1-13 三年前
時はモンスがエクスの幹部たちを皆殺しにした直後まで遡る。エクスの拠点を潰した直後、モンスはこれまで同様自分たちを殺すよう依頼した人間を探し出し、始末しようと考えていた。しかし、その考えは一瞬で覆された。
「…………マジかよ」
そう呟いてしまうのも無理はないことだった。その資料には半外を使って、ビノウから百キロ近く離れた土地で人体実験を行うという旨のことが書かれていたのだ。
資料をめくっていくとどうやらすでに準備は終わっているらしく、半外たちの命はその土地に繋がれてしまっているらしい。つまり、半外たちを救うためにはそれをどうにかしなくてはならないということだ。おまけにそれは今すぐどうこうできるものではない。
「……まあいいか。結局今回ものんびりすると言っときながら、結構大急ぎで片をつけちまったしな。雌伏の時間も必要か。何なら、この間にいろいろ仕込んでもいいんだからな」
モンスはそれだけ呟くと精霊たちに精霊空間に戻るよう命じ、自分も資料を持てるだけ持って精霊空間へと入る。ひとまず、考える時間が必要だ。そのためには時間を気にしなくていい精霊空間が一番いい。
とはいえ、精霊空間に戻ったところで解決するのは時間だけだ。方向性はとっくに見えているというのに、肝心の妙案が思い浮かばない。
「さて、どうしたものだと思う? お前ら」
モンスは今まで静かに自分を見守っていた精霊たちにそう話しかける。依頼人たちは分かった。だが、彼らを迂闊に始末すれば半外の者たちが大勢死に絶える。それはモンスにとっても避けたいことだった。
確かに半外は人間の血を引いてはいるが、同時にモンスターの血も継いでいる。人は嫌いだが、完全に人間と言い切れない者たちを始末する気にはまだなれなかった。
自分の甘さを痛感しながらもモンスはどうすればいいかを思案する。
「やれやれ。彼らを救うためには人海戦術が必要不可欠。そのツテは腐るほどある。だが、半外たちは基本的には自分たちを人間だと思っている。そんな彼らに人外であるモンスターや精霊を世話係としてあてがっても嫌がられるのは目に見えている。さて、どうしたものか」
そう。そこが一番の問題点だ。モンスの読んだ資料が正しければ対象の人物――半外の子供たちをこちらで保護するのはさほど難しくはない。けれど、モンスは人以外の人脈が壊滅している。そんな彼が子供たちの世話を頼めるのは人外だけだ。擬人化を使い、人に化けさせることもできるがバレない保証はない。
「なぁ、モンス」
「何だ? アリス」
考え込んでいるとアリスが話しかけてくる。モンスは一度思考を打ち切って、アリスの方を向く。
「ワシ……我が輩たちは全霊でお主を手伝う。じゃが、我が輩たちだけでは限界もあるじゃろう。そこでじゃ、組織を作ってみるというのはどうじゃ?」
「組織?」
モンスは怪訝そうに目を細める。アリスは笑みを浮かべ、説明を始める。
「お前の懸念材料は半外どもが我ら人外を嫌うのではないかということじゃろう? ならば、いっそのこと我らを一つの組織にまとめてしまえばよい」
「いや、そんなことしたって結果は同じだろ」
「そうでもない。半外というのは人を恨む者が多いからのぅ。お前の望みを叶えるために組織を結成し、その目的を掲げてやれば、人に反旗を翻してお前につく人間が増える。さらにそやつらを組織の一員と自覚させてやれば、人外の世話も自ずと受け入れていこう」
「確かにそれなら連帯感を煽れば上手くいくかもしれねえが、俺が作った組織なんぞに入ってくれるかねぇ……」
「その資料が本当ならば入る可能性は高いじゃろう。理由は言わずとも分かるな?」
確かに考えるまでもない。モンス母子抹殺を依頼したのは組織だ。そして、彼らはかなり強引な手法で親から子を引き離し、その実験を行っている。ならば、ほぼ間違いなく組織を恨んでいる。その憎悪を利用すれば引き入れることも不可能ではない。
