 そう思って近づこうとしたが、ライリーさんに体に腕を回され、引きはなされる。


 ルーファス先生や二人の騎士も一緒に、礼拝堂の外に出た。


 直後に、目の前が。


 礼拝堂が、崩れた。


 土煙が晴れたあとのがれきの中には――それを踏みつけるように、冷ややかな目をして立っているルーン様。


 それから、泣き叫ぶような咆哮をあげる、ノックス。


 ……こんなことって、あるのか。


 俺は、これっぽっちも疑わなかった。


 信者の思想が過激になったせいで、ルーン様が穢れた。


 そう思いこんでいた。


 けれど――実際は、違った。


 ルーン様が穢れたのは、封印されていなくなったノックスの穴を埋めようとしたから。


 闇の側面までも、ルーン様が背負わざるをえなくなったから。


 そして、徐々に信者たちがその影響を受けて、思想が悪い方へとむかってしまったのだ。


 ノックスのこの叫びは、信じていたものすべてを否定された悲鳴だ。


 すべての元凶は自分だったと知った、心の叫び。



「……っ違う……!」



 ノックスに近寄ろうとしたとき、ライリーさんに腕をつかまれた。



「ポルテくん! ライリー! 今はひとまず下がるべきだ!」



 ルーファス先生が叫んだ。



「わかるだろ! 神同士の戦いに、俺らが入りこめる余地なんかねぇんだよ!」



 そう言って、俺の腕を引っ張ろうとした手を、振りはらう。



「ノックスを止めないと」


「ばかか! もう止められる領域じゃねぇだろ、どう考えても!」



 再び手をのばしてきたライリーさんにむけて、首を横に振る。


 いら立っているようにも、困惑しているようにも見えるライリーさんを、正面からじっと見つめた。



「止めるよ。だって俺、あいつの友達だから」


「友達って――」


「頼むよ、相棒。俺が逃げたら、あいつはまた闇の中で一人ぼっちになっちまう」



 必死に笑顔を浮かべると、ライリーさんは真剣な表情のまま、俺にのばしかけた手を下した。



「……先生。防壁頼む」


「なんだって?」


「なんも知らねぇ国民に、被害が出ねぇように」



 ルーファス先生が、目を見開く。


 そして、唾を飲みこんで喉が動いたのち、頷いた。



「覚悟は」



 ライリーさんが俺の横に移動して、吠えるノックスを見上げる。


 してるよ。最初から。


 力強く頷く。


 そして――走りだした。


 流れ弾は、すべてライリーさんが炎魔法で防いでくれた。


 そして、なんとか無事にノックスの足元に到達。



「ノックス! 話を聞いてくれ!」


「黙れ! 汝も我やレリエルスが悪いと――」


「いいから聞け!」



 喉が張りさけそうなほどの大声で、ノックスの言葉を遮る。


 動きが止まり、静けさが戻った。


 一度、大きく息を吐く。



「レリエルスがお前を封印させたのは、自分がいなくなったあと、なにかがあってお前が暴走したときに止められる奴がいないから。

 それを心配したからだろ?」


「……そうだ」


「それにお前も同意した。

 アーネストって人は、レリエルスに従ってお前を封印した。

 ルーン様は、いなくなったお前の役割まで背負って、穢れた。

 それで人間たちの思想も穢れていった」


「それがなんだ……! わざわざそんな事実を語るために我を呼んだのか!」


「わからねぇのか! お前も、だれも悪くなんかないんだよ。悪いのは――心だ」



 ブレスを吐こうとしたノックスの動きが、完全に止まった。


 声が、届いた。


 すこしだけ安堵して、俺は続けた。



「そもそも、レリエルスがお前を眷属にしたのは? 単純に、強いやつを従えておきたかったからか?

 ……俺は、そうじゃないと思う。

 だれかに頼まれたからだよ。お前を、闇を恐れた人たちに」


「…………」



 俺の想像でしかない言葉を、ノックスは否定せずに黙って聞いていた。



「だから、お前はなにも悪くない。レリエルスも、他のだれも。

 悪いのは、よく知らないであれが悪いって決めつける、心そのものなんだよ」



 そう言った瞬間、ノックスの口元で渦巻いていた闇のようなものが、消失した。


 そして、翼が萎れるように下ろされる。



「心……」



 ノックスが呟いて、俺を見つめた。


 ……わかって、くれたのか? もう大丈夫か?


