1-8 のんびり調査
精霊空間から出たワーナーもといモンスはそのまま歩きはじめる。本当は時間を確認したいところだったが、時計などというものはこの周辺にはない。ただ空模様からして、空間に入った時間からさほど経っていないことは分かった。
とはいえ、時計はなくとも時間を知る手段はある。ならば、それくらいは使っておいた方がいいだろう。
『……一応、聞いておくが今は何日の何時だ?』
『ワーナー様……いえ、モンス様が精霊空間に入る前の世界の時間軸より五分ほど経過しております』
『なるほど、設定通りってわけか。了解した』
もちろん、モンスが異空間にいた時間は五分以上だ。異空間と世界の時間がリンクしているわけではない。ただモンスが入る前から五分後にこの世界に出るよう設定しただけの話だ。そして、それが上手くいったことを確認したモンスは不意に足を止める。
モンスの眼前に広がるのは彼の故郷よりもやや大きな田舎町だった。あちこちに古びたあばら屋が並び、路面の整備など欠片もされてはいないが、少なくとも彼の故郷よりは遥かに都会的であると断言できる。
「まずはあそこからかな」
どうせ、あてなどないのだ。目についたところからしらみつぶしに探すしかない。モンスは小さく息を吐くと、街に入っていく。
街に入ってからのモンスの行動は至って普通だった。皆殺しにしてやりたいのはやまやまだが、下手に騒ぎにすると調査に支障が出る。とりあえず、ネルの力で絡んでくる相手をいなしつつ、手当たり次第に記憶を吸い出そうと考えている。
そう思っていたのだが、その思惑はすぐに崩されることになる。誰もモンスに対して嫌悪感を示したりしないのだ。誰もが素知らぬ顔でモンスの傍を通り過ぎていく。これはモンスからしてみればありえない状況だった。何せ、物心ついたばかりの頃ならばともかく、死ぬ直前の頃には母親以外に排斥されていたのだから。
予想外の展開だった。いくら、容姿を変えたところでモンスの異能は勝手に働くものだとばかり思っていたからだ。
試練を超えたから人から排斥されないようになったのか、それとも、以前の容姿だったから排斥されていたのか。あるいは、名前と容姿を変えたから人から遠ざけられなくなったのか。どれが正解なのかが判断がつかなかった。かといって、こんなところで元の容姿に戻ることはできない。
「まぁ、連中にとってはこの方がいいか」
どうせ、最後には皆殺しにするのだ。ならば、最後くらい彼らに思い思いの時間を過ごさせてやるのが情けというものだろう。
「さて、どうしたものかな」
モンスは思わず頭を抱えそうになる。この状況はモンスにとってはあまり喜ばしいことではない。自分に注目が集まれば、他人の様子を観察することができる。そして、その中で怪しいと思った者の記憶を抜き取るなりしていけばたどり着ける可能性があった。
向こうにバレないようにするという意味では好都合だろうが、それにどれほどのメリットがあるのかモンスには分からなかった。確かに逃げられる可能性は高くなるが、その時は逃げた先まで追いかけ回して殺してやればいいだけのことだ。別に急ぐわけでもないのだ。その状況になっても何の問題もない。
「……いつまでもグチグチ考えてないで、とにかく動くか」
モンスは適当に人目のつかないところまで行くと、目を閉じて思念のみで精霊たちと会話できる『念話』を使う。
『ネル』
『…………何?』
『お前の力を使わせてもらうぞ』
『……分かった』
ネルの了承を聞くとすぐにモンスは動く。力を己の領域を広げるように展開する。領域は街全てを覆うほどに巨大だった。それを誰にも気付かれずに展開すると、その領域内に入った人間全ての記憶を読む。
普通ならばあまりに膨大な情報量ゆえにとても処理が追いつかないが、彼らは普通ではない。これを使って領域内の情報を読むのはネルだ。彼女にとって街一つ分の人間の記憶など些少なものにすぎなかった。
『……手がかりになりそうな情報がいくつかあった』
『その中で連中の拠点に関する情報を抜き出してくれ』
『分かった。えっと……ビノウにあるという情報がある。これはあくまで噂レベルだね。領域内で連中の正確な情報を持ってる奴はいない』
『ビノウか……』
ビノウはそこそこ大きな街だ。中心部ほどではないが、少なくともこの周辺よりは発展している。噂なので確実とは言いがたいが行ってみる価値はあるだろう。
