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【三章後日談連載中】「嫌なら嫌と言いなさい」~公爵令嬢に転生した三十路素人童貞、紳士の心得で百合ハーレム築いたら優越的地位の濫用で訴えられる~  作者: 無屁吉
第三章後日談「ナンシーとセレンの後始末」【全6話】

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42/45

第六話「――嬉しくて泣けるのは」

 □


 その後のことを、ナンシーはよく覚えていない。

 気がつけばナンシーは反省房に入れられて、いつの間にかやってきたカミユから、事情の聞き取りを受けていた。

 それも、何と答えたか記憶にない。

 シャーロットに受けた仕打ちを語った気もするし、何も話していないような気もする。

 ただなんとなく、ぶら下がったポプリの袋を眺めて、


 ――あんなふうに首をつれたら。


 なんて考える。だが、ポプリの紐はあまりに短く、細い。

 ふと、自分の長く伸ばした黒髪が目に入る。手に取って、なんとなく撫でる。


 ――何本も抜いて結えば、ポプリの紐よりはましだろうか。


 かつての艶はなく、枝毛も増えた。

 この黒い髪はナンシーにとって呪いそのもの。

 辺境伯の娘を刺したのだ。どうせ死罪は免れない。それなら自分の髪で首をくくれば、この髪に執着した連中への、ちょっとした意趣返しになるのではないか。

 含み笑いが漏れ、一本、指で引き抜こうとし、


 ――優しい夜みたいな色。私、好きよ。


 セレンの、屈託のない笑顔が浮かんで、手が止まる。

 反省房の床に、一つ、また一つと弾けた染みが浮かんだ。


「……ごめんなさい、セレン。断れなくて、ごめんなさい。私が悪いのに、怒鳴ってごめんなさい。

 セレン、会いたいよぉ……」


 ナンシーは、己の黒髪に顔を埋めて、泣いた。


 ■

 □

 ■


 セレンがナンシーに会えたのは、カミユに直談判をしてから一月以上経ってだった。

 虫除けのポプリの清冽な香りに混じり、少しだけすえた臭いがする反省房へ、セレンは足を踏み入れる。

 何をするでもなく寝台に腰掛けるナンシーが、錆びついた歯車のように顔を上げると、驚きに目を見開いた。


「……セレン、なの?」

「ナンシー!」


 セレンは飛びつくように、ナンシーへ抱きつく。入室時に感じたすえた臭いが、強くなった。

 ナンシーは、セレンが覚えていたときよりも、細く、やつれてしまっている。それを感触で理解した。


「馬鹿ね、ごはん、ちゃんと食べてないでしょう? 体もあまり拭いてないんじゃない?」

「え、うん……そうかも」

「髪だって、こんなにボサボサにしちゃって!」

「う、うん、ごめんなさい」


 ナンシーの反応は鈍い。ただ、口をぽかんと開いたまま、セレンの言葉に応じている。


「私、夢を見ているの? セレンがこんなところにいるなんて」

「夢なわけないじゃない。私の感触、忘れた? ほら、ナンシーも」


 言って、セレンは抱きしめる腕に力を込めた。ナンシーは恐る恐る、セレンの背に腕を回す。


「あ……セレンだ。本物の」


 ぽろりと、ナンシーの瞳から雫がこぼれた。


「ごめんなさい、セレン。私、貴女を裏切った……。セレンに会えなくされても、きちんと断ればよかった……。そうしたら、こんなにセレンを傷つけなくてよかった」

「いいの、ナンシー。貴女は何も悪くないわ。私、貴女がどれだけ苦しんでいたのか、考えてあげられなかった。本当にごめんなさい」


 セレンの頬にも、熱いものが伝う。二人はそのまま抱き合い、しばらくの時間、互いの嗚咽を聞き続けた。

 やがて、ナンシーが泣き腫らした顔に、笑みを浮かべて言う。


「ありがとう、セレン。会いに来てくれて。

 死罪になる前に、貴女に謝ることができて、仲直りすることができて、本当に良かった」


 そのナンシーの言葉に、セレンははっと顔を上げる。肝心な話をし忘れていた。


「いいえ、ナンシー。貴女は死罪になんてならないわ。私と一緒に、この修道院を出ましょう」


 セレンの諸々をすっ飛ばした説明に、ナンシーはまたも口をぽかんと開けるのだった。


 □

 ■

 □


 風に、生臭い香りがのっている。


「潮の臭いがするわね」


 セレンが髪をかき上げると、亜麻色がハラリと流されて、舞う。

 ナンシーはセレンを見て、申し訳なさを感じた。


「……ねえ、本当にこんなところまで一緒で良かったの?」


 初めて来た港町の馬車宿。

 ナンシーたちと同じく乗合馬車から降りた人や、それを待ち構える客引きの声で賑わっている。

 

 ――本当なら、セレンは私に付き合う必要なんてなかった。


 □


 ナンシーがセレンと再会したあの日――、


「ナンシーの処分は還俗することで落ち着いたんですって。ここからだいぶ離れた港町になるけど、仕事も紹介してくれるって、院長が言っていたわ!

 薬師のお仕事なんですって。さすが、薬草婆に見込まれていただけあるわね」


 セレンのその言葉に、ナンシーは耳を疑った。


「でも、私、あの女……辺境伯の娘を刺したのよ。」

「悪いのはシャーロットじゃない! 院長の話だと、辺境伯様からもそうおっしゃったそうよ」

「辺境伯様が?」


 さらに驚く。実の親がそんな事を言うなんて。


「簡単に言えば、シャーロットが悪いんだけど、かと言ってナンシーをお咎めなしにもできない。だから、ナンシーを還俗という形で追放することになったんですって。

 シャーロットが死ななかったことと、修道院の中だけで話をおさめることができたのが、幸いだったようよ」


 セレンは明らかにカミユからの受け売りをそのまま伝えていた。

 でも、それなら、


「どうして、セレンも一緒に修道院を出ていくって話になるの?」

「どうしてって……」


 セレンはキョトンとした顔でナンシーを見つめ、


「好きな人と一緒にいたいって思うのは、そんなに変なこと?」


 当たり前のことかのように、そう言ってのけた。


 □


 ――私は、もしかしたらセレンの人生を狂わせてしまったのかもしれない。

 

 そう考えながら、ナンシーが恐る恐るセレンの顔を覗き込んだ。

 自分より少しだけ背の低いセレンにそうするには、だいぶ首を傾げなくてはならない。その様が可笑しかったのか、セレンは小さく吹き出した。


「一緒でよかったかですって? 馬鹿ね、嫌なら来ないわよ」


 言って、セレンがナンシーの背中を叩く。思わず「あっ」と声が上がった。


「さあ、行きましょう。新しい職場が私たちを待っているわ!」

「ちょっとセレン、引っ張らないでよっ」


 セレンに手を引かれながら、ナンシーはつい微笑んだ。

 黒髪が潮風に吹かれて、そよぐ。まるでその髪に乗るかのようにして、目尻から雫が落ちた。

 悲しいわけではない。ただ、幸せだった。


「相変わらず泣き虫ね、ナンシー」


 セレンがからかう様に笑う。


「――嬉しくて泣けるのは、貴女といる時だけよ、セレン」


 ナンシーは微笑み、自慢の黒髪をかき上げてみせるのだった。


 了

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