1-5 十の手
人への復讐を志したのはよかったのだが、その道に早速暗雲が立ちこめていた。率直に言って、重大な問題に直面していた。
「寝る場所……どうすっかな」
実家が破壊されてしまったことで、根城にできる場所がない。食事の問題もある。今のワーナーは無一文の上、人とまともに接触することができない身の上だ。野宿と窃盗や狩りで何とかするしかないかと考えているとスーザンの声が頭に響く。
『心配いりませんよ』
「……どういうことだ?」
ワーナーは眉をひそめる。確かに疲れも空腹感も感じないが、だからといって必要がないということはありえないはずだ。
『代替の肉体を用意させていただくにあたって、食事、睡眠、排泄、休息などを行わずとも生命活動を行えるように作成しました。要望があれば、それらの欲求が必要になるよう再度設定することもできますが……』
「いや。これでいい」
そう返した後に両手を開いたり閉じたりして、体の感覚を確かめていると、今度はカミュラの声が響く。
『いろいろと話しておきたいことがあるし、今日のところは精霊空間に来なさいよ』
「できるのか?」
ワーナーが精霊空間を訪れたとき、すでにワーナーは自身の肉体を持っていなかった。この肉体を得たのは空間を出た後だ。
もう一度入るつもりならば、肉体を持っていてはまずいのではないかとワーナーは考えたが、サエナはその悩みを消し去るように解決策を口にする。
『問題ない。君が我々のオーナーになった時点で、我々の許可がなくとも精霊空間に自由に出入りできるようになっているのだからな』
サエナの言葉でワーナーの腹は完全に決まった。故郷を破壊してもしなくても、行くあてなどとうの昔になくなってしまっている。なら、しばらくはあの空間を根城にするのが賢いというものだ。
「その前に一つ聞いておきたいんだが……ん?」
ワーナーは正面で起きている出来事を見て、足を止める。それはワーナーにとって見慣れた光景だった。
『ワーナー』
「分かってる」
アリスの言葉にワーナーは小さく頷く。心配しなくても、余計な真似をするつもりはない。そういうつもりでワーナーは言ったのだが、アリスはさらに何事かを告げる。
『――――――』
「そうか……」
ワーナーは生返事を返して、眼前の光景を見る。そこにあったのは金髪の派手な格好をした若い女性が奇妙な怪物に襲われている光景だった。怪物は明らかに人間ではない。巨大な単眼がある白い円のような物体から十の赤い腕が伸びており、その全ての手のひらに口があるという人間離れした格好をしている。ワーナーは怪物を即座にモンスターであると断定した。
モンスター。この世界に生まれてある程度知識を得た者でその単語の意味を知らない者はいない。なぜなら、モンスターとは人を襲い、街を破壊して彼らを恐怖のどん底に叩き落とす悪い生き物だからだ。
だが、ワーナーはモンスターを悪いものだとは思っていなかった。何なら、ワーナーにはモンスターに親友と呼べる相手が腐るほどいる。それこそ、人よりも遥かに親交が深い。だから、モンスターたちのことはそこらの一般人よりも遥かに知っている自負があった。
親しくなったモンスター曰く、人や動物の邪念が形になったものがモンスターらしい。動物はともかく人は相変わらず、救いようがない。まぁ、この期に及んで人に期待する方がおかしいのだろうが。
「仕方ない。助けてやるか」
ワーナーはその現場に歩きはじめる。普通ならば危険なことだが、精霊たちは誰も止めることはない。さっきの蹂躙を経て、彼がすでに相当な戦闘力を有していることは分かっている。それに先ほどの故郷壊滅で精霊たちはワーナーの誓いを知っている。ワーナーの目的を知っていてなお、止めるような無粋な真似をするような者はいなかった。
怪物から必死に逃げ惑う金髪の女性はふと視線を横に――つまり、ワーナーの方に向ける。ワーナーの姿を見て、女性は整った顔を歪める。
「ちっ!」
女性は悠然と歩いてくるワーナーの姿を見て小さく舌打ちすると、それまでの怯えた表情を一変させ、真剣な表情になったかと思うと右手に白い球体状の光を発現させる。
『むっ!』
モンスターは突如出現した光に足を止める。その隙に女性はワーナーに向かって叫ぶ。
「逃げなさい!」
「逃げる理由なんてない」
左手に日本刀を出現させると、それを金髪女に投げる。女性はワーナーの攻撃に目を見開く。ワーナーは女性に笑いかける。
「なぜなら、俺の敵であるお前はここで死ぬんだからな」
日本刀は不意打ちに反応しきれず、無防備な女性の胸に突き刺さる。女性は何が起きたのか理解できずに、そのまま倒れ伏し、落命する。
モンスターはワーナーの方を見て、その大きな単眼をギリギリまで開く。
『お前は……』
「久しぶりだな。十の手」
