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1-6 あっけない仇討ち

「スーザン。精霊空間に戻れ。今すぐにだ」


「わ、分かりました」


 ワーナーは即座に小声でスーザンに命令する。スーザンは戸惑いながらも、ワーナーの命令に従い、精霊空間に戻る。その間もワーナーはその人物を注視し続けている。未だに驚きが残っており、心臓が早く動いている。



 それほどまでに驚くのは無理からぬことだ。何せ、ワーナーが見たのはあの日、自分と母を殺した五人の内の一人だったのだから。

 茶髪にピアス。いかにもといった感じでどこにでもいそうな風貌だが忘れられるわけがない。あの男は間違いなく、ワーナーの仇だ。


『どうしたの?』


 怪訝そうな声で聞いてくるカミュラにワーナーは唾を飲みながら答える。


「俺たちを殺した奴らの一人だ」


 その言葉に精霊たちが殺気だったのが分かる。それはワーナーも同じだ。自分たちを殺した仇敵たちの一人がここにいるのだ。逸らないはずがない。



 本当は十の手と別れた時点で精霊空間に戻ろうと思っていたのだが予定変更だ。ワーナーは男に聞こえないように小声で口を開く。


「戻るのは後だ。今すぐにでもあいつらを皆殺しにしてやりたい。手伝ってくれるか?」


『もちろんです!』


『当然じゃ』


『うん』


『構わないわ』


『…………』


 いずれも異論はないようだ。それを確認したワーナーは足音を殺して、男を尾行しようとする。そこでサエナの声が響く。


『それとワーナー。口に出さなくても脳内だけで私たちと会話はできるから、いちいち話さなくていいよ』


『了解した。……これでいいのか?』


『うん。ばっちり』


 どうやら、聞こえているようだ。これなら、よりリスクを下げて尾行することができる。



 本当は今すぐにでも攻撃したいところだが、ここで襲っては他の連中の居場所が分からなくなる。せっかくの手がかりだ。ワーナーは今にも殺してやりたい気持ちを抑え、男を尾行する。

 といっても、ワーナーに尾行の経験なんてない。練習もなしにぶっつけ本番で成功すればいいが、その保証はどこにもない。そこでワーナーは男を見失わないようにしながら、精霊たちの力を借りることにする。


『俺は尾行したことがない。だから、手伝ってくれ』


『……了解』


 今まで自己紹介の時以外に一度も聞いたことがないネルの声が聞こえてきたことに驚くが声には出さない。そんなことをすれば隠れているのがバレるからだ。

 どうやら、精霊たちはそれぞれ役割を分担して動いているらしい。そして、尾行関連は彼女の役目のようだ。



 その辺りを聞かずに精霊空間から出てきてしまったために、彼女たちのことが今ひとつよく分からない。それに関しては後で聞くしかない。今は目の前のことだ。精霊たちの力を引き出せてないのは大きな不安要素だが、おそらく、先ほどの力だけでも充分に勝てるはずだ。もちろん、奴らの拠点に五人しかいなければの話だが。



 そんなことを考えながら尾行する。ネルの力のおかげか足音どころか、ワーナーから一切の音が出ない。自分では分からないが、おそらく気配も上手く絶てているのだろう。これなら、いくらでも隠れられそうだった。

 地元ではないと踏んでいたことで、長期戦も覚悟していたのだが尾行は思ったよりあっけなく終わった。男は故郷から二キロほど離れたところにある廃墟だった。


『ここか……』


 ワーナーは口に出さずに呟きながら、男に続く形で廃墟の中に入る。男には気付かれていない。この音の全く出ない状態なら、身を隠すだけでバレる確率は一気に下がる。ならば、ここはリスクを負ってでも、できるだけ情報を多く得ることを優先するべきだろう。



