2-2 初登校
春になった。ピンク色の花が街のいたるところで咲き乱れており、それが風で散っていく。これは桜と呼ばれる花で東側の名物らしい。
特人養成学校でも両方の地域を尊重するという立場を取っているだけあって、校門に入ると桜並木が出迎えてくれる。その桜並木を抜けると、大きくて綺麗な建物が佇立していた。
モンスは目の前にそびえ立つ巨大な建物を冷めた目で見上げていた。今日は四月七日。この日が特人養成学校の入学式だ。
周囲はこれから始まる学園生活に胸を膨らませているのか、それとも、特人として活躍する将来のことでも考えているのか、どこか浮ついているように見えるがモンスは至って普通のテンションだった。
「はぁ……ほんと、無駄にでけえな。税金の無駄遣いじゃねえのか?」
特人養成学校。国が設立し、経営する唯一の学校にして、この国で一番稼げるとされる特人になれる唯一の学校でもある。入学試験の受験資格は十五歳であることのみという恐ろしく緩いものの上にセルドラのような例外も存在する。
そのかわり試験が尋常ではなく難しい。ここに入るつもりならば、生半可な才覚では不可能だ。凄まじい才を持った子供たちが切磋琢磨し、ハイレベルな特人を育てる。それがこの学校の教育方針だ。
もっとも、今年入学した新入生たちの何人がこの五年で生き残れるかは知らないが。
「さて、それじゃあ、たっぷりと堪能させていただきますか。人の闇ってやつを」
モンスはそう呟いて校舎の中へと入っていく。もうこの八年で準備はとっくに整っている。細工は流々、後は仕上げをご覧じろといったところだ。
とはいえ、少々早く来すぎたかもしれない。入学式の開式までまだ四十分近くある。入学式が行われる体育館はまだ開いていない。
特にすることもないのでモンスは伸びをして、適当に散歩をすることにした。
本当にこの学校は広い。校舎内だけでも教室、体育館、図書室、放送室、視聴覚室、職員室といった一般的なものが複数存在している。教室はともかく、それ以外が複数存在している学校などモンスはここしか知らなかった。もっとも、知らないだけで他にもあるのかもしれないが。
そして、何よりも目を引くのが特人のための訓練施設だ。身体能力以外にも呪力や術を鍛えることのできるトレーニングルームや武道場に見せかけた実験場など数多くの訓練施設がこの学校には存在している。こればかりは他の学校には存在しない。それだけでなく、校庭も黒い魔方陣のようなものや、青く染めあげられた砂など、明らかに異質なものが目に止まる。おまけにそれら全ては最高級のものが使われている。これを見るだけでこの学校がいかにこの国でも異端で特別視されてるかが分かるというものだ。
それらをぼんやりと見ていると、不意に体育館の裏から叫び声が聞こえてくる。
「おい! 何、調子に乗ってんだよ!」
「そんなつもりは……」
「……あん?」
その声にモンスは顔をしかめる。何が起きているか大方の予想はつくが、暇だったモンスは好奇心半分で騒ぎの中心を見にいく。
そこには五人の生徒が一人の男子生徒を取り囲んでいるところだった。胸に薔薇のあしらわれた札をつけているところを見ると、全員がモンスと同じ新入生だろう。ちなみに五人の生徒の内訳は三人が男子で二人が女子だった。そんなことを悠長に把握できるくらいにはモンスにとって、今、眼前で起こっていることはどうでもいいことだった。
「俺様がよこせって言ってんだから、とっととよこしゃいいんだよ!」
五人の中心人物であろう金髪を逆立てた少年がそんなことを言う。彼の名はヤタル・カザイル。新入生の中ではそこそこの名門の出の次男坊だ。その男に詰め寄られているのは眼鏡をかけた気の弱そうな少年だった。
「で、でも、これは、母の形見で……! ……がはっ!」
眼鏡の少年は顔面を殴り飛ばされ、壁に叩きつけられる。どうやら、ヤタルは眼鏡の少年が持っている札――呪符をよこせと強請っているようだ。大方、眼鏡の少年があの呪符を使っているところを見て、欲したといったところだろう。確かにモンスから見てもかなりの呪符だ。強奪したくなるのも分からなくはない。
