第1話「あれ? 私、転生者ムーブを全くしてないのでは?」
ヴィオラ・エーデルシュタインは転生者である。とはいえ、チートらしいものなど何もない。
十歳の頃に大人としての思考ができたので、学びに役立ったといえばその通り。だが、それくらいだった。
「あれ? 私、転生者ムーブを全くしてないのでは?」
今さらである。今さらではあったが、
――じゃあ、何かそれっぽいことをしよう!
思い立ったら即実行が、ヴィオラの転生前からのモットーであった。
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「というわけで、エルザ先輩と一緒にプリンを作りますわ」
休日を利用して買い出しから戻ってきたヴィオラは、材料の入ったかごをテーブルに置いて言う。
修道院の厨房は空いている時間ならば貸してもらうことができた。趣味で料理や菓子作りをするものなどがいるからだ。しかし、薪代は別途支払う必要がある。
「まったくどういうわけかわかんないけど、プディング? パンはどうしたの?」
何も分からぬまま連れてこられたエルザがかごを覗き込む。中には卵が三つと革袋が一袋。そして、小壺が一つ。パンはどこにもない。
「今回作るのはパンプディングではありませんので、パンは使いませんわ。それと、プディングじゃなくてプリンです、エルザ先輩。」
「言い間違いとかじゃなかったんだ、それ」
「まあ、プディングの仲間ではあるのですけれど」
「同じじゃない」
小首を傾げながらエルザは何もなしに革袋を持ち上げた。たぷん、と中で液体が揺れる音がする。
「何これ」
「ミルクですわ。ちょっと足を伸ばして、牧場まで行って調達してきました。卵もそこから分けていただきました」
ヴィオラは早朝からとことこ歩いて行って、牧場主から材料を買ってきた。その話をするとエルザはため息をつく。
「近場とはいえ、公爵令嬢のすることじゃなくない?」
「今はただの修道女ですので」
「はいはい。で、これは?」
エルザが小壺を指さした。ヴィオラは「ああ」と蓋を開ける。中は真っ白な粒で満たされていて、
「塩?」
「いえ、お砂糖です」
「はあっ!?」
振り向きざまにエルザが声を上げる。
「あんた、真っ白な砂糖って、めちゃくちゃ高いんじゃ。黒いのだってたまにしか口に出来ないのよ」
エルザの言うとおり、粗糖でさえ高価なもので、精製された白砂糖など以前ヴィオラが街の市場を見て回ったときには影も形もなかった。
「そこは実家にねだりました。ええ、『余計なこと』をしてくれたようなので」
知らぬ間にされていたという寄付を思い出して、言った。
とはいえ、事実上放逐された立場のヴィオラである。このような要求が通るか、自分自身あやしいとは思っていた。
ただ、砂糖の小壺一つなど公爵家からすれば大したものではなかったようで、すんなりと手元に届いた。バニラビーンズも手に入らないかと考えはしたが、さすがにやめる。
「その節はエルザ先輩やオーウェン院長にご迷惑をおかけしたので、このお砂糖を使ってプリンをごちそうさせていただければ」
「……あれは、あたしがそもそもやりすぎたのがいけないんだから」
「私は喜んでたんですけれどねー」
何でもないことのように言って、ヴィオラは鍋や器の準備を始めた。エルザもそれ以上言わず、ヴィオラを手伝う。
「計量ができなくて目分量になっちゃうのが少し不安なんですけれど。……まあ、食べれるものはできると思いますわ」
「砂糖なんて使っておいて怖いこと言わないで」
「大丈夫ですわ。多分」
「だからあ!」
騒ぐエルザを横目に微笑み、ヴィオラは火にかけた小鍋へ砂糖と水を入れた。そのまま砂糖が溶けるのを待つ。
はじめて修道院の炉を使ったときには火加減が難しいと感じたが、何度か調理当番が回ってくるうちに慣れた。
「……飴でもつくるの?」
「溶かすという意味では似たような調理法ですわね。カラメルというソースを作ります」
砂糖は液状になり、やがて薄い琥珀色へと変化した。こうばしくも甘い空気が鼻をくすぐる。だが、ヴィオラは動かない。
「ねえ、焦げちゃうんじゃない?」
「焦がすんですの」
「ええ……ねえ、本当に大丈夫なの? 混ぜたりしなくていいの?」
懐かしい。ヴィオラが前世で始めてプリンを作ったとき、同じことを思った。
「混ぜたらガリガリになってしまうので」
「へえ……公爵令嬢って、こういうお菓子作りまでするのね。秘伝のレシピとか?」
エルザの問いには鍋を優しくゆすりながら誤魔化す。実家では台所に立ったことさえない。せいぜいが紅茶の入れ方を学んだくらいだ。料理の経験値は前世と修道院でのものしかない。
ヴィオラはカラメルがこげ茶色になったのを確認すると、鍋を火から下ろし沸かしておいた湯を注いだ。カラメルが跳ね、服につく。
「あとは混ぜていいのです」
木べらでソースをかき混ぜ、だまがないようにする。黒くもなりすぎず、薄くもない茶色のカラメル。煮詰まりすぎれば苦くなるので、ちょうどいい塩梅に見えた。
「エルザ先輩、これをカップに分けて注いでいただけますか」
「底にたまるくらいでいいの?」
「ええ」
エルザが匙でカラメルを陶器の器へと小分けにして注ぐ。用意した六つ分でちょうどなくなった。
「なんか、香ばしくていい匂いね」
「食べたら甘くて美味しいんですのよ」
へえ、とエルザが頷く。
「さあ、あとはソースが固まるのを待つ間にプリン本体を作りますわー!」
ヴィオラがそう宣言すると、エルザは「はいはい」と指示を仰ぐのだった。