 男は廃墟の西側にある巨大な部屋へと入っていく。中をこっそりと覗くと中には見覚えのある男たちが四人もいた。


『ビンゴだな。あれが俺たちを殺した連中だ……』


 ワーナーは抑揚のない声で精霊たちに言う。


『どうすんの? 皆殺しにする?』


『いや、少しだけ様子を見よう』


『そんなことをする必要があるの?』


『俺の予想通りなら、多分ある』


 ワーナーは感情を押し殺した声でカミュラの問いに答える。その手は震えており、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめられていた。

 本当ならば、今すぐにでも襲いかかりたい。けれど、ここまで来た以上それで終わってしまうのはもったいない。ワーナーの考えが正しければ、彼らの話を盗み聞きすれば連中のアジト以上の情報を得られるはずだ。


「おせーぞ」


「悪い悪い。ちとブラブラしちまった」


「何を見るんだよ? 何もねえだろ」


「ばーか。何もねえのがいいんだろうが」


「はっ。おめーも物好きだよなぁ」


「俺は酒と女がありゃ、何でもいい」


 聞くに堪えない会話。隠れて盗み聞きするならば、相当な根気がいる頭の痛くなりそうな会話だった。けれど、ここは耐えなくてはならない。ここで連中を襲っては本当の(・・・)意味(・・)で母の仇が討てなくなってしまう。


「ああ。聞いたところによると、この前殺したあのガキの故郷、何か大騒ぎになってるらしいぞ」


「そうなのか?」


「いや、俺もさっき聞いたばっかで詳しいことは分からねえんだけどよ。何か、すげー悲鳴と音が聞こえてきたって話だぜ」


 どう考えても先ほどワーナーが感情任せに故郷を壊滅させた件だ。まだ一時間も経っていないはずだが、すでに情報が回っているらしい。まぁ、あれだけ派手にやれば騒ぎになってもおかしくはないか。


「どっちにしても、依頼はもう終わったんだ。いつまでもこんなところにいないで、そろそろ帰ろうぜ」


「いや、もう少しだけ待て。依頼人から連絡を受けたら、すぐに出る」


「ちっ。早く来いよ。何、モタモタしてやがる」


「それ、依頼人の前で言うなよ」


「わーってるよ」


 ワーナーはそれを聞いて、自身の考えが正しかったことを確信する。もう少しだけ話を盗み聞きして、さらに情報を得ようと息を潜める。その結果、ワーナーは聞き捨てならないことを聞いてしまう。


「にしても、こんなところにいさせられることを差し引いても今回はラッキーだったよなぁ」


「マジでな。オレらも相当名が上がったんじゃね?」


「ああ。『エクス』の名もこれで不動のものになるはずだ」


「まぁ、あのガキと馬鹿女には本当に感謝だよなぁ。殺して、多少派手に死体痛めつけるだけでオレらは有名になれるんだからよぉ」


 その言葉を聞いた瞬間ワーナーは動いていた。必死に耐えていたのが先ほどの会話で一気に爆発した。

 母の死体を辱めたのはこいつらだったのだ。ある程度分かっていたことだったが、改めてそれを聞かされて我慢できるほど、ワーナーの自制心は強靱ではなかった。


「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ワーナーは雄叫びを上げて男たちに突っ込む。突然乱入してきたワーナーに男たちは驚きながら立ち上がる。


「何だぁ!?」


「てめえ、ここが……! ごはっ!」


「てめえ、よくも……! ぎゃっ!」


「待て! こいつは! がっ!」


 ワーナーは右手に出した刀で三人を瞬く間に切り捨てる。返す刀でもう一人を殺すと、残ったのは一人だけとなった。

 生き残りとなった金髪の男は恐怖に顔を歪めながら、尻もちをついて後ずさりをする。


「ま、待ってくれ!」


「…………」


 命乞い。しかし、そんなものをワーナーが聞くはずもない。そもそもこんな連中の言葉に耳を貸す理由もない。

 ワーナーは何のためらいもなく刀を男の胸に突き立てる。刀身は男の肋骨を砕き、たやすく心臓を貫く。男は目を見開き、口をパクパクとさせる。しかし、口から言葉は出てこない。代わりに出てくるのはどす黒く、何よりも赤い鮮血だった。男はそのまま仰向きに倒れ、恐怖に目を見開いたまま絶命した。



