04
風はカメラの死角に身を潜め、ポケットをまさぐる。
スタンガンやピッキング用品に混じって、鏡が出てきた。風はそれを、壁の角からそっと突き出す。
すぐに撃ち抜かれる鏡。即座にその場から離れる風。
跳弾を使った攻撃を警戒しての行動だ。
が、その動きは徒労に終わった。一呼吸置いて、手に持った上着を投げる。それは瞬時に撃ち抜かれ、風はその後ろに隠れて、先ほど手に入れた銃を構える。
間髪入れず、風の銃口が火を吹く。マシンガンのカメラからは破片が飛び散り、その動きを止めた。
『風! おい、風! 大丈夫か?』
集中を緩めた風の耳に飛び込んできたのは、極大音量の虎の声。
――音漏れが心配だ。俺の鼓膜も、心配だ。
そう思い、イヤホンの音量を極限まで下げる風。それでも耳鳴りがするのをこらえ、声を発する。
「大丈夫じゃない。でも、誰かさんのせいで俺の耳が役目を終えた。あとカメラは壊した、安心してくれ」
『ならいい』
風の耳など全く気にしていないような、機械の如き虎の声。風は深呼吸を一つして、気持ちを落ち着かせてから言う。
「で? 次は俺はどっちへ行けばいい? 右か、左か」
実際にはここは、Lの字に曲がった一本道の通路なのだが。
耳がいかれたことに対する風なりの意趣返しだ。彼は、この状況においてそれが、笑えない冗談だということに気がつかない。
案の定虎は慌て出し、してやったりと風の口角が上がる。
『こっちで手に入れた建物図面にはそんな通路はない。いくら地下といえども、改築しようにもスペースがないはずで、そうなると考えられるのは隣家の方に通路を広げたという事で、でもその持ち主とコアク製薬には関係が認められない、ってことはその線はない。違法改築?…下水道管が通ってるからあり得ない。いや、そうじゃないか。今論ずるべきはどちらへいくかであって、図面に従うならば右に曲がるべきだけど、でもメインサーバは左手にある。ただルートが繋がってるとも限らないし、何よりナビゲートできなくなるのは痛い。…よし風、右に曲がれ!』
「ああ、わかった…」
軽い冗談を、とてつもなく真剣に返されてしまった風。どう反応していいか分からなくなり、ついに冗談と言い出せなかった。
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虎が、それが冗談だったと知ったのは、それから八時間三十六分後。その一件のほかには大した出来事もなく、風が無事にHDDを持ち帰って来たのちのことだった。
「風この野郎! 心配かけやがって。いつ挟み撃ちされるかとひやひやしてたんだぞ!」
風が無事に帰って来るまでの間中、ずっと気を揉まされていた虎が、顔を合わせるなり殴りかかる。風は軽やかに避け、「わりぃ」と、棒読みで言った。虎の攻撃を軽々と捌きつつ、虎から顔を背ける。申し訳なさと気まずさが、遅れてやってきたようだ。大遅刻である。
「やぁ、照れ隠しご苦労様、風」
見計らったかのように通りかかった唯人に揶揄われて、さらに顔をそむける風。虎の猛攻も終わり、しばらくの沈黙。(虎の、肩で息をするはあはあという音を除く。)
ついに、自分に向けられる虎の恨みがましい視線と、沈黙に耐えられなくなった風。話題を転換するために「そういえば今日さ、一つ賢くなったんだよ」と話し始める。
「つまり、もともとが一つバカだったってことだな?」
撃沈する風。
勝ち誇る虎。腕力ではかなわないと見切りをつけて、言葉のナイフで容赦なく風を切り裂く。
折れた心に添え木を当てて、何とか立て直した風が、再度口を開く。
「まあ聞いてよ。今日――」
「今の時刻が零時十一分なんだけど、この十分以内に起きたことを言いたいのかい?」
最後まで話させてもらえず、冷静な虎の追撃に心が追加で十本ほど折れる風。
「ちなみにあのHDDの中身はなんだったんですか?」
沈黙した風の横で、虎が唯人に聞く。
「企業秘密」
つれない回答。が、虎はどうしても中身を知りたいようで、食い下がる。
「…それは教えてもらえないタイプの?」
「企業秘密ってのは得てしてそんなもんだよ」
沈黙した虎。心のストックを消費して復活した風が口を挟む。手には、持ち帰ってきたHDDが握られている。風はその盤面に目を落とした。
「確かに不思議だった。さっき俺が潜入した時、抵抗が少なすぎた。まるで俺たちに、HDDを奪還してほしいかのような…」
「そうなのかい? でもまあ、世の中には不思議なことも沢山あるのさ」
唯人はそう言って、風の肩に手を置いた。風の意識が一瞬、HDDから唯人に向いた。
風は、気が付く。
――目が泳いでる。
風が防犯カメラ型の銃を攻略した後。
大した出来事は、何も無かった。そう、迎撃も、退社時の検査さえも無かったのだ。少なくとも、素直に帰ることは難しいと考えていた風たちにとって、その傾向は不気味であった。
そしてこの、唯人の言である。
何か裏があると確信した風と虎は、アイコンタクトを一つ。
――父さんは何か隠してる。
――同意。誘導して、口を滑らせてもらおう。
風は手に持ったHDDを軽く振りながら言う。
「父さん、このHDDって、そんなに重要な物なの?」
「ん? 梨奈さんから中身について説明受けなかったかい?」
「受けた気もする。でも忘れた」
ジト目で風を見る唯人。冷や汗をごまかすように目を背ける風。
そして虎は、風に助け船を出した。
「全く、そんな大事な事を忘れるなんて…。中のデータは、新型半導体の設計図だよ。ですよね、唯人さん」
風と唯人の会話を、ここまで黙って見ていたが、このままでは埒があかないと判断したのだ。
「そうだよ、ただの設計図。それ以下でもそれ以上でも無い、ただの企業秘密」
「…あれ? 梨奈さんそういえば、『防衛課における最重要データ』って言ってたよ? 半導体って、AICTにとっては重要でも防衛課には関係なくない?」
わざとらしくすっとぼけて言う風。
冷や汗をかきはじめる唯人と、口角が上がる虎。
「あぁ、そうだった。すいません唯人さん、間違えてしまいました」
二人の掛けたカマに、見事に引っかかった唯人。冷静に返したつもりで墓穴を掘った。
風の頭の中で、『既視感』の三文字がパレードを繰り広げる。
プリンの件の時と言い、唯人はこの手のひっかけにとてつもなく弱い。
「…あれ、おかしいな。私は嘘をついたつもりはなかったのだが」
つまり本当のことも言ってないということである。
「父さん、観念して話したら?」
「私が企業秘密の一つも守れない男に見えるかい?」
風と唯人の間に、火花が散った。
(割愛:二人の話術に打ち勝った唯人が、ついに折れるまでの会話――暴言の応酬とも言う――が、白熱しすぎたため)
<とある構成員の証言>
ずっと笑顔を崩さず毒を吐く唯人さん、怖いっす。
マジ怖かった………なんで廊下で言い合いをやってるんすかね? 俺たちが、あそこを避けて通る羽目になるってことを考えてませんよあの三人組は!
全く持って迷惑っす。…この話、唯人さんに聞かれてないっすよね? 告げ口もしないでくださいよ? 俺、まだ死にたくないので。




