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「……何だこれは」
放心状態でディスプレイを見つめていたその表情から一転、人を射殺しそうな視線を虎に向ける風。
その顔には、こんなもの信じたくない、冗談だと言ってくれという切実な気持ちがありありと浮かんでいる。虎はそれに応えられない自分を歯がゆく思いつつ、視線だけは真正面から受け止める。
「見ての通り…最高機密文書、だよ」
「そうか…」
人間、堪忍袋が臨界点を迎えると一周回って冷静になるという。
そして、この点においては、風も人間だった。
「ファイアウォールの再構築でできた、一瞬のほころびから盗み出してきた。
こんなこと、言いたくないけど…これ以上に真実に近い、正しい情報は、ほかにないと思う」
その虎の言葉にも、風は激昂するでもなくただ頷いている。
そして、口を開いた。
「そうか……勘違いであってほしかったよ、この一族が父さんを殺したなんて…」
「本当に、そう。本当に、その通りだと思う」
風のその言葉には、今度は虎がうなずく番だった。そのまま虎は、黙り込む。
もう夏だというのに、空気が冷え込み重くまとわりついてくるような感覚に陥る。
「これから、俺たちはどんな身の振り方をするべきなんだ?」
風が明後日の方向を向いて発したその問いに、沈黙が下りる。風の顔に浮かんでいるのは、悲しみと怒り、そして落胆がないまぜになった表情だ。
それを見て虎は、複雑な気分を抱く。薪が熾火になるように、津波の前の引き潮のように。感情の奔流が凪いでいくのを感じながら、異常に冷めた頭で虎の言葉を熟慮する。
そして、長い沈黙の後、その余韻を残したまま虎が言う。
「防衛課をやめる、とか…」
「…でも今まで、そんな時のことなんて、真剣に考えたことなかったんだ。
そもそも俺は、草薙家を、信じていたかったんだよ…。なのに、なのに…」
風が、うつむく。その手は固く握りこまれ、怒りに小さく震えている。
虎は、目をそらした。
再び、沈黙が舞い降りる。
「……なぁ、虎」
風は、おもむろに顔を上げた。
「俺は、絶対に、この組織を潰してやるよ」
次の日。
風の目は、眠れなかったにもかかわらず冴えわたっている。
虎も同じだったのか、目の下の隈が、いつもより一層濃くなっている。
ふたりとも、珍しく、朝早くに起きだしてきた。
本当なら二人は、もうこの建物内にすらいたくないほど防衛課を憎み、一切のかかわりを断ちたいほど疑心暗鬼になっている。だがいくら裏社会に染まっていようと、二人はあくまで未成年。AICTの庇護がないと、何もできないほど弱いのだ。
そのことすら、二人の心を傷付ける一因なのだ。
二人は食堂で席を確保すると向かい合い、朝食を食べつつ話し込む。誰が聞いているともわからない場所だけに、当たり障りのない会話に仕立てることも、忘れない。
「今日もまた、学校だね…」
「最近授業難しくなってきてる、というより進みが早すぎてもう無理」
「風はしっかり自習なさい」
呆れた目で風を見つめ、ため息を吐く虎。トーストにはちみつを塗り、口の高さまで持ち上げる。
風は、一段とまじめなトーンになって言葉を返す。
「これから、ついていける気がしないんだ」
「そうだね。当り前だよ」
テーブルの上の水に視線を向けつつ、虎は言う。
二人とも、その目は存外、穏やかだ。だがその奥には、暗い炎が揺蕩っている。
遠くの席に座った梨奈が話し込む二人を見つめていることには、さすがの風も、終ぞ気が付かなかった。それは果たして怒りに目がくらんでいたからか、それとも深層心理で、”信じたい”という気持ちが働いていたからか――。
「…生活に必要な三要素って、知ってるか?」
おもむろに風に話しかけられ、虎は視線を上げる。いつの間にか朝食を食べる手が止まっていたことにも気が付き、慌てて、手のほうに垂れてきた蜂蜜をなめとる。
「衣・食・住のこと?」
「そう。俺たちに課された、課題。いくつ、揃えられる?」
「”住”に関しては難しいと思う。もっとしっかり、調べないと…。あてすらない。
手を抜いたら、それはばれるし……しばらくはまた、学校頑張らないとな」
「ホントに、そうだね。いつまで学校に行けるか……」
二人は大きなため息を吐くと、トレーを返却棚に返し食堂をあとにする。
風はふと、昨日真凛と会った時の顛末を虎に伝えていないことを思い出す。肩の弾丸を摘出してもらった後、すぐに虎に捕まってしまい、そしてそんなことを言い出せる雰囲気ではなくなったからだ。
「虎、昨日のことなんだがな…」
風が口を開きかけた時。空気を震わす大音量の放送が入った。
その音が、風の言葉をかき消してしまう。
『草薙風、至急第三会議室へ来なさい』
虎と風は顔を見合わせる。任務の際、風のバックアップには虎が付くのが恒例だ。だが今回、その虎が呼ばれなかったことを二人は怪訝に思う。
だが、それも一瞬の事。もう一度放送が繰り返されたのを聞いて、風は走りだした。
虎は少しの間、追いかけるべきか逡巡する。しかし結局、風の背中を追いかけて第三会議室へと向かった。
風は振り返ることなく、後ろをついてきた虎に言う。走りながらなので、ところどころに息継ぎが入る。
「俺は一応、戦闘準備を整えてからいく。
お前が呼ばれなかったのは、俺たちを分断する思惑かもしれないし、備えておくに越したことは、ないと思う。だから虎、俺が会議室に到着するまで絶対入るなよ!?」
そして廊下がT字に分岐する。部屋へ戻るには左、会議室は右だ。
左に曲がる瞬間風が後ろを振り返ると、信じられないほど後ろのほうに虎が見えた。さっきの言葉が聞こえていたか心配になるも、虎が到着する前に追いつけばいいと割り切った風。
ためらうことなく、部屋に向かって走り去る。
一方虎は、風早いな、俺にもその脚力分けてくれないかなと思いながら疾走していた。風の言葉は、その耳に届いていない。
そして会議室に到着すると、扉が半開きになっていた。
「えっと……」
招集もかけられていない身で、風より先に到着してしまいどうするべきか悩んでいると、中にいた梨奈と目が合った。手招きされ、虎は入室する。
足音もなく虎のほうに歩いてきた梨奈の手によって、ゆっくりと、会議室の扉が閉められた。
そして風が第三会議室につながる廊下を走り抜け、その扉を視界に収めたとき。
すでに虎はそこにおらず、もう入室しているようだった。
「あいつ、待っててくれなかったのかよ…」
肩で息をしつつ、虎に続いて会議室に入室する風。
そこに置かれた円卓には梨奈が着席しており、虎は梨奈の横に立っていた。二人は何かを話しているようだった。
風は、虎がまだ生きていたことに安堵する。自分の存在を二人に伝えようと、片手をあげて口を開きかける。
その時、梨奈の横で、虎が崩れ落ちた。