モンスは少しの間黙り込む。だが、すぐに口元に笑みを浮かべると、その場に仰向けに寝っ転がる。
「確かにお前の言う通り、組織を結成するのもアリか。ならば、その手法で行こう。結成する組織の名は……そうだな、『ヒューマン・イーター』とでもしておこうか」
やはり、他人に聞いてみるものだ。こんなにもあっけなく解決策が見つかるとは。とはいえ、その策を実行するにはもう一つクリアせねばならない条件があった。
「それとモンス・スピリアにはワーナー・カルドザスのかわりにいろいろとやってもらわないといけないからな。組織の目的を人間滅亡にするのなら、併用するのはまずい。だから、もう一つ名前と顔を作ろうか」
「モンス様以外の身分をもう一つお持ちになるということですか?」
「そうだ。どうせ、戸籍を持たないのは田舎じゃ珍しくはないから、どうとでもなる。けど、モンスとして組織の長となって活動すれば必然的に他の連中に目をつけられる。のんびり動くと決めた以上、俺は身を隠す必要が出てくる。そうなれば、結局同じ事になるからな。なら、最初から作ってしまおうというわけだ」
そこでモンスは一拍置く。
「今度は外見年齢も変えてもらおうか。容姿はそうだな……。ワーナーともモンスともまるで違う顔……。銀髪に右眼に赤い瞳、左眼に青い瞳というオッドアイを持った男前にしてもらおうかな」
「分かりました」
そう言ってスーザンは準備を始めようとしたところで一度立ち止まり、モンスに問いかける。
「名前はいかがなさいますか?」
「モンス同様適当でいい。そうだな。キング・アウトバンドというのはどうだ?」
モンスの言葉に精霊たちの表情がわずかに変化する。ニヤニヤと笑っているモンスを見て、スーザンは小さくため息をつく。
「全く、いい性格をされていますね」
「そうか? この方がお前たちにとっても都合がいいと思ったんだが……」
モンスの発言にスーザンはそれ以上何もいうことはなかった。かわりにネルが口を開く。
「私はどんな名前でも構わないけど、キング・アウトバンドを人類の敵として押し出していくつもりなら、さっきの街は壊滅させた方がいいと思う。一応、念のために調べておいたけどモンス・スピリアの姿を見た人間が何人かいるみたい」
ネルの言葉にモンスは気まずそうに頬をポリポリと掻く。
「あー。そういえば、突入前に思いっきり叫んじまったからな」
モンスは拠点突入前の自身の失態を思い出す。あの時は勢いで言ってしまったとはいえ、今にして思えば面倒なことをしてしまった。
「分かった。準備が終わり次第、街をぶっ潰そう」
「ん……」
「じゃあ、ある程度方針も固めたところで一度出て、宣戦布告も兼ねて街滅ぼしといくか。とりあえず、俺が精霊空間に入った時間の三秒後に出るように調整してくれ。出る場所はビルの屋上だ」
「分かりました」
スーザンはそう言って、両手にメスのような医療器具を出現させる。それをモンスの両頬に当てるとモンスの顔は一瞬で銀髪オッドアイのイケメンに変わり、身長を含めた体格が大幅に変わる。
「ほぅ……。顔以外を変えるのも一瞬か。すげえな」
それだけではない。声がモンスの頃よりも大幅に低くなっている。ワーナーとモンスの声も聞き比べれば違うと分かるが、ここまで声が変わるとは思わなかった。体格が変わったことで少し肉体が動かしづらいが、これもすぐに慣れるだろう。
新たな肉体を得たモンスはそのまま空間を出ようとするが、その前にサエナに呼び止められる。
「最後に一ついいかい?」
「何だ? サエナ」
「君はまだ自分が人に無条件で嫌われると思っているだろう?」
「当然だ。そう都合よく人から嫌われなくなるのであれば、俺はここにはいない」
「それもそうだね。馬鹿なことを聞いてすまなかった。けど、私が言いたいのはそういうことではないんだ。私が言いたいのは君が無条件で人に嫌われることはもうないってことなんだ」