モンスはそこで何かを思い出したかのような顔になる。
『そういえば、ネル』
『何?』
『お前……。だいぶ饒舌になったな』
そこで一瞬沈黙が場を支配する。だが、すぐにネルはどこか慌てたような声でまくし立ててくる。
『別に……。私はあんたの手足だから話してるだけ。……とりあえず、仕事はこれだけ? なら、私は戻るけど』
『そうだな。ひとまずはこれで終わりだ。また、すぐに頼むかもしれんが』
『いいよ。私の力、好きに使ってくれて構わないから、遠慮せずに言って』
ネルはそれだけ言うと念話を切ってしまう。それに苦笑しつつも、モンスはビノウに向かうことにする。
「その前に……」
モンスは街の中心部に歩き出す。店頭で服を物色していた中年の女性の背後まで歩くと右手に取り出した刀で首をはねる。女性は何が起きたのか理解できずに大量の血を首から撒き散らし、倒れる。
「うわっ! 何だ!」
「人殺しだぁ!!」
現場を見た人々が一斉に騒ぎ立てる。モンスは彼らを何のためらいもなく斬っていくが、ある程度人を斬ったところでモンスは急に動きを止める。
「冷静に考えるとこれだけの数を斬るのは結構めんどくせえな」
モンスは逃げ惑う人々を見て、小さく呟く。
「そういえば、カミュラは炎を使えるんだったか?」
モンスはそう呟くと、目を閉じて何かを確認する。満足げに頷くとモンスは再び念話を使う。
『カミュラ。お前の炎とやらの威力を確かめてみたい。この街を丸ごと燃やすことはできるか?』
『当たり前よ。見くびらないで』
『よし。やれ』
『了解!』
カミュラの了承の言葉と共にモンスの周囲から凄まじいレベルの炎が噴き出る。炎は街を一瞬で覆い、地獄絵図へと変える。
モンスは町衆の悲鳴と断末魔を聞きながら、右手で頬をポリポリと掻く。
『さて、よくよく考えたら、これどうやって脱出するかな……』
『問題ないわよ。あんたを絶対に燃やさないように設定しておいたから』
『燃やす対象を選べるのか』
『言ってなかった?』
『ああ、聞いてない。まぁ、別にいいけどよ』
モンスは悠然と火の海を歩き出す。カミュラの言う通り、業火の炎はモンスの服すら燃やすことなく、街に対してだけ猛威を振るう。視界が若干取りにくいこと以外は文句がつけようがない素晴らしい攻撃だった。
五分ほどで街を出るとモンスは正面にとある集団がいることに気付く。
「ん?」
前にいたのは数日前に川辺で遊んだ犬猫たちだった。モンスは顔を明るくさせ、両手を広げる。
「久しぶりだな! お前ら!」
モンスの言葉に犬猫たちは動かない。モンスは不思議そうに首をかしげる。
「どうした? お前ら……」
モンスが困惑した表情を浮かべていると、犬猫たちのリーダー格である雌のダックスフンドが急に唸り出す。そして、次の瞬間犬猫たちが全員白い霧のようなものに包まれる。
「な、何だ?」
モンスが驚愕の声を上げていると中から若い男女が姿を現した。
「お前らは……」
あまりの衝撃に言葉にならない。それはそうだろう。慣れ親しんだ犬猫たちが急に人になったのだから。
彼らが元々人間で犬や猫に化けていたという可能性はおそらくない。それなら、モンスに懐くはずがない。
内心混乱しながら、モンスは目の前の集団を見る。ふと、その中心にいる茶髪をウェーブにしたタレ目の女性に目がとまる。姿は変わっていたがモンスはすぐに分かった。彼女がリーダー格のダックスフンドであると。女性はモンスをまっすぐな目で見つめる。
「…………ワーナーがさらなる力を手に入れてくれたおかげで私たちも人になれるようになったの」
女性の言葉を聞いてモンスはしばらくの間、逡巡し、頷く。
「……なるほど」
冷静に状況を受け入れているように見えるが実際は真逆だ。彼は何が起こっているのか実はまだ理解できていない。
精霊は分かる。彼女たちは人型になることがあると聞かされていたから、そこまでは驚かなかった。しかし、ただの犬や猫が人に化けるなど見たことも聞いたこともない。知らないものに対していきなり対応できるほど、今のモンスの対応力は高くない。この数日で凄まじい力を手に入れたとはいえ、彼はまだ七歳の子供なのだ。
ここまでで大抵の非常識を体験してきたつもりだったが、どうやら甘かったらしい。モンスは困惑した顔で正面に並ぶ男女を見た。
「…………なるほど?」




