愛とはなにかを知ったのでそれを心に刻んでみた
全員が、言葉を発せず唖然としていた。
もちろん、俺も。
……とんでもない重圧。立っているのがやっとだ。
ノックスとその巨人は、互いに見つめあっている。
「ルーンよ……あの者のせいで、と言ったか」
「え……」
ルーン?
って、マジか!? このたっかい建物の天井につきそうなほどの巨人が、ルーン様!?
「言ったがどうした。事実だ」
「のぼせ上がるのも体外にしろ。我が前主を貶め侮辱するなど、貴様とて許さんぞ!」
ノックスが、翼をはためかせて強風を起こした。
飛ばされないように、必死にそばにあるものにしがみつく。
「事実だと言っている。お前は知らんだろう。あやつのせいで……私がどんな目にあったか」
「そこまで堕ちたか。他の者のせいにするなど、愚の骨頂だ」
「愚はどちらだ。事実から目をそむけ、自らの過ちを認めようとしない。闇の竜よ。貴様は私を裏切ったのだ」
「裏切っただと? なにを言うか」
「貴様が封印されたあと、私がどうなったか。教えてやろうか」
「……なに?」
ルーン様にむけてブレスを吐こうとしていたノックスの動きが、止まった。
……なぜだろう。聞きたくない。
今すぐにでも、耳を押さえてこの場から去ってしまいたくてたまらなかった。
「貴様がいなくなり、すべてが私にのしかかった。ある日を境に翼が薄汚れてきたのを見て……私は、絶望とはこれかと思い知った」
「……!」
ノックスが、天井のほうをむいて、咆哮をあげた。
びりびりと建物が振動し、震える。
――悲しい。
なんて悲痛な声だろう。胸が締めつけられるようだ。
「ばかな……主は……レリエルスはまちがっていたとでも言うのか!」
ノックスが、黒いブレスを吐いた。
しかし、ルーン様は前に手を出して、難なくそれをはじいた。
って、待って! 流れ弾!
とっさに魔法で防いだけど……っお、重い!
完全に無効化できず、ライリーさんの炎魔法も加えても、軌道をそらすので精一杯だった。
「ポルテ! お前、どういうつもりだ!」
「ごめん……っ! でも、ノックスが……! あいつが苦しんでるんだよ!」
止めないと。
そう思って近づこうとしたが、ライリーさんに体に腕を回され、引きはなされる。
ルーファス先生や二人の騎士も一緒に、礼拝堂の外に出た。
直後に、目の前が。
礼拝堂が、崩れた。
土煙が晴れたあとのがれきの中には――それを踏みつけるように、冷ややかな目をして立っているルーン様。
それから、泣き叫ぶような咆哮をあげる、ノックス。
……こんなことって、あるのか。
俺は、これっぽっちも疑わなかった。
信者の思想が過激になったせいで、ルーン様が穢れた。
そう思いこんでいた。
けれど――実際は、違った。
ルーン様が穢れたのは、封印されていなくなったノックスの穴を埋めようとしたから。
闇の側面までも、ルーン様が背負わざるをえなくなったから。
そして、徐々に信者たちがその影響を受けて、思想が悪い方へとむかってしまったのだ。
ノックスのこの叫びは、信じていたものすべてを否定された悲鳴だ。
すべての元凶は自分だったと知った、心の叫び。
「……っ違う……!」
ノックスに近寄ろうとしたとき、ライリーさんに腕をつかまれた。
「ポルテくん! ライリー! 今はひとまず下がるべきだ!」
ルーファス先生が叫んだ。
「わかるだろ! 神同士の戦いに、俺らが入りこめる余地なんかねぇんだよ!」
そう言って、俺の腕を引っ張ろうとした手を、振りはらう。
「ノックスを止めないと」
「ばかか! もう止められる領域じゃねぇだろ、どう考えても!」
