2-15 無意味な解決、意義のある終わり
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!! あ、足がぁ!! 手がぁ!!」
その叫び声は死ぬほどやかましかった。悲鳴を上げさせた張本人であるアーテングが思わず顔をしかめたほどだ。ヤタルはあまりの激痛にのたうち回る。痛みでショック死しなかったことは褒めるべきなのかもしれないが、それだけだ。聞くに堪えなくなったアーテングは呪符を使って、緑色のエネルギー状のブレードを右手に出現させる。
「少しくらいいたぶってやろうと思ったが、やめだ。さっさと終わらせよう。うるさすぎ」
「ひぃっ!!」
アーテングは刀を大きく振り上げる。ヤタルは怯えきった表情で悲鳴を上げる。もはや、半月前にアーテングをかつあげし、痛めつけていた問題児の姿はどこにもない。アーテングは無情にもヤタルの脳天めがけてブレードを振り下ろそうとする。しかし、その一撃を受け止める者が現れる。アーテングの右斜め前に立ち、左手をポケットに入れ、右手のみでアーテングの一太刀を受け止めてみせた張本人を見て、アーテングは目を細める。
「スピリアか……」
「おいおい。気になって見てみればこれかよ。まさか、てめえが裏切り者とは思わなかったぜ。レノ」
白々しいセリフだったが、モンスとキングが同一人物であると知らないアーテングは自分の正体が知られたことに内心焦燥する。一度刀を退いて、モンスの心臓を突き刺そうとするが、モンスはそれを刀でたやすく弾き、アーテングから距離を取る。
先ほどの突きは並の技量では防げない。反応することすらできないはずだ。それを目の前の男はたやすく弾いてみせた。それを見て、アーテングは嘆息する。
「なるほど……。力を隠していたのは俺だけではないということか」
「さてな。模擬戦のことを言ってんなら、あんなどうでもいいもんで、いちいち力晒す馬鹿はいねえだろ、とだけ答えとくぜ」
モンスは手に持った刀を適当に弄びながら、アーテングを値踏みするような目で見る。
「ったく、下を省みずに傍若無人に振る舞うから腕利きの特人たちがさっさと反旗を翻しちまうんだよ」
苦言を呈しながらも、モンスは嬉しそうだった。そんな彼を見て、アーテングは怪訝そうな表情になる。
「お前は一体何だ? ……俺はお前たちを裏切って同胞を殺してるんだぞ?」
「何でだよ? 俺らはまだ入学して二週間かそこらだぜ。おまけに俺はてめえと同じ田舎出身だ。つまり、同級生のほとんどが面識なんざねえってことだ。そんな連中をぶっ殺されたところで俺の知ったことじゃねえ。まぁ、ここに潜入してたにしちゃ、裏切るのが早すぎじゃねとは思うけどよ」
その言葉にアーテングは答えることができない。否、答える必要が無い。確かに裏切るのが早すぎるというのは否定できないが、アーテングとしてはこれ以上あの俗物たちと一緒にいるのは耐えがたかった。
これ以上の問答は無意味と判断したアーテングは新たに複数の呪符を取り出し、周囲に球形の物体を展開する。同時にモンスの背後から複数の足音が聞こえてくる。アーテングはそれを見て、苦笑する。
「最初は体育館で新入生たちを皆殺しにするんじゃなかったんですか? ノグラさん」
「何。お前がいつまでものんびりしているものだから、少し様子を見に来ただけだ」
十人ほどの部下を引き連れてここまで来たノグラは嫌らしい笑みを浮かべながら、モンスたちに近付いていく。そして、無様に倒れているヤタルの傍まで近付くとその腹を蹴り飛ばす。
「ごはっ!」
ヤタルは血反吐を吐いて呻く。だが、ノグラや他の特人たちは醜悪な笑みを浮かべて、四肢を奪われ身動きの取れないヤタルを足蹴にし、痛めつける。
やがて、耐えきれなくなったヤタルはノグラたちを睨みつけ、消え入りそうな声で言う。
「て……てめえら……! 俺を……誰だと……思ってる……! 俺は……カザイル家……の血を……受け継ぐ……者……だぞ……ぉ!」
これに関してアーテングは何も思わなかった。むしろ、この期に及んでよくも家の威光を振りかざせるものだと感動すら覚えたものだ。だが、それだけだ。これだけなら、何とも思わなかった。その後さえなければ。
「知ったこっちゃねえんだよ! 俺らにとっちゃ、王家やてめえら貴族連中を滅茶苦茶にできりゃ、それでいい! それだけが俺らの望みなんだよ!」
