3-4 気付かれぬ兄弟の邂逅
令和元年、おめでとうございます
夜。モンスはコーセウスの屋敷へと足を運んでいた。一応、昼の段階でアポは取っておいたのですんなりと通された。用件は言うまでもなくこれからやろうと思っていることを話すことだ。
準備もいいが、筋を通すべきところは通さなくてはならない。モンスは人の理屈は嫌いだが、それを無視して楽しめるほど人間社会が寛容ではないことも承知していた。それにここはモンスが敵視すべき場所ではない。むしろ、モンスにとっては仲間と言っていい家だ。だからこそ、ここに来たのだから。
しばらく歩くとカムヤの私室に案内される。使用人に軽く礼を言って、使用人が会釈をした後に立ち去ったのを見るとモンスはカムヤの私室に向き直る。
「……カムヤ。入っていいか?」
「ああ。いいぞ」
モンスが扉を開けるとソファに寝っ転がって寛いでいるカムヤの姿があった。カムヤはモンスの方を見て、小さく笑いかける。
「来たな。とりあえず、座れよ」
「ああ」
モンスは頷き、カムヤの正面に座る。カムヤは姿勢を変えることはせずに、そのままの体勢で口を開く。
「話は聞いている。東西の対決を利用して、一悶着起こそうとしてるんだってな?」
「ああ。今、王都は平穏を保ってるように見えるがこの前の特校襲撃の混乱の余波は未だに残っているからな。この混乱をさらに大きくしてやろうと思ってるんだ」
「俺は構わないぞ。何か必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ。要求されたものは可能な限り、早く用立てよう」
「いや、今のところは何も必要ないんだ。そもそも、すでに火種はあちこちにくすぶってるっぽいしな。とりあえず、今回は話だけ耳に入れとこうと……」
そこでモンスの言葉が止まる。カムヤが右手をモンスの方に伸ばして制止するよう合図したからだ。それを見て、モンスは目を細める。
「……来客か」
「ああ。それもアポなしのな。……ったく、勘弁してほしいぜ」
カムヤは上体を起こし、忌々しげな表情で舌打ちをする。まぁ、来客を出迎えている最中にいきなり訪れられれば誰でも機嫌は悪くなる。
カムヤは電話の受話器を取って、使用人たちに来客者について尋ねる。二言三言かわしたところで、カムヤはため息をつきながら受話器を下ろす。
「席外すか?」
「いや、無理だ。どうやら、もうすぐそこまで来ているらしい。仕方ないから、お前はここにいてくれ。……そもそも向こうが勝手に来たんだ。誰が同席していようが文句は言わせねえよ」
当初は突然の来客に機嫌を悪くしていると考えていたモンスだが、カムヤの表情からして、相当嫌な相手と会うようだ。この状況は初めてだが、カムヤの態度から、これから来る相手のおおよその見当をつけることができる。そして、その中でもっとも可能性が高い人物を思い浮かべ、モンスは内心ため息をつく。
そこで突然扉が開けられる。足音で近くに来ていることは分かっていたので二人はその事態に眉一つ動かさない。その来客者はノックも声かけもせずに複数の従者らしき者たちを引き連れ、ずかずかと中に入ってくる。
「よぅ、カムヤ。ちょっと、話がしたいんだがいいか?」
「なれなれしく下の名で呼ぶな、クソ野郎。……んで? アポも取らずに何の用だ?」
カムヤは来客者を睨みつけながら、言う。来客者はその視線を不敵な笑みを浮かべて、受け止めてみせる。
「まぁ、そう言うな。俺の用件というのは……」
「ちょっと待ってください」
来客者の言葉を従者の一人と思われるモンスと同い年くらいの女性が遮る。女性はモンスの方を睨みつけ、口を開く。
「ここは天下八家の嫡男、カムヤ様とサーゾン様の会合の場。この場にそぐわぬものはすぐに出ていくべきです」
あまりにも身勝手な女性の言葉にモンスは噴き出しそうになるのを必死に堪える。あまりにもレベルが低い女。このような女を相手にするのは時間の無駄だが、モンスも話を邪魔された怒りがあったので軽くおちょくってみることにする。
「やれやれ。どうやら、英雄クレナール・カルドザスのご子息は部下の躾もまともにできないうつけのようだ」
ちなみに、二人のやりとりで来客者の正体がサーゾン・カルドザスであることが分かるがどうでもいいことだ。問題なのはサーゾンたちがモンスたちの話を邪魔したこと。その一点に限られているのだから。
しかし、その言葉が女性の癪に障ったらしい。青筋を立てて大きく口を開く。
「馬鹿にするな! 私はお前なんかよりもずっと優れた人間だ! 貴様のような口だけの弱者とは違う! いいから、さっさと出てい……」
最後の「け」の音を女性が口にすることはなかった。なぜなら、モンスが凶悪な呪力を放ちながら、女性を凄まじい眼力で睨みつけていたからだ。
「図に乗るなよ。クソ女。てめえごときが、この俺に指図してんじゃねえ」
「ひ……っ!」
あまりにも隔絶していた。両者の実力差はあまりに隔絶しすぎていた。モンスの圧倒的な呪力の前に為す術なく取り巻きたちは一人残らず膝を折る。
その呪力に冷や汗を一つかくだけで耐えてみせたサーゾンはモンスを見て、小さく笑う。そして、信じがたい言葉を口にする。
「いいな。気に入った。お前、俺の部下にならないか?」
モンスは冷めた目をサーゾンに向ける。とても正気とは思えない言葉。こんな言葉にまともに受け答えをしてやる必要などないと判断したモンスは口元を大きく歪めて、言う。
「悪いが、俺は十騎士にすら選ばれない雑魚の下につく気はないんでね」
空気が凍るのが分かる。けれど、サーゾンの取り巻きたちは何も言えない。モンスのあまりの危険性ゆえに恐怖してしまっているのだ。
モンスは息を一つ吐くと、カムヤの方に顔を向ける。
「……カムヤ。ひとまず、今日のところは帰るわ。常識も何もねえガキどもと同じ空間にいても疲れるだけだ」
「そうだな。また日を改めることにしよう。この馬鹿共は後で俺が追い出しておくからさ」
実際は血の繋がった兄弟同士の再会であるのだが、感動シーンどころか何の感傷も抱くことはなかった。当然だ。サーゾンもモンスを迫害した害虫。そんな男に抱く情などあるはずもない。
こうして、図らずも実現した虚しい兄弟再会の場面が終わった。




