3-5 滑稽な独善者
翌朝。モンスは再度コーセウスの家へと向かっていた。現在は午前四時半。かなり早い時間ではあるが、向こうが一番早く都合のつく時間がこの時間だったということで、出向いているのだ。
人を嫌うヒューマン・イーターのボスが人の代表格である天下八家のコーセウス家の都合に合わせて出向くなど笑い話にもならないが、それを考察することに何の意味もないことは昨日の時点で書いている。
モンスが寝床としているところからコーセウスの家までの最短ルートを通るために路地裏を歩いていると、あるものを発見する。いや、あるものというより、あることと言うべきか。モンスはそれを見て、
「はぁ……」
小さくため息をつく。放っておいても何の支障もないものだが、放置していてはこれからすることに支障が出る事象だった。それは……。
「やめてよ!」
「いいじゃねえか! 俺たちとちょっと遊ぼうぜ」
「こんな時間にそんな格好で出歩いちゃってぇ……。男誘ってるんじゃないの?」
路地裏で露出の高い格好をした若い女がチャラついた風貌の男たちに囲まれていた。この路地裏はそこまで広くはない。それでいて、コーセウスの家に向かうにはこの路地裏を通らないと遠回りになるのだ。
つまり、モンスが進もうと思うなら道を塞ぐように群がっている男どもを何とかしなくてはならない。
「ったく、どいつもこいつも同じ事をやりやがって……。つくづく人間ってのはワンパターンだよなぁ。ま、俺も人のこと言えねえけど」
モンスが思わず愚痴ってしまうのは無理もないことだ。どんな大物だろうが、どんな小物だろうが行動に大差はない。多少の差異はあれど、過去の人物たちとほぼ同じ行動を取るのだ。
こういう状況にも何度も出くわした。確かに一人の女をよってたかっていじめている男たちも男たちだが、こんな時間に露出の高い格好で路地裏をうろつく女も女だ。確かにこの路地裏は知る者ぞ知る重要な生活道路ではあるが、もう少し考えて行動するべきだろう。
まぁ、モンスとしてはどうでもよかった。この状況ならやるべきことは決まっている。だから、モンスは何のためらいもなくその揉め事の方へと近付いていった。
「よぅ、兄さんたち。悪いけど、そこ通ってもいいか?」
モンスは友好的な笑みを浮かべて、そんなことを言う。これは彼なりに面倒を減らそうと考えてのことだ。正直確率は低いが、穏便に通らせてくれるのであれば、そのまま通り抜ける。もし、絡んでくるのであれば……。
「何だ? てめえ……」
「また、ヒーロー気取りの馬鹿ですかぁ?」
やはり、こうなるか。モンスは内心ため息をつく。ただ通りたいと言っただけで、なぜ敵対的な態度を取るのか。単純に頭が悪いと言ってしまえばそれまでだが、それ以上に彼らには誰でもいいから攻撃したいという鬱屈した願望が見て取れる。まぁ、この考察が当たっているかどうかなど知ったことではないが。
「あっ……! てめえは!」
そこで男たちの一人がモンスを指差しながら、叫ぶ。モンスは怪訝そうな表情でその男を見る。茶髪に鼻ピアスをした男。顔面にはあちこち包帯や絆創膏が張られており、一見すると誰なのか判別できないが……。
「ああ。昨日ボコボコにした奴か。へぇ、もう動けるのか。大したもんだな」
「てめえ!」
うろ覚えだったが、男の反応からして当たりだったようだ。昨日は変なものに絡まれすぎて、何が何だか分からなくなりつつあったが、その中で軽薄そうな風貌をしていた男は自分からぶつかってきておいて絡んできた馬鹿くらいだった。あくまで、消去法で見当をつけただけだが、やはり消去法は強い。
「おっ。何? もしかして、お前こいつにやられたの?」
「そうだよ! こいつからぶつかってきておいて、謝罪しろって言ってんのに逆にボコボコにぶん殴ってきやがったんだ!」
「そりゃあ、きっちりけじめをつけねえとなぁ……」
茶髪の男の言葉を聞いて、スキンヘッドの男が醜悪な笑みを浮かべる。茶髪の男の言い分は完全に嘘っぱちだが、もはやどうでもよかった。ゆえにモンスが取った行動は一つ。
「悪いが急いでるんだ。どかないんなら、潰す」
「がはっ!」
スキンヘッドの男の頭を鷲掴みにすることだった。同時にモンスの右手から大量の白い電撃が迸り、スキンヘッドの男を一瞬で気絶す。
「な、何だ! てめえ! 一体何を……」
「うるせえよ」
モンスはその白い電撃を最大限に駆使して、男たち全員を一瞬で伸してしまう。それを一瞥すると、絡まれていた女性に目もくれず立ち去っていく。
モンスが先ほど使ったのは精霊の能力だ。白髪の精霊――ラムの持つ能力、『白い電撃』。文字通り白い電撃を操る能力を使い、男たちを倒した。しかも、ただ倒しただけではない。男たちのこれまでの記憶――いわゆる、思い出を全て奪い取ってしまったのだ。
原理はモンス自身よく分かっていないが、何でも、白い電撃を相手の脳内に送り込むことによって、相手の記憶を自在に操れる……とのことだ。
「まぁ、原理なんざ分からなくても構わねえか」
モンスはそう呟き、コーセウスの屋敷に隣接する大通りへと足を踏み込んだ瞬間、その足を止める。
「お前は……」
目の前で仁王立ちをする黒髪の少年を見てモンスは怪訝そうに目を細める。少年はモンスを親しみを込めた目で見る。
「びっくりしたぜ。八人はいたのに、一瞬で全員を伸しちまうなんて、あんた強いんだな」
「……名も名乗らず、いきなり話しかけてくる奴と呑気に会話してやるほど今の俺の機嫌はよくねえぞ」
「それは失敬。俺は特校一年十組の柏木知己。よろしくな」
一年十組。つまり、モンスの同期たちの中でもっとも実力が下とされているクラスに配属されているということだ。とはいえ、今年の一年生はなかなかに豊作なので、クラスはあまり当てにならないところがあるのだが。
「けど、あんたチャラついた見た目に反して結構正義感が強いんだな。困っている女の子を助けるなんてなかなかできることじゃないぜ」
何を勘違いしているのか、柏木と名乗った少年はトンチンカンなことを言い出す。モンスはうんざりとした表情を浮かべ、
「はぁ……。話はそれだけか? なら、俺は行くぜ。急いでるんでな」
と言って、柏木の横を通り抜けようとする。その肩を柏木が掴む。
「待ってくれよ。お前、俺と同じで弱者への理不尽が許せねえってタイプだろ? さっきのを見てりゃ分かる。ここはいっちょ……」
柏木が言い切る前にモンスはその手を振り払う。柏木は驚いて目を見開いているが、モンスはそんな彼に冷たい目を向けて、
「触るな。俺はお前と関わる気はねえ」
それだけ言って、モンスはさっさとコーセウスの屋敷へと向かう。昨日の時点で話の大半は終わってしまっているのだが、まだ話していないことがある。それを話すためにわざわざ時間を割いてもらっているのだ。これ以上無駄な時間を使っている余裕などない。
モンスは背後から聞こえてくる制止の声も無視して、まだ陽が昇っていない街を進んでいった。




