2-3 入学式
モンスが体育館に入るとすでにそれなりの数の新入生が中に入っていた。まだ式が始まる十五分前だというのに、律儀なことだとモンスは内心独りごちる。
しかし、そんなことはおくびにも出さずに歩き出す。どうやら、席は自由らしいので、一応の配慮はしつつ、適当に座る。
一応の配慮とは言うまでもなく出身校別で椅子に座るということだ。王都及びその周辺出身の者は前列に座り、それ以外の出身の者は後列に座る。これは慣例や不文律ではなく、明確な決まりであり、王都周辺の出身者以外の者が前列に座れば、その時点で退学処分となり、罰せられるというルールとなっている。もちろん、王都周辺の出身者が後列に座っても何の懲罰もない。何とも理不尽なルールだ。
これでは、もし田舎出身者が新入生の過半数を占めた場合、罰せられる者が必ず出るだろうと考える者もいるだろうが、その心配は万に一つもない。なぜなら、それだけの数の田舎者を学校が合格させることなどありえないからだ。今でこそ、王都周辺の子供だけでは人手が足りなくなってきたことを含め、さまざまな不都合が出てきたので田舎からも合格者を出しているが、一昔前など王都周辺以外の者が合格する事例など一切なかったくらいである。何なら、たとえこの学校に入学するための試験の結果が田舎出身の子よりも悪かろうと、王都出身の子を合格させているくらいである。今年も例外ではない。
ゆえに必ず王都出身者は過半数を超え、後列に座るのを嫌がる者は毎年のように出るという話だ。たとえば、あんな風に……。
「ふざけんなよ! どうして、俺が下民どもと座んなきゃなんねえんだよ!」
そう喚き散らしているのは先ほどアーテングをかつあげしていたヤタルだ。取り巻きたちもヤタルに追従するように怒鳴り散らしている。
「そうよ! あんたたち、誰か代わりなさいよ!」
「てめえら、この方を誰だと思ってる! カザイル家の直系に当たるヤタル・カザイル様だぞ!」
呆れて物も言えないとはこのことなのだろう。田舎出身の者たちはもちろん、王都の者たちですら彼らを軽蔑した目で見ている者が多くいる。
王都は大半が優れた名門の血縁か、その関係者だ。そして、ヤタルを蔑視している連中の大半がカザイルと同等以上の力を持つ家に関係している者たちだ。先ほど、アーテングに絡んでいたときに遠巻きに見ていたような下級の家の出の子供たちとは違う。中堅どころであるカザイルの落ちこぼれなど恐れるはずもなしといったところだろう。
「どっちにしてもくだらねえ」
「全くね」
「!」
モンスは自身の呟きに答えが返ってくるとは思わず、わずかに目を見開く。ゆっくりと視線だけを声の主の方に向けると黄色い髪を左サイドにまとめた活発そうな少女と、青い髪のショートヘアを持つ大人しそうな印象を受ける少女がいた。
「隣、いい?」
黄色い髪の少女はニッコリと笑いながら、モンスの隣の席を指差す。空席の上に断る理由も特に見つからないのでモンスは小さく頷く。
「……構わねえが」
「ありがと! ほら、座ろ! 有紀!」
黄色い髪の少女はモンスの返答に満面の笑みを浮かべると青髪の少女とともに横に座る。席順は通路側からモンス、黄色い髪の少女、青髪の少女という順番だ。
「やー。ホッとしたよ。皆、王都の連中にビクビクしててつまんなかったからさ。君みたいなのがいてよかった」
「ここに入ったばかりだから、どう立ち振る舞えばいいのか分かってないだけだろ。数日もすりゃ、王都と田舎者の間で対立してんじゃねえのか? 少なくとも去年と一昨年はそうだったらしいしな」