 これで終わりだ。これでワーナーのひとまずの目的は成し遂げたわけだ。あまりにもあっけなく母の仇が取れた。あまりのあっけなさにワーナーは呆然とすることしかできなかった。

 だけど、すぐに何かを堪えるように震え出す。精霊たちは心配そうに話しかけようとするが、その前にワーナーが大笑いをしはじめる。


「やれやれ。やっちまったな。本当はこいつらが誰に命じられて、俺たちを殺したのか調べようと思っていたんだが……。けど、これはいい。ここまで簡単にいくなら、何も不安に思う必要はない」


 男を尾行した時点でワーナーは気付いていた。彼らはただの下っ端だ。立ち振る舞いで分かる。そして、何よりこいつらはただの平凡な(・・・)人間(・・)だ。ならば、トカゲの尻尾にすぎない彼らにワーナーたちを殺すよう命じた者たちがいることは容易に想像がついた。

 だから、当初はすぐには手を出さず、情報を引き出してから殺すつもりだったのだが、母を侮辱されたせいでタガが外れてしまった。そして、その結果大した情報も得ることができずに皆殺しにしてしまった。



 確かにこれはワーナーの不手際だが同時にあっけなく仇を討てたことで高揚している自分がいることに気付く。たかだか素人五人を殺しただけなのに、今ならどんな相手でも全員殺せそうな気がしていた。



 それに収穫が全くないわけではない。男たちは自分たちを『エクス』だと呼称していた。それを調べれば何かしら出てくるかもしれない。そう考えて、さりげなく最後に殺した男の懐を探ってみると、ジャケットの胸ポケットに何かが入っていることに気付く。


「これは……」


 取り出してみると、男たちの一人が持っていた白地に黒い文字で『X』と書かれた丸い布があった。X。これはエクスとかけているのだろうか。最初は組織に所属している証みたいなものだと思っていたが、少しの間触っているとその布の異常さに気付く。


「何だ? これは……」


『ただの布ではありませんね。何やら特殊な力を感じます』


 ワーナーの(ひと)(ごと)にスーザンが答える。どうやら、彼の直感は間違っていなかったらしい。


「とすると、持ってるとまずいか?」


『いえ、大丈夫でしょう。ワーナー様に対しての悪意は感じませんから。おそらく、連中を縛る、あるいは殺すために使ったのではないでしょうか?』


 その言葉でワーナーは確信する。やはり、少なくともこいつらを手足のように使っている連中がいる。ならば、次に討つべきはそいつらだ。

 そして、そいつらからワーナーたちを殺した依頼人の情報を抜き取る。次の目的としてはそんなところでいいだろう。


「……一応持ってくか。こいつらの背後関係を調べる上で役に立ちそうだ」


 ワーナーはニヤリと笑い、布を懐にしまう。そして、適当に廃墟を探索し、めぼしいものが何もないことを確認した後、ワーナーは軽く伸びをして廃墟から出る。

 外に出るとすでに日は暮れていた。ここに来た時点で夕方だったので、それなりの時間を探索に費やしたことになる。それで収穫なしというのは何とも笑えない話だが、ある程度予想できたことなのでワーナーに落胆はなかった。

 ワーナーは天を仰ぎ、暗く怪しく光る月を見て小さく笑う。


「いろいろやらかしてるところはあるが、そう焦ることはない。連中をじっくりと痛めつけるためにも、のんびりやっていこうじゃないか」


 そう呟くとワーナーは精霊たちに命じ、精霊空間へと舞い戻った。 

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