3.ドレスの下に隠された
「いいか、よく聞け。ひと月後に戴冠式がある。そこにお前も連れて行くが、一言も喋るんじゃない。気配を消し、ただ私たちの後ろに付き従え」
「た、たいかん……?」
「分かったのか!!」
「ッは、はいっ!!だんなさま!わかりましたっ!」
無学なラヴェンナには、『戴冠式』という言葉の意味さえ理解できなかった。ただ子爵の凄まじい眼光に射抜かれ、いつものように床に這いつくばり、がたがたと頭を擦り付ける。
その姿に子爵は眉間に深いシワを寄せると、そばに控える執事長へ言い放った。
「戴冠式までに、最低限人前に出せる見栄えにしておけ」
言い捨てるや否や、子爵は床で震えるラヴェンナの小柄で軽い身体を容赦なく蹴り飛ばし、不機嫌そうに部屋を後にした。
――その日から、ラヴェンナは長年押し込められていた小汚い離れの物置小屋から、狭くはあるが清潔な使用人部屋へと移された。
当然、ラヴェンナを快く思っていない使用人たちからの扱いは荒い。
彼女たちは掃除用の硬いスポンジを使って、ラヴェンナの体に長年蓄積していた垢を強引にこすり落とした。強く擦られた肌は真っ赤に腫れ上がってしまったが、久しぶりに汚れが落ちた自分の身体を見て、ラヴェンナは不思議そうにするだけだった。
それから、枯れ枝のように痩せ細った体を少しでも肉付けさせるため、ラヴェンナの前には油の多い食事が並ぶようになった。
今まで一日一食、酷いときには二日に一食しか与えられていなかったことを思えば、それはまるで夢のような扱いだった。
しかし、長年の粗食で弱り切っていた胃腸は、油の多い食事を到底受け付けない。大半を残すか吐き戻してしまうため、体型にはほとんど変化が見られないまま当日を迎えることとなった。
◇
戴冠式当日。
ラヴェンナに着せられたのは、ガリガリの体型を隠すためのようにフリルが無駄に多く、肌の露出がない灰色のドレスだった。
ラヴェンナがドレスを身につけるのは人生で初めてのことだ。だが、痩せこけた体型をごまかすために胸と腹へ何重にも強く巻きつけられたタオルは、息をするのも苦しいほどだった。
酷い顔色を隠すために不自然なほど濃い化粧を施された後、彼女は家族の準備が終わるのを何時間もホールで待ち続け、ようやく集まった三名と共に馬車で会場へと向かった。
「くれぐれも余計な口を利くなよ」
イース子爵は冷たい目で見下ろしながら釘を刺す。
「それでその汚らしい顔でも隠しておきなさいな」
夫人はあざ笑うように、古臭いデザインの扇子をラヴェンナの膝元へ放り投げた。
「ふふ、ダサいドレス。みすぼらしいあんたにはお似合いね」
可愛らしく着飾った義妹のプリムラは、鼻で笑いながらあからさまに馬鹿にしてきたが、そんな事よりも殴られない、痛くない事の方がラヴェンナには重要だった。
やがて馬車は会場に到着し、イース子爵の言いつけ通り、三人のかげに隠れるようにして静かに会場へ足を踏み入れる。
すると、ラヴェンナの姿を目にした周囲の貴族たちから、不躾な視線とともにひそひそとした嘲笑の声が漏れ聞こえてきた。
「あら見て、あれが噂のイース子爵家の問題児よ」
「なんでも癇癪が酷くて、メイドを何人も怪我させたとか……」
「プリムラ様も陰でいじめられて泣いていたって噂ですわ」
「社交界の学園にも通っておられないような方なのでしょう?」
「あのナリで男漁りが激しいっていうんだから驚きだな。相手をする物好きがいたものだ」
学も教養も与えられてこなかったラヴェンナには、彼らがどんな言葉で自分を罵っているのか、理解できなかった。
けれど、自分に向けられる無数の鋭く冷酷な視線だけは恐怖そのもので、彼女はただひたすらに身を縮こませ、下を向いて歩くことしかできなかった。
おや…?クソ共が増えたようだな…?




