2-9 不穏な狼煙上がりし終わり
ヤタルとアーテング。二人はそれぞれ対照的な表情で向き合う。ヤタルは見下しきった笑みで、アーテングは恐縮した顔で対峙している。ヤタルが鉄パイプを片手に持っているのに対し、アーテングは丸腰であった。その代わり、腰の辺りに取り付けられたホルスターに大量に呪符が入っていた。
コユトマは二人が所定の位置についたことを確認し、頷く。
「両者、準備はいいですか? それでは、始め」
ヤタルは開始早々一直線にアーテングに突進すると、鉄パイプを下から上へと振り上げる。
「うわっ!」
ヤタルは一発一発が遅いながらも連続で鉄パイプを振る。丸腰のアーテングは逃げ惑うことで、何とか攻撃をかわしていく。
「おら! おら! どうしたぁ!」
「くっ!」
ヤタルは口元を大きく歪め、醜悪な笑みを浮かべて追撃を加えていく。焦った表情を浮かべるアーテングを見たヤタルは自身の有利を疑っていなかった。アーテングが呪符を使って戦うタイプなのは理解している。だが、それを使わせる前に一方的に攻め立ててしまえば勝てるという極めて単純明快な答えで連続攻撃を仕掛けていた。
「きゃー! かっこいいです! ヤタル様ぁ!」
「あまりに凄まじい連続攻撃に手も足も出てねーか! レノォ!」
取り巻きたちもヤタルを見て、そんな声援を描けている。試合を見ていたサエナは左横に座るモンスの方に顔を向けて尋ねる。
「……どう思う? モンス」
「悪いが、とてもじゃねえがこのクラスに見合う実力者とは思えねえな」
「辛辣だねぇ。二人とも」
モンスとサエナの会話にサユはどこかつまらなそうな顔で言う。モンスはサユの方を向き、呆れきった表情で口を開く。
「仕方ねえだろ。アレ見て、お前はあいつがこのクラスに相応しいと思うのか?」
「……確かに擁護するのは少し難しいですね」
有紀も思わず苦笑している。ぶっちゃけ、この場にいる大半は目の前の状況を理解できている。理解できていないのは当人だけだ。
「それにしても……」
モンスはチラリとヤタルの取り巻きたちを見る。興味深そうな目で取り巻きたちを見るモンスにサユは首をかしげる。
「どうかした?」
「いや、何でもねえ」
モンスは言って、模擬戦の方に目を戻す。相変わらずヤタルが攻勢だった。アーテングはヤタルの攻撃をかわした拍子に転んでしまう。
「手こずらされたが、これで終わりだ!」
ヤタルは醜悪な笑みを浮かべ、鉄パイプをアーテングの顔面めがけて振るう。このままではアーテングが悲惨なことになってしまうことは明らかだった。しかし、誰も動かない。ヤタルが勝利を確信し、鉄パイプがアーテングの顔面に激突する直前、鉄パイプが何かにぶつかったかのように止まる。
「あ? ……ぐわっ!」
何が起きたか分からず首をひねった次の瞬間、ヤタルは顔面を殴り飛ばされる。ヤタルは何が起きたか理解できないまま、地面に顔面から激突する。アーテングはそんな彼を冷めた目で見下ろす。
「やられてた演技をしてたのは悪かったけど、その顔面だけは何としても殴り飛ばしたかったからね。ちょっと、一計を案じさせてもらったんだ。もっとも、ここまでする必要はなかったみたいだけど」
「……なに……舐めたこと言ってやがんだ! てめえぇぇぇぇぇぇ!!」
完全に見下されたことを理解したヤタルは大声で叫びながら飛び蹴りを放つ。起死回生の反撃を狙っての攻撃だったようだが、見え透いている上に隙だらけで遅い攻撃だった。当然のごとくアーテングは回避する。あまりにも遅く弱い攻撃だったにもかかわらず、ヤタルにとっては勢いのつけた攻撃だったようで空振った後、ヤタルは無様に転がりながら着地する。ヤタルは何とか体勢を整えると慌てて懐から手裏剣を出し、追撃を防ぐためにアーテングに五枚投げるがアーテングは呪符を使っての防壁で難なく防ぎきる。そして、隙だらけのアーテングの顔面を今度は蹴飛ばす。アーテングは無様に吹き飛ばされ、地面にうつ伏せに倒れる。