モンスは言いながら、左側の方に目をやる。そこにはもうすぐ入学式が始まるということで諦めて後ろ側に座ることになったヤタルたちと彼らを後ろからゴミでも見るような目で見ている者たちが前後に座っている光景があった。他にもチラホラとヤタルたちを侮蔑しきった目で見ている田舎出身の生徒がいた。ヤタルたちはイラつきで気付いていないのか、あえてスルーしているのか、先ほどモンスに絡んだようなリアクションは見せていない。
どちらにしても、田舎と王都が仲睦まじくやっていくのは無理だと理解できる場面ではあった。それを見て、黄色の髪の少女は嘲笑し、そして、モンスの方に屈託のない笑みを浮かべて向き直る。
「ちょっと、雰囲気落ち込んで来ちゃったし、軽く自己紹介でもしよっか。アタシはサユ・ソルドー。こっちは……」
「木黒有紀です……」
「モンス・スピリアだ」
モンスは腕を組んで、ふてぶてしい態度で自己紹介をする。それに黄色い髪の少女――サユと青髪の少女――有紀は顔を合わせて苦笑する。モンスは二人からステージの方に視線を戻しつつ、とある疑問を口にする。
「……にしても、キグロユキ……ね。随分と東寄りの名だな」
「まあね」
モンスの言葉にサユの歯切れが悪くなる。その反応の真意をこの歳で悟れない者はいない。有紀は縮こまりつつも、おずおずと口を開く。
「スピリアくんの言う通り、私は北東にある小さな村の出身です。もし、東の人間と一緒にいたくないということでしたら私は席を離れますけど」
「いや、別に構わねえよ。俺は東も西も興味がねえからな。お前が席を移る理由はねえよ」
モンスの発言に二人はそっと胸を撫で下ろす。まぁ、王都と田舎の対立も大概だが、こちらはこちらでこの国に根深く残り続けている対立だ。それを承知の上で共にいる彼女たちが異端に映るのは当然のことだ。
しかし、モンスにとってはどうでもいいことだった。人の対立など微塵も興味もない。この学校に潜り込むために把握している程度だ。どちらが正しいかなど、モンスは一度も考えたことがない。
また微妙な空気になったことを察知したモンスは、小さくため息をつき、話を変えることにする。
「そういや、今年の新入生代表は誰だっけか?」
新入生代表とはすなわち今回の入学試験を主席で突破した者のことだ。大抵の学校はそうだが、主席合格した者は新入生代表挨拶のようなものをしなくてはならない。この学校も然りだ。モンスの問いにサユは左手を顎に当てて、考え込む仕草を取る。
「確かカムヤ・コーセウスっていう奴だって聞いた。コーセウスってことは天下八家の筆頭格ね」
「……あぁ、そういえばそんなこと言ってたか……」
「え? 何か言った?」
「いや……何でもねえ」
モンスは適当に誤魔化しつつも、ステージの上をぼんやりと見つめる。
天下八家は千年前に一度世界が滅んだ際に着任していた四神六王の内、途中で咎人として扱われた二人を除いた八名の子孫たちのことを指す。要は伝説の十人の血を継ぐ者たちということだ。大半はその名を変えてしまっているが、コーセウスと九州の家名は未だに健在だ。それだけ、サーブラー・コーセウスと九州善正の存在は大きいということだろう。
まぁ、それゆえに何とも面倒なことに巻き込まれてしまっているようだが、モンスとしては好都合なので特に何も言うことはない。
しばらくすると、入学式が始まった。開式を宣言し、校歌を紹介し、校長や来賓が判を押したような挨拶を繰り返す。あまりに退屈な時間に瞼が重くなる。しかし、このまま寝入ってしまっていては、体面上よろしくない。モンスは欠伸をかみ殺しながら、何とか眠気に抗う。
しばらくすると、新入生代表の名が呼ばれ、壇上に赤い髪の凜とした風貌を持つ少年が上がる。彼がカムヤ・コーセウスだ。カムヤはモンスの方を一瞬だけ見ると、両手に持った紙を見ながら、新入生代表挨拶を始めた。




