05
「はぁ…分かった、話すよ。でも今日はもう遅い。一度寝なさい、二人とも」
「「はーい」」
ついに唯人を説得(脅迫ともいう)した風と虎。物分かりのいい返事をして、満面の笑みで唯人を見送る。サッと後ろを向いた二人は、虎の手の中にあるボイスレコーダーを見てほくそ笑む。
『分かった、話すよ。でも今日はもう遅い。一度寝なさい、二人とも』
そこにはちゃんと、唯人の声が録音されている。唯人から言質を取った二人は、満足げに手を打ち合わせた。
「はぁ。私が金欠な理由を隠し通せただけでも良しとするか……」
唯人の一人言は、その音にかき消されてしまった。
二人は、そのままの足で梨奈のところへ行き、HDDを手渡す。成功報告をしたのち、それぞれの部屋へと帰っていった。
◇
翌朝。二人は早速、唯人の部屋へと押しかけていた。
「父さん、忘れたとは言わせない。話してもらおうか」
ずいと詰め寄り、圧力をかける風。
「見苦しい言い訳は通用しません。証拠もあります」
ボイスレコーダーを掲げ、追い詰める虎。唯人は、「私はそこまで信用なかったのか」と、項垂れた。心なしか、唯人の周りの空気が重くなったようである。
風は、思った。こんなの、父さんの本気の殺気に比べたら軽い軽い、と。
「はぁ…。まあ二人とも、一旦座ったらどうだい?」
唯人に言われ、素直に座る風たち。唯人は、コーヒーを二人に出し、自身も腰を落ち着けてから話し出す。
「あれは、とあるAIのソースコードだよ。AIの仮称は、[理]。
『疑似現実世界を構成可能な新型AIの開発プロジェクト』において開発されたんだけど…聞いたことはないかい?」
「全く? 俺はそっち方面には弱いから、聞いて、そのまま忘れてるのかもしれないけど。虎は?」
「俺も聞いたことないですね…。噂すら知りませんでした」
首を捻る二人。防衛課では常に人手不足なので、そういったプロジェクトが行われるときはあらゆる方面にアポを取り人員を確保するのが通例なのだ。そのため、話の一つも流れてこないのは不思議だった。
「そう、このプロジェクトは水面下で進められた物でね、お偉いさん方が寄ってたかって秘匿して…」
「なのに、そのプロジェクトの集大成ともいえるHDDが盗まれたって事ですか? …内通者でもいたのかな」
虎が唯人の言葉を遮る。が、気にせず話し続ける唯人。
「で、[理]の基本思想としてはね、『これを使うことで、個人の意思の介在しない過去、現在、未来、及びその他全ての情報を取得できるようにする』って物だったんだ。これを実現する為に、入力した物理法則とか、大衆心理の統計みたいな、判明している限りの情報をもとに、因果関係を逆算して望む結果を出力するというシステムになってるらしいけど、詳しいことは知らない。ただ、悪用すれば世界を意のままにできる、って事ぐらいは確実かな。なんせ草薙家諜報部謹製だしね」
噛み砕いて理解しようとして頭がショートした風と、考え込んでいる虎。
それを微笑ましい目で見つめながら、石臼で粉々にした言葉で説明しなおす唯人。
「つまり【理】っていうのは、『絶対当たる! 未来占いAI』だよ」
暫く無言の時間が過ぎる。
風が理解すると同時に、無言の時間が終わりを告げる。その口火を切ったのは、虎である。
「そんな利用価値の高そうな物なのに、コアク製薬は簡単に手放した。これは何か裏があるって事ですね」
「どうだろうね? 案外、コアく製薬の本意ではないかもしれないよ?」
冗談めかして言う唯人。
虎はそれを聞いて、「コアく製薬は、A国とつながりがある…」とつぶやき、唯人を見る。
「さぁね? 知ってても、今度は絶対に教えないよ」
が、唯人の返答はあくまで淡白な物であった。その言葉とは裏腹に、虎たちを見る視線はあくまで優しく、その目の奥底からは、意思の色が見て取れた。
それは拒絶の色ではない。暗く、冷たく、哀愁さえ感じる、後悔の色であった。
LEDの照明が、唯人の顔に影を作る。
――私も、あの事を知らなかったなら、この子たちのように能天気にいられただろうか?
口から漏れたつぶやきは、空気に溶けて、そのまま消えた。しかし唯人の心には、確かに残滓がたゆっていた。




