1-4 誓い
目を覚ますと暴漢に襲われる前と全く同じ世界が広がっていた。ワーナーは体を起こして周囲をキョロキョロと見渡す。
「戻ってきたの?」
『そうよ』
「わっ!」
自身の体内から突然カミュラの声が聞こえてきたことに驚く。その反応にカミュラのため息をつく声が聞こえてくる。
『何を驚いているのよ。あんたはアタシたちの主になったのよ。その時点でアタシたちは一心同体、精神が繋がっていんのよ』
『コラコラ、カミュラ。あまり、ワーナーを驚かせちゃダメだよ』
『知らないわよ』
声しか聞こえず、表情は窺えないが、カミュラはどこか拗ねているように思えた。サエナが窘めるが、カミュラは聞く耳を持たない。
そんな彼女たちをよそに今度はスーザンが話しかけてくる。
『申し訳ありません。ワーナー様の肉体を取得することができず、代替の肉体を用意させていただきました』
「いいよ、別に。あそこに行く前に僕は死んでた。その後に僕の体がどうなるかなんて分かりきってることだよ」
要は意識さえしっかりしていればいいのだ。似たような現象で沼男問題などというものがあるらしいが、今はどうでもいい。
「それよりもすぐに行くよ」
気が急いている自覚がありながらもワーナーは進む。行き先はワーナーの家だ。決して大きいとは言えない小さな一軒家だが、ワーナーにとっては母と二人で過ごす大切な場所だ。そこがどうなってるのかを確かめておきたかった。そして、何より母がどうなったのかを知りたかった。
母の動向は家以上に知りたいことだ。あの状況では、おそらく生存は絶望的だろう。できれば、生きていてほしかったが、それを願っても詮無きことであることは重々承知していた。それでも、願ってしまうのはどうしようもないが、それ以上に母が、今、どう扱われているかが気になって仕方がなかった。
自分などどうでもいい。だが、せめて母だけは……。
『ワーナー!』
「っ!」
そこでワーナーは慌てて立ち止まる。すると、横の脇道から鍬を持った中年の男性が現れる。
「あ~ん? てめえは……!」
男性は一瞬眉をひそめるが、すぐに目を見開く。
「何でてめえが生きてやがる! てめえはあの魔女とともに死んだはずだ!」
その言葉でワーナーは母が死んでいたことを確信する。それに思わず落胆してしまう。それゆえに男性が混乱で鍬を自身に振り下ろしていることに反応が遅れてしまう。ワーナーは思わず、腕で頭を守ろうとする。鍬がワーナーの腕に突き刺さる寸前に眩いほどの光が周囲を包む。あまりの眩しさに二人が目を覆っていると、横から現れた日本刀によって鍬が弾き飛ばされる。
ワーナーは光が収まるとすぐに発光源と見られる右横をチラリと見て、驚く。
「カミュラ……ネル……」
「な、何だ! てめえら! どこから、現れやがった!」
精霊にすぎないはずのカミュラとネルがその場にいたのだ。おまけに何の力もなさそうな男性が力がなければみえない精霊である彼女たちの姿を目視しているということは、彼女たちは実体化している。それは驚愕に値するべき出来事だった。
「そんなものをワーナーに向けて、無事ですむと思わないことね」
「…………」
ネルは右手に薙刀を出現させ、それを何のためらいもなく男性の腹に突き刺す。男性は血反吐を吐いて倒れる。言うまでもなく、すでに男性は絶命していた。
「…………」
大量の血を流して倒れている男性の死体を見て、ワーナーは不思議なほどに冷静だった。確かに人に対して憎悪していたところがないとは言わないが、ここまでではなかったはずだ。やはり、あの試練とやらで自分は変わってしまったのだろうか。
「……どうして、君らが体を持っているの?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。男性への気遣いの色は一切ない。それにワーナーは何も思わなかった。
問われたカミュラはワーナーの方に向き直って答える。
