2-14 『ウィーダラー・リリーフ』
モンスが三日前に持ちかけた提案を話すためには時は未明にまで遡る必要がある。王都の北部に建っている七階建ての廃ビルの三階にある中会議室にて、ある集団が集まっていた。その大半は黄緑色の羽織を羽織っており、背中には『No Fair No Life』と白い文字で書かれていた。
円テーブルに十人ほどの中年男性たちが座っており、扉の前には彼らに何やら報告する若い少年の姿があった。少年の報告を聞き終えると中年男性たちの主格――ヨレが大きく息を吐く。
「そうか。今年は逸材揃いという事以上に例年よりも田舎出身の人間が多いと聞いて期待していたんだが……やはり、そう簡単には変わらんか」
「はい。登校三日目に行われた模擬戦で私はヤタル・カザイルから不当な暴力を受けましたが、教師たちは向こうに一切の懲罰を与えることはありませんでした。それどころか、大事にすればこの後まともに生きていけなくなると、自分に脅しをかけてくる始末でして」
少年――アーテングは苦々しげな顔になって、言う。その脳内にはヤタルへの怒りはもちろん、王都全体への怒りが満ちていた。内心の苛立ちを抑えつけるようにアーテングは手のひらに爪が食い込むほど強く両手を握りしめる。
「いい加減、特人養成学校にも手を入れなくてはならんのかもしれんな。下からの要望も強くなってきた。その状況でこれだ。もう、こちらも王朝や特人協会にばかりかまけてはいられんか」
ヨレはどこか諦めた表情で嘆息するが、アーテングはそんな彼にあることを伝えるために言葉を紡ぐ。
「そのことなのですが、一つお伝えしておきたいことがありまして」
「何だ?」
「実は……」
アーテングのその後の言葉に幹部陣は驚愕する。それは三日前にヒューマン・イーターと名乗る人物から提案された内容だった。
アーテングは言いながら、ヒューマン・イーターの総統との会話のことを思い出していた。ヒューマン・イーターの総統、キング・アウトバンドは圧倒的な力でアーテングを制圧してみせた。死を覚悟したアーテングにキングは提案を持ちかけてきたのだ。
『今宵の襲撃で王都の目はこの南部に向く。ただでさえ、狭い連中の視野がさらに狭くなっている隙に特校を襲わないか?』
『何を……』
『分かりやすく言おうか。二週間前、お前はカザイルの出来損ないと模擬戦で不当な扱いを受けた。その恨みを晴らしたくないか?』
『!』
その言葉にアーテングは大きく目を見開かせる。キングはくつくつと喉を震わせるように笑いながら、話を続ける。
『この話は貴様の後ろ盾にも話してくれていい。連中なら、きっと賛同するはずだ。そして、王都をひっくり返したいと願う貴様もな』
それでアーテングは確信した。この男は自分の正体が分かっているのだと。そして、同時に自分の目的も悟っている。それを確信させるためにこの男はわざと分かりやすく言ったのだ。
『お前はどこまで……』
『色よい返事を期待しているぞ。アーテング・レノ』
キングはそれだけ言うと、その場から幻影のように消え去ってしまう。アーテングはそれを追うことができなかった。
なぜ、顔を隠している自分の正体がアーテングだと分かったのか。それが分からない限り、下手には動けない。
他にも疑問があった。アーテングとヤタルの揉め事は箝口令が敷かれ、決して5組以外の者に教えてはならないとクラス全員が念を押された。人の口に戸は立てられぬと言うが、それ以前に貴族と田舎者の軋轢など当たり前すぎてよほどの大物が関わっていない限り、すぐに街で噂になることなどない。クラスメイトもこんなしょうもないことをすぐに吹聴するような真似はしまい。せいぜい、ほとぼりが冷めてから、軽い世間話として出される程度だろう。二週間かそこらで、曲がりなりにも箝口令が敷かれたあの出来事を知っているはずがないのだ。つまり、ヒューマン・イーターの首領、キング・アウトバンドは特校の関係者ということになる。
特校にいる人物を洗えば、ヒューマン・イーターについて決定的な情報を得られる可能性は高い。だが、これは今の状況とは関係のないことだ。
「どうしますか?」
「……それが本当ならば、確かに大きな力になる。しかし……」
ヨレはそこで一拍置く。右手を顎に当てて考え込む仕草を取る。アーテングは彼が何を考えているのか容易に察せられた。アーテングも同じ事を考えていたからだ。
「やはり、リスクが高すぎる。その話はあまりに疑わしすぎる。だが、腹立たしいことにこれは好機でもある。彼らの犠牲を無駄にしないためにも、この機を逃してはいけない」
