2-4 入学式後
カムヤ・コーセウスの話は有り体に言ってつまらなかった。紋切り型の言葉。彼が考えたものとはとても思えない。大方、配下の人間にでも適当に書かせたものを読んだだけだろう。
この後は学校側は天下八家やその他の来賓の対応に追われるため、新入生たちはこのまま解散して問題ない。
「さて、これで今日のところは終わったわけだが……」
入学式が終わると完全に手持ち無沙汰となっていた。さすがにこの段階で何かを仕掛ける気にはなれない。特にすることもないので帰ろうとしていると、後ろから声をかけられる。
「ねぇ、スピリアくん。よかったら、教室見に行かない?」
「………………」
振り返るとサユと有紀が立っていた。サユの誘いにモンスは考え込む仕草を取る。まだ見極めの状態だが、ひょっとしたらなかなかの逸材かも知れない。ネルに頼ってもいいが、ここは自分の力で調べてみるか。となれば、これは乗った方がいいだろう。
そんなことを考えているとサユが不安そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「……あれ? もしかして、何か用事ある?」
「もし、そうでしたら断っていただいて構いませんよ」
有紀もどこか申し訳なさそうな顔でそんなことを言ってくる。モンスは苦笑しながら、首を横に振る。
「いや、大丈夫だ。行こうか」
「うん」
モンスは二人と共に校舎の方へと歩き出す。その際に多大な注目を集めたのは気のせいではないはずだ。何しろ、モンスと行動を共にしている女子はどちらも可愛らしい顔立ちをしている。田舎者の分際で入学早々こんな美少女を二人も傍に置いているモンスが気に食わないのだろう。事実、彼らの視線の大半は嫉妬や嫌悪によるものだった。
この分だと、先ほどのヤタルのようにモンスに絡む馬鹿が出てくるかもしれない。まぁ、絡まれたらその時は二人に気付かれない方法で適当に処分するまでだが。
そんなことを考えながら、適当に校舎を見て回ったが、入学初日で問題を起こすのはまずいと考えたのか、それともサユと有紀が田舎出身だと気付いたのか、誰も絡んでくることはなかった。
○○○○○
夕方。王都の西部にある路地裏の壁にもたれかかり、モンスは腕を組んでいた。今の彼の装いは黒い上下のスーツに黒いネクタイと喪服じみたものとなっている。モンスは左腕に着けた時計を見て、小さく舌打ちをする。
そこで左から小さく足音が聞こえてくる。モンスが視線だけをそちらを向けると、足音の主は気まずそうに右手で頬を掻く。
「すまん。待たせたか?」
「大将呼び出しといて遅れんなよ。十の手」
モンスは待ち人である十の手に苦言を呈する。十の手はそれに両手を合わせて謝罪する。
今の十の手はいつもの明らかに人外と分かる見た目ではなく、黒のオールバックにサングラスをかけ、特校の男子制服を身に纏っているという人間にしか見えない外見をしていた。モンスが持っていた擬人化させる能力は人外であれば誰が相手でも有効であり、これを使ってモンスは大量の人外を特校に送り込んでいた。
ちなみに特校の制服は男子が茶色を基調にしたブレザー、女子が水色のブラウスに赤と白のチェックのスカートという全く統一性のないものというどうでもいい情報があるが、それは別の話。
「それで、話ってのは何だ? 手短に頼むぜ」
「いや……期待させてすまないが、実はそう大した話じゃないんだ」
「あん?」
「入学おめでとうと言っておきたかった。それだけなんだ」
「そりゃ、お互い様だろ。なぁ、八十手腕さんよ」
八十手腕。それが十の手に与えられた名だ。さすがに特人に呼ばれている名のままではまずいので、他の人外たちにも新たに人間としての名を与えている。そうするとなぜか喜ばれることにモンスは首をひねるが、些細なことだと大して気に止めていない。
「しかし、一学年の定員が三百名とはいえ、よくもこれだけのモンスターを潜り込ませられたものだな」
半ば照れ隠しをするかのように話題を逸らしたが、十の手の言うことはもっともだ。いくらモンスの擬人化が極めて巧妙とはいえ、大量に送り込めば普通ならばバレる。しかし、モンスは心底つまらなそうな表情で鼻を鳴らす。
「まぁ、連中は王都のことしか考えてねえからな。だから、上っ面さえ完璧なら、何匹潜り込ませてもバレねえんだよ」
「よくあれで今まで千年もやってこれたな」
「やれちゃいねえよ。千年の歴史の中で百年以上続いた王朝なんざ一つもねえ。この王朝もできてから三十年。もうそろそろ変わる時期だ」
呆れるように呟く十の手にモンスは忌々しげな表情で吐き捨てる。人の統治というのは長くは保たないものだ。なぜなら、人が支配する相手もまた人だからだ。支配者になることを望む者が王朝を創る以上、同じ願望を持つ者は同じ時代、同じ国に何人でも存在する。
「まぁ、人間どもがどうなろうが俺の知ったことじゃねえ。それよりも、これから先不用意に話しかけてくるな。一応、お前は俺と敵対する東側の人間ってことになってんだからな」
「分かっている。だが、さほど問題視することもないだろう。俺は親西派ということになってるんだから」
「それでもだ。俺が親東派だという設定を加味しても、こんな早い段階で親しげに話してるのは不自然だろ」
「そこまで気にすることもないと思うがな」
そんなことはない、とモンスは考える。壁に耳あり障子に目ありということわざがある通り、コソコソ話しているつもりでも、誰かに聞かれていたりするものだ。ましてや、ここは特校から離れているとはいっても王都の中だ。先ほどの話はこんなところでしていい話ではない。バレれば計画を立て直さなくてはならなくなる。唯一の救いはあまり人目につかない場所の上にネルの調査で誰も今の話に聞き耳を立てている者がいないということが判明しているところか。
いずれにしても、ここでこれ以上自分たちのことを話すのは危険だ。モンスは最後に念押しだけして、立ち去ることにする。
「ちっ……まあいい。とにかく、万が一誰かに見られてたら、お前が親睦を深めるために話しかけたってことにしておけ。それでお前は積極性のある親西派ってことにできる」
「了解した」
ほとんど口パクに近いレベルの小声での命令を人間離れした聴力で聞き取った十の手は小さく頷く。そして、二人は離れていく。
まだ、何も始まっていない。本当に面白くなるのはこれからだ。




