4.これがいつもの謝罪方法
やがて、イース子爵家が王太子へ祝辞を述べる番が回ってきた。
イース子爵は貼り付けたような完璧な貴族の微笑みを浮かべ、王太子へ恭しく挨拶を述べながら家族を紹介していく。
傍らで夫人とプリムラが優雅にドレスの裾を摘み、膝を折ってお辞儀をする。それを見たラヴェンナは焦りを覚え、即座にその場にひざまずいて床に頭を擦り付けた。――土下座だ。
ラヴェンナにとっての『正しい礼』とはこれだった。ここまでしなければ、屋敷では家族からも使用人からも酷い暴力と怒声を浴びせられるからだ。
華やかで優雅な会場で突如繰り広げられた異様な土下座に、王太子は驚愕で目を見開き、子爵夫妻とプリムラは顔を引きつらせた。
「……ハ、ハハ、娘は少々緊張しているようでして」
子爵は顔を痙攣させながらも笑みを保ち、ラヴェンナの腕を強引に掴んで無理やり立ち上がらせた。
痣になるほど強く締め上げられた力に、またしても失敗をしてしまったのだと悟ったラヴェンナの白い顔は、いっそう血の気を失っていく。
恐怖でガタガタと震え出した彼女に、王太子が痛ましそうな眼差しで優しく声をかけた。
「君は……ラヴェンナ嬢と言ったか。このような華やかな場は初めてか?」
しかし、問いかけられてもラヴェンナは応じることができない。喋るな、と固く命じられていたからだ。
いつものように背中を丸め、身を縮こませながら、ただ嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。
まさか王太子の問いかけを無視するとは思わなかった子爵は血が上り、王太子の前であることも忘れて、いつもの癖でラヴェンナの頭を平手で殴りつけた。
バシンッ、と会場に響き渡り、近衛騎士が王太子を守るように一歩前に出た。
「お答えせんか、この馬鹿者が!!……申し訳ございません、王太子殿下!愚女が大変な不敬を……!
ほらラヴェンナ、貴様も早く謝罪しろ!!」
怒鳴りつけられたラヴェンナの肩がビクリと跳ね上がる。
謝罪の仕方は知っている。いつも強要されていることだからだ。
しかし、謝罪に伴うはずの『土下座』は先ほど止められてしまった。追い詰められた頭で必死に考えたラヴェンナは、土下座以外の『いつものお詫びの作法』を思い出した。
「ごめ、ごめんなさい!ごめんなさい……っ!」
必死に謝罪を繰り返しながら、ラヴェンナは何故かドレスの首元を強く引っ張り始めた。
だが、普段着ているボロ布と違ってドレスは背中で固く紐結びされていることに気づくと、今度はスカートの裾を大きく捲り上げ、病人のように痩せ細った脚を曝け出した。
「何をしている、貴様!!」という子爵の悲鳴のような怒鳴り声も、周囲のざわめきも、今の彼女の耳には届かない。
くるりと背を向けたラヴェンナは、ろくに肉のついていない痛々しいふくらはぎを王太子へ差し出した。
「せな、せなかは、ふくぬげなかった、から……あし、ムチ、あしにして、くださ…」
あまりの光景に絶句していた王太子が、その言葉に促されるように視線を落とし、息を呑んだ。
捲り上げられたか細い脚には、無数の痛々しい鞭の痕が、生々しく刻み込まれていたのだ。
さらにラヴェンナが履いていたのは、貴族の履物などではなく、平民が使うような使い古された布靴だった。それも長年の摩耗で生地が薄くなり、今にも爪先から穴が開きそうなほど惨めな代物だったのだ。
「君、は…………」
王太子が言葉を失ったその瞬間、怒りで顔を真っ赤に染め上げたイース子爵がラヴェンナの顔を拳で殴りつけた。
重い打撃音が響き、ラヴェンナの小さな身体が宙を舞って床へ吹き飛ばされる。
「キャアアアアッ!!」
会場のあちこちから令嬢たちの悲鳴が上がり、その声で我に返った子爵は、滝のような汗を流しながら、歪んだ笑顔を王太子に向けた。
「む、娘は先日より高熱を出しておりまして!そのせいで、どうやら意識が混乱しているようでございます!どうか、どうかこの場を辞することをお許し……」
「子爵…………貴様は……」
静かな、しかし確かな嫌悪を孕んだ王太子の声が子爵の言い訳を遮る。
「なぜ、そのような見透いた嘘で誤魔化せると思っているのだ……?」
「は……」
王太子の氷のように冷たい眼光に射抜かれ、子爵の頬が引きつった次の瞬間、近衛騎士たちがイース子爵を容赦なく床へ押し伏せた。
長く虐げられてた子が「ちゃんと令嬢しろ」と言われても出来るわけねーし!!