 そのまま、俺もノックスを見つめていた。



「……なぜ止まる」



 安堵したのも束の間、重苦しいひび割れた声がした。


 ルーン様が、忌々しげに顔を歪めている。



「人の言葉に惑わされるな、闇の竜よ。人はすぐ裏切る。信じる心は、すぐ腐るのだぞ!」



 ルーン様が手をかざし、暴風が発生。


 俺もライリーさんも、とっさに魔法で防御したけれど、それでも吹きとばされた。



「ポルテ!」


「大丈夫――あっ!」



 飛ばされたときに、ペンダントが落ちてしまったらしい。


 拾おうと手をのばしたが、すりぬけるようにふわりと浮きあがった。


 それは、ルーン様の目の前で浮遊したまま止まった。



「汝のものか」


「お返しください! それは――」


「くだらぬ。このような物に執着するとは。やはり人とは――」



 嘲笑し、ペンダントを弄んでいたルーン様の動きが、止まった。


 ふたを開けて、中を見た瞬間に、だ。


 ……なんだ? なにがあった?


 警戒しつつ、ルーン様の様子をうかがう。


 すると、ペンダントが急降下していって、俺の目の前まで落ちてきた。



「わっ!?」



 なんとかキャッチに成功。


 ふたが開いたままのそれを見てみると、たしかにそこにはなにかが書かれてあった。


 ……記号か? 文字には見えない。



「ルーン様の愛は……私の心のもとにあり、か?」


「えっ?」


「先生!」



 同じくペンダントを見たライリーさんが、それを……読んだ、のか?


 そして、俺の手からそれをとって、防壁を張って手を上げたままのルーファス先生に見せた。



「……ルーン様の愛は我が心にあり。おおむねそのとおりだよ」


「おおむねって」



 ライリーさんが、不服そうに目を細める。



「え、待って? これ、文字なのか?」


「ルーンベルクで使われてた古語だよ」


「なんでそんなの読めんの!?」


「勉強したからに決まってんだろ」



 ……いやいやいや。


 さも当たり前のように鼻で笑ったけど、そんな一朝一夕で身につけられるものじゃないだろ。


 すげぇな、この二人。


 見上げると、ルーン様はまだ固まっていた。


 ……文字、読んだんだよな?


 今、なにを思っているんだろう。



「……そう、か……」



 ルーン様が、ノックスを見る。


 ノックスは、無言でかすかに頷いた。


 ――そして。


 ルーン様がゆっくりと腕を広げる。


 瞬間、優しい風が辺りを吹きぬけていった。


 なにもかもを吹きとばす暴風ではなく、包みこむような、穏やかで柔らかな風だ。


 見ると――ルーン様の灰色だった翼が、光り輝く美しい白い翼になっていた。


 同時に、神々しい光が降りそそぐ。


 ルーン様が……元の姿に、戻った!?



「我が翼を救いし者よ」



 こちらを見下ろすルーン様。


 その声は、ぬくもりを帯びているようだった。



「感謝します。おかげで、大事なことに気づけました。

 私は、必死に愛を説き、ときにはそれを与えもした人々に……見捨てられたと思っていた。

 だから、私も見捨てた。

 しかし、そうではなかった。先に見捨てたのは……私のほうだったのです」



 ルーン様が、すこし悲しげに視線を下げて、語っている。



「悪とは、決めつける心……私もそれに囚われてしまっていたようです。

 されど、私を信じる者はまだ存在していた。それを知ることができました。

 そなたのおかげです」


「ルーン様……」



 そんな恐れ多い。


 と思いつつ、ゆっくりと足元に近づいていった。



「おっしゃるとおりです。あなたのことを知らない人はたくさんいますが、あなたの愛を信じている人も、まだいると思います。

 だから、どうかもう一度、慈愛の心を私たちに教えてください」


「ああ……良きことを聞いた……」



 ルーン様が頷いて、優しくほほえんだ。


 なんの苦しみもない、温かな笑顔。こちらの心もほぐれるようだった。



「その首飾りは、そなたのですか?」


「あ、いいえ。亡き友人の、お母さんの形見です。

 二人はこの地の出身で……これだけでも故郷に埋めようと思って、参りました」


「……それこそ、愛です」


「えっ?」


「人を想う心……それも、一つの愛のかたちなのです」



 手にしていたペンダントが、ふわりと浮きあがる。


 今度は一切、悪意は感じない。


 俺は安心したまま、それを見つめた。



「寄りそう魂よ……やすらかに眠りなさい」



 ルーン様がそう言うと、ペンダントから光が生まれて、次第に辺りを覆っていった。


 眩しくて目を閉じつつも、なんとか開けようとする。


 その、かろうじて見えた視界の中に、あの人がいた。


 ――フレッドさん。


 隣には、雰囲気がよく似た老婦人がいる。きっと、お母さんだ。


 二人とも……笑って、いる。


 ……まったく。死んだあとも俺らを助けてくれるなんて。


 ありがとう。本当に、ありがとう。俺、あんたのこと、一生忘れないから。


 忘れないまま、生きていくから。


 光に包まれて消える寸前、フレッドさんの口がかすかに動いたように見えた。


 ――ありがとう。


 俺には、そう言ったように思えた。

ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

次回はいよいよエピローグです。

最終話は、「明日17時頃」の更新を予定しております。

最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです!

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