「どういうことだ?」
「ネルに調べてもらったんだけどね。君はここに来るまで人に排斥され続けてきたみたいだけど、試練を乗り越えたことでそれがなくなったらしい。つまり、君が仮にワーナー・カルドザスの容姿で外に出ても、誰からも排除されないって事だ」
モンスはそれに考え込む素振りを見せる。確かにサエナの言うとおり、エクスの拠点を探す際、誰もモンスを遠ざけようとしなかった。あの時はモンスの容姿に変えたからなのか、そうではないのか判断がつかなかったが、この人から嫌われるという意味不明な体質が消えてくれれば大幅に動きやすくはなる。結果的にモンスの異能のメリットを残したまま、デメリットが焼失した形だ。とはいえ……。
「確かにそれはありがたいが、それでもワーナーとしては動けない。これからやるのは相当デリケートな作業だ。すでに死んだことになってるワーナーでは予想外の事態が頻発してもおかしくない」
そこでモンスは何かを思い出したかのように、あっと声を上げる。
「ああ。一つ重要なことを忘れてた。これを隠す仮面とコートをくれないか? よく考えなくても、この顔も無闇に外に晒すのはまずい」
「かしこまりました」
スーザンから顔を隠す服と仮面を受け取るとモンスはそれを着用し、今度こそ空間から出ていく。
空間から出ると、先ほどの会議室に戻ってくる。モンスはそれを一瞥し、会議室の外へ出る。今のモンスは正体を隠すためにキングとしての容姿を黒いマントとフード、そして、白地に赤い文字で不気味な笑みが描かれた仮面を被っている。その格好で正面入口から堂々と建物の外に出る。
ビルの周囲にはすでに人が集まっており、炎をものともせずに出てきたモンスの風貌を見てざわついている。それを尻目にモンスはカミュラの力を使い、街に大火災を起こす。やはり、広域殲滅は彼女の力が一番向いている。
『これで目撃者は消せたか?』
『OK。襲撃を終えてすぐだからね。目撃者も他の街には逃げてなかったみたい』
『それは何より』
そのまま地獄絵図を颯爽と歩いて街を出ると、街から少し離れたところに位置する交差点にさまざまな機械を持った集団がいることに気付く。集団はモンスを見て、ざわつき、四角い物体をモンスに向ける。
モンスは自分たちに向けてくる大きな四角の物体に見覚えがあった。確かあれはテレビカメラというものだ。他にもマイクと言われる自分の声を大きくしたり、遠くに電波というものを使って声を伝えることのできるものを持って何かを叫んでいる人間もいる。
あれはテレビ局という都会の人々にさまざまな情報を伝えることを生業としている者たちだ。元となるテレビ局の規模にもよるが、場合によっては一定以上の大きさを持つ街に住む人間に伝えることもできるらしい。人に溶け込むタイプのモンスターから聞いたことなので、おそらく間違いではないはずだ。
『一応聞いておくが、あれにモンスの映像は捉えられてねえよな?』
『ちょっと待って……。……大丈夫みたい。あれはエクスの所有してるビルが崩壊してるっていう報せを受けて慌てて来たみたいだから、今のあんたの姿しか撮ってないよ』
『了解。なら、ちょうどいいな』
モンスは一瞬でテレビカメラの前まで移動する。カメラの周囲に陣取る人間たちが騒いでいるが無視をして、モンスは彼に出せる限りの大声を出す。
「我らはヒューマン・イーター! この世界の人類全てを滅ぼす組織だ!! その身を以て、我らの怒りを知るがいい!!!」
モンスはそう叫び、両手に刀と脇差しを出現させ、周囲の人間ごとカメラを破壊する。その勢いのまま、その場にいた人間を全滅させ、モンスは大きく息を吐く。
「さぁ、これで少しはいい感じになっただろう。首洗って待ってろよ。欲望にまみれたクズども」
モンスはそう言って、再び精霊空間へと戻っていった。