狂気的な笑みを浮かべながら言うノグラにアーテングは驚いた。ノグラはウィーダラー・リリーフの幹部。ノグラは限りなく、組織の指針に近い考えを持っているということで有名だった。その彼が発したこの発言。それを聞いて、アーテングは絶望したような表情を浮かべる。
モンスはそれを見て、一瞬でノグラの背後まで接近したかと思えばその心臓を背後から貫く。
「がっ……!」
ノグラは大量の血を吐き、モンスを睨みつけた表情のまま絶命する。あまりに突然で理解できていなかった部下たちは固まるが、すぐにその表情を怒りへと変える。
「てめえ! 何しやがる!」
特人たちはそれぞれ槍や刀、炎、氷といった武器を出現させ、モンスを攻撃しようとする。攻撃手段がバラバラすぎて同士討ちになってしまいそうだが、特人たちは構わずに同時攻撃を仕掛けようとする。モンスはそれを心底つまらなそうな表情で見て、
「うるせえよ」
あまりの動きの遅さに相手の攻撃を待つことすら億劫だったモンスは自分に詰め寄ってきた特人たちの首をはねて殺す。十秒足らずで全滅させた後にチラッとアーテングの方を見ると、アーテングは唖然とした表情をしていた。
「そんな……。彼らはこの階級社会を何とかしてくれると言ってくれていたのに……」
呆然とアーテングは呟く。そんな彼をモンスは冷めた目で見下ろす。
「くだらねえ芝居はやめろよ。よそ者。そもそも、てめえは最初からそんなもんどうでもいいんだろうが」
モンスは知ったような口を利くが、アーテングとしては別にどうでもよかったわけではない。アーテングの望みとは虐げられた自分たちを世に認めさせることだからだ。全員が認められる社会、すなわち真に平等な社会を作る。それだけが彼の望みだった。
それを信じて、ウィーダラー・リリーフに加入したはずだった。しかし、やはり世の中は甘くない。結局彼らは今の格差による鬱憤を晴らしたいだけなのだ。それを悟ったとき、アーテングの内側から込み上げてきたのは、空虚な笑いだった。
「は、ははは……!」
「? 何、笑って……」
「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
アーテングは狂ったように笑う。もはや、モンスもヤタルも彼の眼中に入っていなかった。彼の目にあるのはどこまでいっても世界とは救えないという変えようのない事実だけだった。
「本当に……! 心底、おかしいぜ! 結局……結局、こっちでも、こうなのかよ!!」
アーテングの急変ぶりを見て、ヤタルは困惑していたがモンスは冷静に目の前の少年を分析しはじめる。そして、ある仮説を口にする。
「てめえがそいつにかつあげされてたとき。あん時がてめえを初めて見たときだが、俺はそん時に違和感を覚えたんだよ。今まで、それが何かは分からなかったが、どうやら、それが何か関係してるみたいだな」
「くくくくく……!!」
モンスの言葉にアーテングは答えない。そもそも、聞いていない。不意にモンスの方を見たかと思えば、狂笑を浮かべながら、まるで唄うかのように芝居がかった口調と声で叫びはじめる。
「今回は退いてやる! だが、覚えておけ! 次に会うときがお前の最後だ!」
アーテングはそう言って去っていく。後に残されたのはモンスとヤタルのみ。モンスがヤタルに近付くと、ヤタルは悲鳴を上げる。だが、モンスは構わずにヤタルに触れ、その傷を癒やしていく。
困惑するヤタルにモンスは穏やかな声で語りかける。
「お前には利用価値がある。お前は生かしておいてやる。だから、俺の思うがままに動け」
最後だけドスを利かせた声で言うと、ヤタルの目から光が失われ、そのまま地面に倒れる。モンスはそれを一瞥すると、体育館の方へと視線を向ける。
「さて、あいつらの報告からすると、連中を利用して殺せたのは十五人ほどか。開幕戦だし、まぁ、こんなもんか」
百人近く導入したにしては被害が少ないが今年の新入生は傑物揃いだ。むしろ、よく十五人も殺せたと言うべきか。まぁ、その全てがいわゆる外れだが。
そもそも、この奇襲で大した打撃を特人に与えられるとは思っていない。なぜなら、真に重要な人物たちはあの場にいなかったからだ。この学校は警備が薄い。その状態で何の対策もなく一ヶ所に集められることに警戒を覚えないほど、彼らの危機管理能力は甘くはない。
「にしても、可能性は低くないと踏んでたとはいえ、ウィーダラー・リリーフも思ったより馬鹿だったな。いや、承知の上であえて仕掛けたのか? まぁ、どうでもいいけどよ」
適当に特校の生徒を痛めつけたかったんだろうと結論づけると、ヤタルを放置して体育館の方へと戻っていった。




