03 流砂
「俺はしないよぉ? それでもいいのぉ?」
玉座の彼は気怠そうに言った。
ステファンが十五歳の自分の娘を差し出した。
「世継ぎを。あなたの次代を我らに」
マグノリア星に降りて五年。
未だ王妃との間に子はいない。
泣き腫らしたような顔のステファンの娘。
遠くで若い男の慟哭が聞こえた。
「お前に任す」
ルシア・ロペスは喜びを隠さない。
彼から側妃への賜り物。
手にしたルシアの唇が震えつつ、弧を描いた。
きっと何かしでかす。
そんな気がした。
開拓、害獣討伐。
元老院となった十一の星船の長たち。
話し合いの毎日。
僕も『芸術』担当になった。
『建築』のアージラ・ラグナと彼のための城を造る。
アンピール様式の眩い金の光が、きっとよく似合う。
そうだ。月桂樹の王冠を作ろう。
──ナポレオンみたいに。
初め彼は大笑いしていた。
「悪趣味だなぁ。面白いけどぉ」
あちこち見て回っては馬鹿みたいに笑ってた。
数年経つと彼は飽き始めた。
毎日同じことの繰り返し。
目新しいものは、もうない。
「せめてハルトが起きてればなぁ」
僕たちでは彼の退屈を紛らわせられない。
「まあ、いいや。戸籍管理に貴族だけこれを着けろ」
数日で皮膚に馴染むイヤーカフ。
元老院は恭しくそれに従った。
彼からの贈り物。
元老院の連中は道化のように彼の周りで踊る。
側妃は彼の関心を息子に向けようと必死だ。
──王妃だけがただ静かに内政を仕切っていた。
誰も彼もが正気でない。
自分もおかしくなれたらいいのに。
彼は王城にある、彼のための禁足地に籠り始めた。
時折ルシアが呼ばれ、二人で何かしている。
毎回紅潮した顔でルシアは帰っていった。
「ルシア。君は一体何を?」
「あの方をもう一人作るの。そして、私はあの方の為にこの身を捧げるの」
⋯⋯どういう意味だ?
「ジェームズは何を⋯⋯?」
ルシアの顔が歪んだ。
「あの方は、シャハル。暁の人。でも今はオルトゥス王。だから私は”あの方”、と呼ぶの」
暗い、笑い。
「知りたければあの方に直接聞けばいいわ。そんな古い名前で呼ぶ自分を、特別と思うならね。ふふ、ふふふ」
僕は訊けなかった。
彼が僕を訪ねて来るまで。
「外交窓口にうちの商会が迎えに来る。俺はもう行くよぉ」
今から出ていくのを知ってるのは他にいない。
ルシアも今日だとは知らない。
と、彼は言う。
フローレスは遠隔地だ。
地球との外交を嫌ったステファンを避けるように造られた小さな街。
「ミシェール、あんたしかまともな奴がいないんだよねぇ」
ああ、嬉しい。
自分は、まだ、特別なんだ。
──いや、商会の迎え?
「地球に帰るのかい?」
「そうだよぉ。こんな何にもない所、真っ平ごめんだよぉ。」
彼は大袈裟に肩をすくめてみせた。
その後、弾かれたように大爆笑した。
「待ってくれ、ジェームズ」
笑い声が急に止まった。
「そんな名前の奴はもういない」
久しぶりに見た。
強い自嘲の滲む笑顔。
「ああ、そうだ。頼みがあるんだよぉ」
「なんだい?」
「紙で残しておいてくれよ。ここまでの過程を、さぁ」
王族の為に遺したい。そう言う。
「俺の血が入ってるなら、絶対必要になる。⋯⋯情報ってやつをねぇ」
あんたならやってくれるだろぉ?
頼りにしてるよぉ。
そう言って、彼は去っていった。
アンピール様式は19世紀初頭のナポレオン1世による第一帝政期にフランスで流行した、建築・家具・装飾のスタイルです。
エンパイアドレス もその一例。
聖女ソフィアがエンパイアドレスを纏っているのは、ミシェールの演出です。




