3-6 支障のない想定外の出来事
ある程度の準備を整えたモンスは霧の深い森の中を一人、歩いていた。傍に誰もいない。精霊空間にいるはずの精霊たちもモンスの命令で外に出ているので、今の彼は文字通り単独で行動していた。
そこは緑。そこは静。そこは無。鬱蒼とした木々以外に何もないその場所は、先ほどまでのモンスの目的地であった。この深緑しかない場所で仕込みを終えたモンスは街へとゆったりとした足取りで向かっていた。
その足で向かうのは有紀の生家、木黒家だ。木黒家は王都からは外れた場所にあるものの、それなりの名家であり、この国でもそこそこの知名度を誇っていた。
モンスは小高い丘のようなところから街外れにある屋敷を見る。いかにも昔ながらといった和風の屋敷はかなり大きく、周囲の家と比べても一際目立っている。
「あそこか」
別に何か用事があったわけではない。ただ遠目から見ようとしていただけだ。これからすることがどれほど残虐かを改めて確認するために。
しかし、モンスの意向に反して予想外の事態が起こる。もっとも、それを知ったところでモンスにとってはどうでもいいことだ。彼の目的はどちらかといえば暇潰しの類に近い。あるいは念を入れる。その程度のものだ。その目的が達成できなかったところで彼の計画が揺らぐことはない。
モンスは街を見渡す。王都ほどではないにしてもそれなりに栄えているこの街は人口が多い。つまり、必然的に揉め事の種が多いということだ。この街は比較的西側に近い。この街にはさまざまな店がある上に比較的リーズナブルな価格で販売しているところも多いことから西側の人間が買い物に来ることは決して少なくない。東西の軋轢にこだわりを持つ人間が少ないこともそれを促している。
しかし、あくまで少ないというだけであってゼロではない。そうした小競り合いもごく稀に発生する。そして、ここは都合がいいことに少数精鋭気取りのかなり性質の悪い連中が存在している。外面はいいのでなかなか上手く擬態しているが、運がよければそいつらの悪行を見れるかもしれない。その程度の感覚でモンスは丘を見渡していたのだが……。
「あん?」
モンスの目に入ったのは目的と大きく外れたものだった。モンスの視線の先にあったのは複数の下卑た笑みを浮かべた男たち。人数は八人。西側排斥の過激派の者たちではない。全く眼中にない連中だったが、彼らが絡んでいる相手を見るとさすがにスルーはできなかった。
「何やってんだか……」
モンスはしばらくの間逡巡する素振りを見せる。別に無視しても問題はない。しかし、後々のことを考えれば動いておいた方がいいかもしれない。どうせ、相手は焼いて食おうが問題にならない馬鹿共なのだから。
「仕方ない。助けてやるか」
つい先日も似たような光景を見たばかりだが、珍しいことではない。人間のやることはいつも同じだ。だからこそ、攻撃相手が増える分にはありがたかった。
モンスはゆったりとした足取りで男たちに近付いていく。男たちは一人の女性を囲んでいた。青い髪を持つ美しい少女だ。男たちは彼女を複数で取り囲んでナンパしているのだ。男たちはナンパに夢中でモンスに気付いていない。少女の方もモンスの方に意識を向けるゆとりなどなさそうだ。二百メートル、百メートルと近付いて行くにつれて、聞きたくもない彼らの会話が鮮明にモンスの耳に飛び込んでいく。
「なぁ、いいだろ?」
「こ、困ります」
「困ります、だってよ! かわい~」
「おい、こいつ、さっさと連れてこーぜ。俺、もう我慢できねーよ」
少女の言葉に何がおかしいのか男たちはゲラゲラと笑う。男たちのほとんどは少女を性的な目で見ており、彼らの目的が手に取るように分かった。もっとも、複数で取り囲んで女をナンパしている時点でその目的など決まりきっているのだが。
やがて男たちの一人がその薄汚い手で少女の腕を掴む。
「離して……!」
少女は顔を歪めながら拒否するが、男たちはそれをただ笑って見るだけだった。
「そういうところも可愛いねえ。安心しなよ。俺たちがちゃんと可愛い君を可愛がってあげるからさ」
「ぎゃはは! くだらねえ! シャレのつもりかよ!」
「そんなんじゃねえよ! バーカ! ぎゃはははははっ!」
もはやモンスにとっては紋切り型となってしまっている聞くに堪えない言葉をほざき続ける男たちにモンスは呆れ混じりに小さくため息をつき、一瞬で男たちの一人に接近しその頭を殴り潰す。
大量の血がばらまかれ、男たちは動きを止めて一瞬呆けた顔になる。血を浴びた何人かが怯えきった表情になるが血を浴びなかった男たちの一人が額に汗を流しながら、モンスを睨みつける。
「な、何だ! おま……ごふっ!」
「うるせえなぁ。喋るんじゃねえよ。ゴミが」
モンスは目にも止まらぬ速さで男八人の顔面を殴り潰してしまう。男たちは体を痙攣させ、無様にその場に崩れ落ちる。男八人の首から上が焼失し、大量の血を撒き散らすという凄惨な光景を生み出したモンスは額と前髪に浴びた返り血を右腕で拭い、呆れきった表情を浮かべながら少女の方を見る。
「お前も少しは抵抗しろよ。有紀。あんな連中、お前なら一瞬で皆殺しにできたろ?」
「だ、だって、ただの人間を殺したら捕まっちゃう……」
少女――木黒有紀はこの惨状を目にして、男たちの死体などないように振る舞う彼女の精神性は評価されるべきなのだろうが、モンスとしては彼女の言葉に呆れるより他になかった。
「何、寝言ほざいてんだぁ? お前だって知ってんだろ? こんな害虫の七、八匹死んだくらいで動くほどこの国の警察は勤勉じゃねえって事くらいよぉ」
「……」
モンスの言葉に有紀は黙り込む。なぜなら、モンスの言葉は反論の余地のない完璧な正論だからだ。普通に考えれば八人もの人間が殺されれば大々的に警察は動くだろう。全員の頭が消し飛んだ惨殺現場ならばなおさらだ。
しかし、この国にそんな常識は存在しない。あるのは、種類を問わず力のある者だけが優遇され、生き残れるという残酷で至極当然な理屈だけだ。弱肉強食と言い換えてもいいかもしれない。どちらにせよ、このことでモンスに何かしらの不都合が起きることなどまずない。それは確実だ。
それにしても、やたらとクズな男ばかり殺している気がするが、もちろん偶然だ。決して男だけがダメなわけではない。何せ、モンスは金目当ての狡猾な女や自分のことしか考えない馬鹿女を腐るほど見てきた。男女問わず、真っ当な神経を持たない者が多すぎるのだ。老若男女問わずに人間は腐りきっている。
まぁ、モンスにとっては今さらだが。
「まぁ、何でもいいけどな。とりあえず、俺は野暮用があるから、さっさと行くぜ。お前も気を付けて帰れよ」
モンスはそれだけ言って立ち去る。モンスの足取りは迷いなく堂々としたものだ。とはいえ、別段立派な歩き方でもなければ、特別な歩き方でもない。だが、有紀はそんなモンスの後ろ姿を頬を赤らめながら見つめていた。それにどれほどの意味があるのかも知らずに。