「あなたのおかげよ」
「ぼくの……?」
「その話は後。早く行かないといけない場所があるんでしょ?」
「そうだった!」
カミュラの言葉で目的を思い出し、ワーナーは走る。嫌な予感がする。先ほどの男性は母を魔女と言っていた。それが意味することをワーナーは理解していた。もし、彼の想像通りなら……。
『もうすぐ?』
「うん。そろそろ家に……」
焦燥に駆られながら、サエナの問いに答えるワーナーの言葉はそこで止まる。目の前にあったのは無残に破壊された我が家とその前に無情にも首を晒されたワーナーとその母の死体だったのだから。
あまりにもあっけなく打ち砕かれた希望にワーナーは膝をついて慟哭する。耐えられるはずがない。最愛の母がまるで咎人のようにその亡骸を辱められているのだから。
自分はまだいい。ワーナーは元々嫌われていた。死んだ後にそういう扱いを受けることもありえるだろうと幼心に覚悟していた。けれど、母は違う。彼女にそんな扱いを受ける謂れなどないはずだ。いや、本当はワーナーにもそんな謂れはないのだが。
瞬間、ワーナーの頭の中が真っ白になる。そして、叫ぶ。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『『『『『ワーナー(様)!!?』』』』
突然叫びだしたワーナーにサエナたちは驚く。唯一声を上げなかったネルも心配そうな顔になっている。だが、ワーナーはそれどころではなかった。自分を案じる精霊たちの声も聞かず、ひたすら叫ぶ。
「何だ?」
「誰だよ? 近所迷惑な……」
「おい。あそこはあの魔女と忌み子の……」
その尋常じゃない叫び声に不審に思った住人たちが集まってくる。彼らの声を聞いてワーナーは叫ぶのを止める。振り向いて、涙に濡れた目で彼らの顔を見る。
こいつらがやったのか。こいつらがははをこんなにしたのか。コイツラガジブンタチをコロシタノカ。コイツラガ………………!!!
ワーナーの頭の中で何かが弾けた。先ほどネルが使っていた薙刀を右手に取り出し、自分を取り囲むように集まる群衆を睨みつける。
住民の一人がワーナーの顔を見て、何かに気付いたような顔になる。
「こ、こいつは……ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
「ごふっ!」
不思議なほど体が軽かった。ワーナーは決して軽量とは言えない薙刀を七歳児とは思えないほどの鋭い斬撃で振り回し、一撃で十人以上を切り捨てる。
『信じられない……』
『ワシらの力を何の説明もなく扱うじゃと……!』
『ふーん。正直さっきまで半信半疑だったけど、今ので完全に吹き飛んだわ。これは本物ね』
スーザンとアリスが驚愕の声を上げる中、カミュラは冷静に話す。ネルは無言ながらも目を見開き、驚いていたがサエナは無言で見つめていた。
完全に自制心の吹き飛んだワーナーはそのまま雄叫びを上げて、目に入る人間全てを薙刀を振るって殺していく。
完全な虐殺だった。所詮そこにいたのは非戦闘員。束になろうが強大な力を得たワーナーに歯が立つはずもなかった。
全てが終わるのに対して時間はかからなかった。全体で十分もかかっていないだろう。それほどあっけなく事は終わった。
自分の生まれ故郷をたった一人で壊滅させたワーナーは見るもおぞましい血の海の上で嗤っていた。心底愉快そうに、心底悲しそうに、嗤っていた。
(人に生きる価値などない。そうとも、なぜ、あんな奴らに遠慮してやる必要がある? あいつらを一人残らず破滅させる。それが俺のやるべきことだ)
ワーナーがその結論に至るのは当然のことだった。暴漢たちに殺される直前の彼にとって、全ての人間は敵だった。ならば、彼らを破滅させようと願うのは当たり前のことなのだ。
まずは自分たちを殺した連中を殺そう。そして、それから、自分を排斥した人間どもを――。