再び手をのばしてきたライリーさんにむけて、首を横に振る。
いら立っているようにも、困惑しているようにも見えるライリーさんを、正面からじっと見つめた。
「止めるよ。だって俺、あいつの友達だから」
「友達って――」
「頼むよ、相棒。俺が逃げたら、あいつはまた闇の中で一人ぼっちになっちまう」
必死に笑顔を浮かべると、ライリーさんは真剣な表情のまま、俺にのばしかけた手を下した。
「……先生。防壁頼む」
「なんだって?」
「なんも知らねぇ国民に、被害が出ねぇように」
ルーファス先生が、目を見開く。
そして、唾を飲みこんで喉が動いたのち、頷いた。
「覚悟は」
ライリーさんが俺の横に移動して、吠えるノックスを見上げる。
してるよ。最初から。
力強く頷く。
そして――走りだした。
流れ弾は、すべてライリーさんが炎魔法で防いでくれた。
そして、なんとか無事にノックスの足元に到達。
「ノックス! 話を聞いてくれ!」
「黙れ! 汝も我やレリエルスが悪いと――」
「いいから聞け!」
喉が張りさけそうなほどの大声で、ノックスの言葉を遮る。
動きが止まり、静けさが戻った。
一度、大きく息を吐く。
「レリエルスがお前を封印させたのは、自分がいなくなったあと、なにかがあってお前が暴走したときに止められる奴がいないから。
それを心配したからだろ?」
「……そうだ」
「それにお前も同意した。
アーネストって人は、レリエルスに従ってお前を封印した。
ルーン様は、いなくなったお前の役割まで背負って、穢れた。
それで人間たちの思想も穢れていった」
「それがなんだ……! わざわざそんな事実を語るために我を呼んだのか!」
「わからねぇのか! お前も、だれも悪くなんかないんだよ。悪いのは――心だ」
ブレスを吐こうとしたノックスの動きが、完全に止まった。
声が、届いた。
すこしだけ安堵して、俺は続けた。
「そもそも、レリエルスがお前を眷属にしたのは? 単純に、強いやつを従えておきたかったからか?
……俺は、そうじゃないと思う。
だれかに頼まれたからだよ。お前を、闇を恐れた人たちに」
「…………」
俺の想像でしかない言葉を、ノックスは否定せずに黙って聞いていた。
「だから、お前はなにも悪くない。レリエルスも、他のだれも。
悪いのは、よく知らないであれが悪いって決めつける、心そのものなんだよ」
そう言った瞬間、ノックスの口元で渦巻いていた闇のようなものが、消失した。
そして、翼が萎れるように下ろされる。
「心……」
ノックスが呟いて、俺を見つめた。
……わかって、くれたのか? もう大丈夫か?
そのまま、俺もノックスを見つめていた。
「……なぜ止まる」
安堵したのも束の間、重苦しいひび割れた声がした。
ルーン様が、忌々しげに顔を歪めている。
「人の言葉に惑わされるな、闇の竜よ。人はすぐ裏切る。信じる心は、すぐ腐るのだぞ!」
ルーン様が手をかざし、暴風が発生。
俺もライリーさんも、とっさに魔法で防御したけれど、それでも吹きとばされた。
「ポルテ!」
「大丈夫――あっ!」
飛ばされたときに、ペンダントが落ちてしまったらしい。
拾おうと手をのばしたが、すりぬけるようにふわりと浮きあがった。
それは、ルーン様の目の前で浮遊したまま止まった。
「汝のものか」
「お返しください! それは――」
「くだらぬ。このような物に執着するとは。やはり人とは――」
嘲笑し、ペンダントを弄んでいたルーン様の動きが、止まった。
ふたを開けて、中を見た瞬間に、だ。
……なんだ? なにがあった?