呪符とは特人が呪力を扱う際に用いる道具の一つだ。これを使うことで、さまざまな力を発動させられる。発動速度がやや遅くなってしまうのが弱点だが、技術さえあれば当人が持つ適性以外の術も扱えることから使用者は少なくない。
眼鏡の少年――アーテングが持ってる呪符は数ある呪符の中でもかなり優秀な部類だ。技量が必須だが、使いこなせれば上位の特人に匹敵する技を使えるだろう。だから、ヤタルはあの呪符を欲しているのだ。手っ取り早く力がほしいという理由だけで。
「おら。さっさとよこしやがれ!」
「で、でも……」
「ちっ。グダグダとうるせえんだよ! とっととよこしやがれ! クズが!」
「あっ!」
ヤタルはアーテングの懇願も無視し、無理矢理呪符を奪い取ってしまう。さらに壁にもたれかかっているアーテングの腹を蹴って、その場から離れる。すでに周囲には何人か集まってきていたが、その行為を咎める者はいない。ほとんどが都心に住んでる人間の上に全員カザイル家よりも格が下の家の出だ。下手な真似はできないということだろう。
そして、アーテングはモンスほどではないとはいえ、都心から離れた田舎出身の少年だ。それは人数差以上に彼にとって不利になる条件だ。だからこそ、彼は積極的に拒絶することができなかった。
先にも触れたとおり、この国の経済は王都とその周辺によって回っている。結果、王都を含む王都近辺とそれ以外では凄まじい格差が生じている。出身地ごとにカーストができてしまうのは自明の理だった。
それに加え、相手は十騎士を常に輩出し続けている天下八家には及ばないとはいえ、それなりの名門。仮に揉め事を起こしたとして、上がどちらを悪と判断するかなど考えるまでもなかった。
ヤタルは肩をいからせるようにモンスの方へと歩いてくる。他の四人の取り巻きも同様に彼の後に続く。
そして、モンスの正面まで歩くとそこで立ち止まり、醜悪な笑みをモンスに向ける。
「おい。何、見てんだよ? 気付いてたんだぜ? てめえが最初の方からずっと見てたこと……」
どうやら、モンスは初めの方から見ていたらしい。いや、そもそも暇潰しに見に来ただけなので、事の詳細など大して興味はないのだが。
ヤタルは自身の言葉に何も返答しないモンスを見て口元を歪めると、ゆっくりと近付き、その汚らわしい右手を神聖なモンスの右手に置く。
「情けねえなぁ。ビビって声も出せねえのかよ! この腰抜けが! ひゃはははははっ!」
ヤタルはそれだけ言うと去っていく。取り巻きたちも口々に「よかったねぇ、ヤタル様に構ってもらって」、「話しかけられたからって、あまり浮かれないでね。田舎者く~ん」などと言っていたようだが、モンスの耳には一切入っていなかった。
『何よ、あいつ。雑魚にも劣る下等生物のくせに調子に乗って……』
『唾棄すべき行為です。よろしければ、始末してきますが……』
そんな物騒なことを言うカミュラとスーザンにモンスは呆れ顔になりつつ、念話で答える。
『放っておけ。所詮はカザイル家の出来損ないとそんなものに縋り付かなければ生きていけない金魚の糞だ。いちいち構ってやる義理はない』
これはわりと事実だ。モンスはじっくり人間を破滅させると決めてから、ある程度の煽り耐性というものを身につけた。というより、勝手に身についていた。もはや、その程度で怒れるほど人に対して期待していない。まぁ、よほど機嫌が悪ければあれでもカッとなって殺してしまうこともあるかもしれないが。
どのみち、こんなしょうもないことで目立ってもつまらないので今のところは手を出す気はなかった。
もっとも、殺していいのであればあの発言に怒るフリをして適当にあの五人をいたぶって殺しているが、おそらく殺したところで、彼らが人外に外道じみた行為をしていない限りは何の感情も抱けないだろう。
「まぁ、どうでもいいか。これはこれで面白くなりそうだしな」
モンスは仰向けに倒れて咳き込んでいるアーテングを一瞥し、呟く。先ほど、念話で命じてネルに調べさせた情報が本当なら、それなりに面白いことになりそうだ。
それから、しばらく校舎をぶらついているとちょうどいい時間になった。面倒極まりなかったが、モンスは入学式に出るべく体育館に向かった。




