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そして虎は、『これは変装用の服! 俺が風である限り着ねぇやつ!』と、無難な服を抱きかかえて叫ぶ風を着替えさせ(更生したはずの風の服のセンスは、風の独自ルールの前に崩壊しかけていた)、そして追い出すことに成功した。
室内に、久方ぶりの平穏が戻る。虎は、今日何度目か分からないため息を吐いた。これでもまだ、起床後一時間半だというのだから、何とも気が重くなる。
一方風は。
着替え終わって暇になりうろちょろしていると、虎に「てめぇ邪魔だ! 出てけ!」と部屋を追い出され、仕方なく廊下を歩いているとどこから聞きつけたのか茂爺さんと連れ立って歩いてきた梨奈に、「風、今日は女の子とデートでしょ!? 早くいかなくてどうするの!」と居住棟から追い出された。
そのため今、真凛との待ち合わせ場所であるカフェに向かっているところなのだが…
「茂のじじぃ…『ついに風にも春がきたか~』じゃねぇんだよ! どっから指輪なんか取り出して来たんだよ『唯人にも持たせようとしたのに断られた』じゃねぇんだよ、当り前じゃねぇかよぉ誰がデート…ですらない会合にダイヤの指輪持ってくかってんだ! くそっ!」
一人でぶちぶち呟いては時折大声で叫ぶ不審人物になり果てていた。しかもそいつが途轍もない早歩き(エンジンは怒り)で移動していくものだから、通報されてやってきた警察官も困り果てていた。
結局警察は「多分害はないと思うので…通り過ぎるまでの間うるさい犬かなんかと思っていただいて」と言い、帰っていった。
そんなことはつゆ知らず。マイペース(超高速)に歩いていく風に、声がかかった。
「おはよう。随分と速いのね」
「ん? あぁ真凛か。おはよう。そっちも早いんだな」
微妙に意味の違う会話がなされたような気がしたが、まぁおいておこう。
それよりも大切なのは、風自身どんなスピードで動いているかに無自覚な点だ。そんな中声をかけられてよそ見すると…
ガンッ
鈍い音がして、風が倒れる。その頭上に星が旋回し、真凛がふき出した。
「ふっ、あっはっは………バカ。…何があったら電柱とハグして道路で寝転がることになるのよ?」
「……」
惜しむらくは、二人の話を遠くから監視しているはずだった虎がいないことであり、それはつまりこの最上級のコメディシーンが録画されていないということでもある。
そして十分後。二人は、とあるカフェへとやってきていた。風が予約を済ませてあったため、滞りなく席へと案内される。
痛むたんこぶをさすりつつ、店員さんについていく風。
それを見つつ、ハンディファンよりもハンディカメラを買っておくべきだったと思う真凛。
二人の関係性が店員にどう見えているのかを考えるだけの精神的余裕は、風にはない。
—―真凛が、俺たちに友好的なのはわかっている。
だが果たして、推測が当たって彼女が本当に”裏”の住人だった場合、どんな反応をされるか…
即戦闘、みたいな流れにならないといいんだが。
そして案内された席は、窓に面した日当たりのいいテーブル席だった。風は、鋭い目つきで盗聴器の類を確認する。
が、専用の道具―パルス発生器とか―を使っていないため、多少の見落としは仕方ない、と風自身割り切っている。あくまで、安全策だ。
「ではここで、風くん。私としては、この美少女真凛ちゃんを召喚した分の対価が欲しいなーと思うんだけど」
「じゃあ対価として、俺のこぶを治してくれ」
思考リソースのほとんどを、この場での安全確保に割いている風。かなり投げやりな態度になっている。ついでに言うと、顔に浮かべたさわやかな微笑みも、ひきつっている。
「そんな対価はいらないわ。それでね、風。おごって、くれない?」
そう言う真凛は、メニュー片手に上目づかいでねだってくる。風はそれに冷めた目を向けつつ、ため息をつく。この時点で、微笑みの仮面は剥がれきっている。
「……仕方ない」
「ありがと! 何にしよっかな~」
真凛がメニューを見ている間に、風は腕時計をダブルタップし、録音機能を起動する。
これは、LLが置いていった腕時計を虎が改造した代物だ。かなり高性能。というかぶっちゃけ、こいつは一台で、コンピュータと同じくらいの処理能力を持っている。と、虎が言っていた。
そうしているうちに、真凛は注文を決めたらしい。
「よし。店員さーん! カフェラテと、この季節のモンブランを一つね!」
店員さんを呼びつけ、メニューを指さしつつ注文を開始する。
「…俺の財布へのダメージが深刻になるから切にやめてくれ」
「…しょうがない、じゃあこのコピ・ルアクを一つね」
風は、「あぁそれなら…」と聞き流そうとして、絶叫する。
「ちょっと待て! それって世界で一番高いコーヒーじゃねえか!?
値段教えろ値段!」
「一の後にゼロ四つ、ね」
それを聞いた風は、
「一万!? なんでこんなカフェにそんな高ぇもんが置いてあるんだよ!?」
と絶叫したのち、店員さんに「こいつの言ったことはちょっと忘れてもらって、ただのブレンドコーヒーを二つでいいです」と言い、真凛のほうをきっと睨む。
店員さんは、「”こんなカフェ”…?」と、風をぎろっと睨む。
まったく気にせず話を続ける風。
「俺を破産させる気か!?」
「ここで全力でたかったら、私に告白する気が失せたりしないかな~と思ってさ」
「告白…?」
それは想定外だった、というようにきょとんとした目を向けてくる風に、真凛は「あれ、違うの?」と聞き返す。
「それ以外で呼ばれる心当たりなんて、ないんだけど」
風は一瞬、どんな顔をすべきなのかがわからない、という顔をした。
器用なものだ、と真凛は思った。でもそれを口に出すほど、彼女は子供ではなかった。
(風が真凛の立場だったら、口に出していただろう)
そして、逡巡ののち、風は口を開く。
「榊真凛。お前――裏の人間だろ?」