警戒しつつ、ルーン様の様子をうかがう。
すると、ペンダントが急降下していって、俺の目の前まで落ちてきた。
「わっ!?」
なんとかキャッチに成功。
ふたが開いたままのそれを見てみると、たしかにそこにはなにかが書かれてあった。
……記号か? 文字には見えない。
「ルーン様の愛は……私の心のもとにあり、か?」
「えっ?」
「先生!」
同じくペンダントを見たライリーさんが、それを……読んだ、のか?
そして、俺の手からそれをとって、防壁を張って手を上げたままのルーファス先生に見せた。
「……ルーン様の愛は我が心にあり。おおむねそのとおりだよ」
「おおむねって」
ライリーさんが、不服そうに目を細める。
「え、待って? これ、文字なのか?」
「ルーンベルクで使われてた古語だよ」
「なんでそんなの読めんの!?」
「勉強したからに決まってんだろ」
……いやいやいや。
さも当たり前のように鼻で笑ったけど、そんな一朝一夕で身につけられるものじゃないだろ。
すげぇな、この二人。
見上げると、ルーン様はまだ固まっていた。
……文字、読んだんだよな?
今、なにを思っているんだろう。
「……そう、か……」
ルーン様が、ノックスを見る。
ノックスは、無言でかすかに頷いた。
――そして。
ルーン様がゆっくりと腕を広げる。
瞬間、優しい風が辺りを吹きぬけていった。
なにもかもを吹きとばす暴風ではなく、包みこむような、穏やかで柔らかな風だ。
見ると――ルーン様の灰色だった翼が、光り輝く美しい白い翼になっていた。
同時に、神々しい光が降りそそぐ。
ルーン様が……元の姿に、戻った!?
「我が翼を救いし者よ」
こちらを見下ろすルーン様。
その声は、ぬくもりを帯びているようだった。
「感謝します。おかげで、大事なことに気づけました。
私は、必死に愛を説き、ときにはそれを与えもした人々に……見捨てられたと思っていた。
だから、私も見捨てた。
しかし、そうではなかった。先に見捨てたのは……私のほうだったのです」
ルーン様が、すこし悲しげに視線を下げて、語っている。
「悪とは、決めつける心……私もそれに囚われてしまっていたようです。
されど、私を信じる者はまだ存在していた。それを知ることができました。
そなたのおかげです」
「ルーン様……」
そんな恐れ多い。
と思いつつ、ゆっくりと足元に近づいていった。
「おっしゃるとおりです。あなたのことを知らない人はたくさんいますが、あなたの愛を信じている人も、まだいると思います。
だから、どうかもう一度、慈愛の心を私たちに教えてください」
「ああ……良きことを聞いた……」
ルーン様が頷いて、優しくほほえんだ。
なんの苦しみもない、温かな笑顔。こちらの心もほぐれるようだった。
「その首飾りは、そなたのですか?」
「あ、いいえ。亡き友人の、お母さんの形見です。
二人はこの地の出身で……これだけでも故郷に埋めようと思って、参りました」
「……それこそ、愛です」
「えっ?」
「人を想う心……それも、一つの愛のかたちなのです」
手にしていたペンダントが、ふわりと浮きあがる。
今度は一切、悪意は感じない。
俺は安心したまま、それを見つめた。
「寄りそう魂よ……やすらかに眠りなさい」
ルーン様がそう言うと、ペンダントから光が生まれて、次第に辺りを覆っていった。
眩しくて目を閉じつつも、なんとか開けようとする。
その、かろうじて見えた視界の中に、あの人がいた。
――フレッドさん。
隣には、雰囲気がよく似た老婦人がいる。きっと、お母さんだ。
二人とも……笑って、いる。
……まったく。死んだあとも俺らを助けてくれるなんて。
ありがとう。本当に、ありがとう。俺、あんたのこと、一生忘れないから。
忘れないまま、生きていくから。
光に包まれて消える寸前、フレッドさんの口がかすかに動いたように見えた。
――ありがとう。
俺には、そう言ったように思えた。
ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。
次回はいよいよエピローグです。
最終話は、「明日17時頃」の更新を予定しております。
最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです!




