第2話「あれほどの砂糖を使ったお菓子の存在がバレたら命にかかわる」
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「さて、そんなこんなでもう出来上がったころですわね」
「結構手間暇かかるのね。さすがお貴族様の食べ物……」
「まあ、冷やさないといけませんので。とはいえずっと張り付いてなくてもいいんですけど、エルザ先輩が離れようとしなかったんじゃありませんか」
午後三時を告げる鐘が九度鳴るのを聞きながら、ヴィオラとエルザは井戸の前でそんなことを言い合う。
眉を吊り上げたエルザは、ヴィオラを睨みつけて声を張った。
「だって心配じゃない! あんな、あんな量の砂糖を使ったお菓子なのよ!」
「だからって、卵液に砂糖入れたとき悲鳴を上げなくてもいいじゃありませんか。ほかの方が何事かと駆けつけて来ましたわ」
「あれは危なかったわね。あれほどの砂糖を使ったお菓子の存在がバレたら命にかかわる。修道院中から狙われるわ……!」
「そんなバカな」
「みんな甘い物に飢えているのよ」
身震いしながら自分を抱きしめるエルザ。凝視する先には、井戸に吊るされた縄がある。プリンを冷やしているのだ。
――冷蔵庫があれば簡単なんですけど。
ないものねだりをしても仕方ない。
「さあ、引き上げましょう」
ヴィオラが縄を慎重に手繰り寄せ、先に結ばれた木桶を取り出した。木桶には布巾がかぶせられている。それを除けると張られた水の中に浸された六つのカップがあらわになった。
「もう食べれるの? 食べれるわよね?」
「部屋に戻ってからにしましょう、エルザ先輩?」
今にも木桶に掴みかかりそうなエルザをなだめつつ、二人は部屋へと戻る。虫除けのポプリの清冽な香りが迎えてくれた。
小さな文机をベッドへと寄せ、二人横並びに座る。文机の上に水を捨てた木桶を置き、その中から二つカップを出すと、敷き詰められた濃い黄色がわずかに身を震わせた。
「これ、どうやって食べたらいいの? プディングだから、スプーンですくえばいいのかしら?」
カップを持ち、上下左右から睨め回しエルザが問う。ヴィオラは苦笑し、
「そのまま食べてもおいしいのですが、せっかくなので目でも味わいましょう」
「目で?」
用意していた皿をカップの上に被せ、ひっくり返す。「ギャー!」とエルザの悲鳴。ヴィオラは取り合わず、カップを持ち上げた。
「あら」
失敗。プリンはカップに張り付いたまま、動かない。エルザが安堵の息をつくやいなや、ヴィオラにつかみかかる。
「あんた! 食べ物を粗末にしようだなんて! しかも砂糖よ!」
「エルザ先輩、今までで一番怒ってませんこと?」
「砂糖の甘味だなんて、この前院長から頂いたスミレもウン年ぶりなのよ! 清貧を是とする修道女が滅多に口にできるものじゃないんだから!」
――こわい。逆らわんとこ。
ヴィオラの中の三十代男性の魂が囁く。会社のお局様が自分ルールでお怒りになった時と同じ。口答えは厳禁である。
「さ、さあ! ともあれ、これは粗末にするわけではありません。器の中のプリンを外に出してあげるのですわ」
「……なんかプルプルしてるけど、出したらグシャッってならない?」
「さっき串を刺してみたときにはしっかり固まっていたので、大丈夫とは思います」
言って、再び皿にコップを伏せる。今度はエルザは騒がなかったが、目だけは鋭くまばたきさえしない。
――失敗したらお仕置きされるのかしら。
ヴィオラはそんなことを考え、わずかに身震いする。頬がほのかに熱を帯びた。
ちょっとくらい崩れてもいいんじゃないかとさえ思う。
――最近のエルザ先輩、甘々なのは良いんですが、たまには会ったばかりのような……。
「ヴィオラ?」
「はっ!?」
我に返る。眉根を寄せ、こちらをのぞき込むエルザ。ヴィオラは小さく頭を振り、
「いえ、それでは参ります……!」
カップと皿を固定したまま激しく円を描いた。まるで壺振りのようだなどと内心で苦笑。
息を呑む音がする。ヴィオラは、あえてそちらを向かない。落ちたと確信があった。あとは、無事か否か。そっとカップを持ち上げる。
「ふぁあ……」
薄い黄色が見えたかと思えば、それを覆うようにしてカラメルの茶色が流れ出る。皿の上にたまったソース。その海の中で重力に逆らえず、身を縮めて震えるプリン。崩れてなどいない。完璧な出来。
――やっぱりプリンはプッチンしないといけませんわ。
「あ、あんなに振ったのに壊れてない……なんか、プルプルしててかわいい……」
「美味しそうが出てこないのですわね」
「う、うーん。申し訳ないんだけど、これまで見たことない料理だから、なんか美味しそうとは結びつかないのよね」
正直なエルザの感想。頬をかくその姿に、ヴィオラはスプーンを渡す。
「それでは、次の機会には『美味しそう』と言って頂けることを祈ってますわ」
「あれだけ砂糖使ってるんだから、美味しいとは思うんだけどね」
恐る恐る、エルザはスプーンでプリンをつついた。はた目でもわかる、固めの感触。それを一欠片分くずし、エルザは口に運んだ。
「んっ!?」
目を見開く。視線がヴィオラとプリンを何往復もする。自然、ヴィオラの口角が持ち上がった。
「感想はあとでよろしいので、召し上がってくださいまし」
エルザは無言でこくこくとうなずく。その手にある銀の匙の上。薄黄色の塊が身じろぎした。それを皿に溜まった焦茶のソースに絡めると、赤い小さな舌に乗せる。まるで皿に乗せたばかりのプリンのように、エルザもまた目を閉じて身震いした。
――なんか口から光線出したり、無駄に服が脱げたりしそうですわ。
何なら背景に花が咲いて見える。なんて益体もないことを考えながら、ヴィオラは無心にプリンを口に運ぶエルザを眺める。そして自身もまた、一口食べた。
「――これは、意外と」
思っていたより卵の味が濃厚で、牛乳の風味もしっかり感じられる。バニラビーンズを使わなかったことが、功を奏したのかもしれない。甘さは少しばかり強かったが、それでもくどいとまでは思わなかった。むしろカラメルのほろ苦さが引き立って奥行きを出しているとさえ言える。
前世で食べたプリンと比べても遜色ない出来。わずかにすが入っていて微妙な舌の障りがあるのが悔やまれるが、そんなことを言い出してはキリがない。つまり、結局のところ、
「――美味しい」
ヴィオラの思考を引き継ぐかのように、エルザがつぶやく。
そのあまりに飾り気のない、率直な物言いについ噴き出してしまう。
「なによ」
「エルザ先輩らしいなって」
「言葉知らずで悪かったわね」
ぷいとそっぽを向きながらも皿ははなさない。
「美味しい、と言っていただけるのが幸せですわ。さあ、まだプリンはありますので遠慮なさらずに」
そう伝えるとエルザは思案顔をし、わずかに口ごもった末に言った。
「ちょっと相談があるんだけど――」