王都の南部は繁華街があり、王都の娯楽の大半が集中している。当然利用者も多く、あの晩の被害は計り知れない。特人たちもそちらに目を向けざるを得ない。この機を狙って動けば、ただでさえ薄い警備がさらに薄くなっている特校を攻め落とすことは難しくはない。
「……仕方ない。人外どもに迎合するのは癪だが、奇襲を仕掛けるぞ。アーテング」
「了解しました」
アーテングは強く頷く。ヨレはそれを見て、話を続ける。
「だが、一つだけ条件がある。お前に負担をかけるのは悪いが、今回の件は他の潜入者たちには内密に動いてくれないか」
ヨレの追加の指示にアーテングはわずかに眉を寄せる。その言葉の意味するところとは、つまり……。
「それは他の内部協力者に頼らずに自分だけで仕掛けろ……ということですか?」
「もちろん一人で仕掛けろというわけではない。外部の協力者は手配する。ノグラ」
「はっ!」
ヨレが呼びかけると、緑色の髪をオールバックにした中年男性が立ち上がる。ヨレと共に幹部としてこの会議室にいた彼の名を呼んだ理由など分かりきっている。
「特人を百人ほど引き連れて、ヨレの奇襲を援護しろ」
「承知」
ノグラは寸分の迷いもない所作で頷く。一方でアーテングは少しだけ困惑した表情になって、口を開く。
「しかし、よろしいのですか? ノグラ様は『ウィーダラー・リリーフ』の幹部では……」
「心配には及ばん。私とて現役の特人としてあちこちに武勇を轟かせている身だ。いかに傑物揃いといえど、たかだか見習い風情に後れを取ることはない」
「……分かりました」
制される形でノグラから返答をもらったアーテングはどこか納得がいかない表情ながらも頷く。
「よし、では今日にでも仕掛ける。アーテング、襲撃のタイミングで一番都合がいいのはどこだ?」
「今日は週初めですから、放課後に集会で全学年がそれぞれ一ヶ所に集まりますが……」
「なら、そこを狙おう」
ノグラの問いにアーテングは即答し、ノグラはそこを狙うことを決める。その後、場所を移して軽く打ち合わせをすると、それぞれ自分の役目を果たすべく別れた。
○○○○○
要はモンスの提案とはこの襲撃そのものだったのだ。だからこそ、モンスは今日襲撃が起こることが予想できた。ヒューマン・イーターにも心構えをさせることができたのだ。
アーテングはノグラの率いた部隊が襲撃を始めて、しばらく経った頃に動きはじめる。両手の呪符を使って、周囲に光線を放つ。何人かには対応されたが五人ほどは今の攻撃で仕留めることができた。それもアーテングの所属する5組よりも上位に位置するクラスの人間をだ。彼らは3組のようだが、本来の力を出したアーテングの敵ではなかった。
左の方に視線を移すと呆然とした表情で自身を見るヤタルの姿があった。その周囲にいつも引き連れている取り巻きの姿がない。襲撃に対応するために離れたか、それとも逃げたか。アーテングにとってはどっちでもよかった。
アーテングはあえてかなり遅くした光線をヤタルに向かって放つ。一発でなおかつ彼にもギリギリでかわせる程度の速度に抑えられたそれをヤタルはかろうじてかわす。アーテングはそれを見て密かに感心する。まぁ、万が一命中しても手傷程度に収まるように威力を抑えてはいたのだが。
ヤタルは体育館から逃げ出す。アーテングは今も奇襲をかけ続けている同胞たちに目配せし、ヤタルの後を追う。目配せというタイムロスがあってなお、ヤタルが体育館から抜ける前までに追いつける程度には二人の速度には差があったが、アーテングはあえて遅めに追いかける。周囲の人間は百人近い奇襲部隊の対応で手一杯だ。多少遅くても、アーテングを捕らえようとする者はいなかった。仮に捕らえようとする者がいたとしても一気に速度を上げて逃げればすむ話だ。
並木道のところまで逃げてきたヤタルの前にアーテングは出現する。アーテングはそれに驚き、慌てて止まるが、その際に転んで尻もちをついてしまう。
「出来損ないとは聞いていたが、まさか、ここまでとはね。わざと、逃がしたことにも気付かないとは。家の威光以外に能が無いという陰口は事実でしかないということか」
「くそが……!」
ヤタルはアーテングに殴りかかる。しかし、手加減していてなお歯が立たなかったアーテングにそんなものが通じるはずもなく、腹を蹴られ、吹き飛ばされる。ヤタルは苦悶の表情を浮かべ、地面に激突する。
アーテングはそんな彼を怜悧な瞳で見下ろし、凄絶な笑みを浮かべる。
「もう学校の枠組みなど関係ない。貴様にはここで死んでもらおう」
アーテングは尻もちをついて、無様に震えるヤタルを哄笑すると瞬時に発動させた青い光線を四発発射し、ヤタルの四肢を貫いた。