ワーナーは親しげにモンスターに話しかける。十の手。それがこのモンスターの名だ。ワーナーが助けると言ったのはこの十の手を指していった言葉だったというわけだ。人を助けるなんて鳥肌が立つようなセリフを言うなんて天と地がひっくり返ってもありえない。
当初は傍観しているつもりだったが、アリスに『あのモンスター……。今は押しておるが、あの女に殺されるぞ』と言われ、急遽参戦した。無関係の人間であるワーナーが現場に現れることで女性の動揺を誘い、その隙に殺す。何とも卑劣な手だが、人に気を遣っても仕方がないだろう。
どのみち、そんなことを考えても仕方のないことだ。十の手の窮地に何とか間に合った。今はそれで充分だ。
『すまん。助かった。ワーナー』
「気にするな。俺とお前の仲だろ?」
ワーナーの発言に十の手はわずかに目を細める。ワーナーは十の手の反応に不安を覚える。
『少し見ない間にだいぶ変わったな……』
それでワーナーは納得する。確かにしゃべり方もだいぶ変わった。一人称も俺に変わっている。口調を変えたのはついさっきだが。
「ああ。ちょっと、いろいろあってな。おかげで目が覚めたよ。改めて人間どもは生かすに値しないと思い知らされた」
『…………何があったんだ?』
怒気のこもった声で尋ねてくる十の手にワーナーはこれまでの経緯を話す。一応、念のために精霊たちについては話さずにおいたが、彼は実直で義理堅いモンスターだ。おそらく、そう遠くないうちに話すことになるだろう。
『そうか。連中、そこまで……』
十の手は十個全ての手を握りしめ、憤慨する。付き合いが長いこともあって、十の手とは相当親しい。だから、ワーナーたちが殺されたことを本気で怒っていることくらいは容易に分かる。
「俺は俺たちを殺した連中を討ちたい。だが、連中がどこにいるのかが分からない。そこでだ、連中の居場所を探す手伝いをしてくれねえか?」
『もちろんだ』
十の手は手を一つ使ってサムズアップする。奇妙な光景だがワーナーには見慣れたものだ。小さく笑いながら、ワーナーは礼を口にする。十の手は手を横に振って、気にするなと言う。
『とりあえず、そいつらの特徴を教えてくれ。分かる限りの知っていれば教えるし、知らなければ他の連中にも聞いてまわろう。今までの恩もあるのだ。俺も奴らも助力は惜しまん』
「そうだな。俺を襲ったのは五人だ。全員の特徴を言うから、分からないところがあったら質問してくれ」
ワーナーはそう前置きをして、十の手に暴漢たちのことを話す。自分たちを殺した人間だ。その特徴は嫌でも忘れることができず、かなり詳細な特徴を話すことができた。
『……すまんが、俺は知らないな』
「そうか。まぁ、俺も見たことのない連中だったからな。多分、この周辺の人間じゃねえだろ」
『ひとまず、俺の方でも探してみる。少し時間をくれ』
「分かった」
そこで突然ワーナーの右横が光り輝く。光は一瞬で収束し、ワーナーの傍にクリーム色のノースリーブのワンピースを身に纏った金髪の少女が出現する。
「お初にお目にかかります。十の手様。私はスーザンと申します」
『む……? 貴様は精霊か?』
十の手はスーザンの登場にわずかに目を見開くが、すぐに何かに納得したかのように目を閉じる。
『なるほど……。貴様もワーナーに惹かれた者ということか』
「おっしゃるとおりでございます」
言いながら、スーザンはポケットから一つの黒い長方形の物体を取り出す。片面にいろいろとボタンや画面のようなものがある。ワーナーはその物体にどこか見覚えがあった。
「十の手様。ワーナー様をお助けいただけるとおっしゃるのであれば、こちらをお持ちください」
『これは?』
「無線機と呼ばれるものでございます」
無線機。遠く離れた相手とも周波数を合わせることで会話ができるというものだ。巷では文明の利器とされており、都市部などで活用されている。
『なるほど。これが……。『特人』どもが使っているところを見たことがあるな』
十の手はその大きな目でまじまじと無線機を見る。スーザンはそんな彼を見て、ニッコリと笑う。
「はい。しかも、こちらはそれらよりも遥かに性能の高いものです。ワーナー様と連絡を取り合う際にこちらをご利用ください。」
『了解した。連中の尻尾を掴み次第、連絡する』
十の手はそれだけ言うとスーザンから受け取った無線機を握りしめ、二つの手を器用に使ってその場を去っていく。ワーナーはその後ろ姿を見送りながら、スーザンに話しかける。
「あれもお前が用意したものか?」
「はい。それが私の役目ですから。それよりも、先ほどのモンスターとは知り合いなのですか?」
「まあな。あいつとはそこそこ長い付き合いだよ」
ワーナーは言いながら、何気なく左横の方に顔を向ける。そして、固まった。
「あいつは……!」
まさかの人物にワーナーは喫驚に顔を歪ませた。