初日の印象からアーテングは強くないと思っていたが、実際のところは他に比べて多少は見劣りするとはいえ、決して弱くはない。だが、ヤタルは本当に弱い。中級名門の出来損ないは伊達ではない。なぜ、このクラスに入れたのか聞くのは野暮というものだろう。
「て……てめえ……!」
「よくこの程度の腕であんなことを言えたね。呆れを通り越して、尊敬するよ」
アーテングはそう言って、近くに落ちていた鉄パイプを拾うとそれを血まみれのヤタルの顔面に突きつける。
「そこまで! 勝者、アーテング・レノ!」
コユトマの声が体育館に響き渡る。田舎出身の子が名門出身の子に勝つという展開に誰も驚いていなかった。そもそも、ヤタルの腕が大したことがないのは特人及び特人志望者にはそこそこ有名なのだ。彼の兄が凄いことは誰もが認める事実だが、その弟になど誰も期待していない。ヤタルに勝ったところで何の自慢にもなりはしない。
「……カザイル家の出来損ないのくせに偉そうにするなよ。カスが」
アーテングはボソッと言って、鉄パイプを放り捨てると背中を見せて去っていく。どうやら、母の形見を奪われたことを相当怒っているようだ。当たり前ではあるが。
近くにいても聞き取りづらいほどの小声だったのだがヤタルには聞こえたらしく、目を血走らせると近くに落ちていた自身の鉄パイプを拾い、アーテングに殴りかかる。決して速い攻撃ではなかったが、背を見せ、油断していたアーテングはそれに反応することができず、足音を聞いて振り向いた瞬間に額に鉄パイプが直撃する。
「ぐっ!」
アーテングはとっさに呪符を取り出して反撃しようとするが、頭に受けたダメージが思っていたよりも大きいらしく動きが大幅に鈍ってしまう。その間にヤタルは二撃目、三撃目をアーテングに見舞う。
「調子に乗りやがって! このクソがぁ!!」
「やめなさい! カザイルくん!」
コユトマが慌てて止めに入るが、ヤタルは止まらない。アーテングに何のためらいもなく攻撃を加える。攻撃回数が両手の指の数にまで行きそうになったところでコユトマがヤタルの腕を掴んで合気道の要領で地面に押さえつけ、何とか止まる。その後、コユトマはヤタルの手から鉄パイプを奪うと二階席に向けて叫ぶ。
「授業はここまでです! 私は保険医を呼んできますから、皆さんは自由時間にしていてください」
言うとコユトマは鉄パイプを邪魔にならないところに置いて体育館へと去っていく。ヤタルは顔をしかめながらもゆっくりと立ち上がると血まみれでうずくまるアーテングを見下ろす。
「ちっ。おい! 勘違いするなよ! 田舎者風情が! さっきの試合は俺が手を抜いてやっただけだ! 間違ってもてめえの力で勝ったもんじゃねえ!」
ヤタルは醜く顔を歪めながらそう言い放つと、肩をいからせ、足音を盛大に立てながら体育館を去っていく。取り巻きたちはヤタルが回収し忘れた鉄パイプを持って、ヤタルの後を追う。波瀾万丈な形で入学早々行われた模擬戦は終わった。
鉄パイプで五回も殴られたアーテングはかなりの重傷だが保険医を形式的にでも呼びに行ったコユトマはともかく他の生徒は助けようとしない。それどころか、全員コユトマの後を追うかのように体育館から去っていく。
誰もいなくなった体育館でアーテングは座り込みながらも盛大に舌打ちする。そして、ヤタルや他の生徒たちが出ていった出口を冷えきった目で睨みつけて、一言。
「いい気になっていられるのも今の内だ。お前たちはすぐに絶望を味わうことになる」
アーテングは底冷えしそうな声でそう吐き捨てた。




