第五話「……なんで、私だけ」
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シャーロットからの呼び出しは、少しずつ減っていった。
多分、飽きたのだろうとナンシーは思う。黒髪の手入れもほとんどしていない。
それは、シャーロットへの反抗というよりも、
――セレンが触れてくれない髪なんて。
ただの捨鉢に近かった。
セレンとはやはり口を利いていない。セレンがこちらを気にしているのは感じていたが、今更、ナンシーから歩み寄ることもできなかった。
元々社交的な質ではないナンシーは、今ではもはや、ほとんど誰とも話さなくなっていた。
じゃきり、じゃきり。
裁ちばさみがくちばしを閉じる度、布は悲鳴を上げて身を裂かれる。どうせなら、自分の身体もこんなふうに避ければいいのに――そんなこと思う。
じゃきり、じゃきり。
裁縫部屋の中には、多くの修道女に混じり、シャーロットとルタの姿があった。もはや、どうでもよかった。
ただ勤めに没頭していれば、何もかも忘れられる。シャーロットも、セレンも。
「たのもー!」
布を裁つ音と、修道女達の声を遮ってドアが開き、金糸の髪を持つ修道女が裁縫部屋に入ってきた。
シスター・ヴィオラだった。もう一人、その傍らにシスター・エルザの姿もある。
ナンシーは、ただはさみを動かした。
シスター・ヴィオラは、シャーロットに用事があるようで、何やら話をし始める。
本当にどうでもよかった。
――その破裂音がするまでは。
「――あ、あんた、何してるのよ!」
シスター・エルザの悲鳴にも似た声が響く。
振り抜かれた形のヴィオラの手。頬をおさえるシャーロット。
ヴィオラがエルザの問いに胸を張って答える。
「鼻っ柱をへし折ってやろうと思いまして!」
「やるなって言ったじゃないのよお!」
ヴィオラがシャーロットの頬を張った。その事実にほんの少し驚き、
「……そのとおりですわ。私はヴィオラ・エーデルシュタイン。
公爵家に連なる者にして、かつて数多の令嬢をその権力をもってして毒牙にかけ、『令嬢殺し』などと呼ばれている者。
ですが、私はその過ちを贖い、繰り返さないためにここへ来たのです」
その後に続いた名乗りに、更に衝撃を受けた。
無意識のまま、ナンシーは裁ちばさみを動かす。
公爵が辺境伯より偉いことくらい、ナンシーだって知っている。
――じゃあ、なんで?
手元の布が、でたらめに刻まれた。
やがてシャーロットは、エルザが公爵家の圧によりヴィオラに身体を許したのだと暴露する。
――こいつも、シャーロットと同じ。
そう思い、一瞬エルザへの同情が顔をのぞかせたが、
「――とまあ、ご覧の通り、今は私たち愛し合ってますので! 結果よければすべてよし!」
「だから、嫌じゃないだけで、愛かどうかはわかんないんだってば」
ヴィオラとエルザが、シャーロットに見せつけるように口づけを交わしたのを見て、エルザへのわずかな同情など霧散した。
理解できなかった。家柄をかさに着て女を手籠めにする奴らも、最初は怖かったけど今は嫌じゃないなんて言って、自ら相手の腰に腕を巻きつけ、幸せそうにしている女も。
何もかもが、ナンシーには理解できない。
ヴィオラとシャーロット、それにエルザとルタ。四人で何か言い合っている。
今は愛し合っているだの、自分はシャーロットを愛してるだの、なんだのかんだの。
遠いところでされている会話のように、何もかもがぼやけて聞こえた。
そんな中でただ一つ、
「前にも言いましたが、辺境伯令嬢という立場も込みで私の魅力です。それで断れないのなら、それは私の魅力が勝ったということ。断れないほうが悪いのです」
そのシャーロット言葉だけは、明瞭にナンシーへ届いた。
裁ちばさみはいつの間にか動きを止め、一本の刃へとなっている。
鈍い輝きの中に、ナンシーの顔が浮かんだ。
死んだ目をした、呪われた黒髪を持つ、女の姿が。
――気がつけば、手に、重い感触があった。
目の前には、驚いた顔をしたシャーロット。薔薇の香りがする、その女の腹には、たった今ナンシーが突き立てた刃。
自らが起こした行動だというのに、ナンシーはその結果を遅れて認識した。
「シスター・ナンシー!」
ヴィオラが叫び、ナンシーに体当たりをして組み伏せる。その痛みに、自分の中でくすぶり続けていたものが、ようやく噴き出した。
「許すもんか、許すもんか! シャーロット・オーウェン! お前の勝手な理屈で、私は心も体も犯されたの! 何が、何が上手くやるだ!」
ずっと言いたかった。ずっとこうしてやりたかった。
ヴィオラに体を制されながらも、ナンシーは己の黒髪を振り乱して叫ぶ。
「シスター・ナンシー、今は、今はどうか落ち着いてくださいまし……!」
「お前もだ! シスター・ヴィオラ! エーデルシュタイン公爵令嬢だったというのなら、どうしてこいつを野放しにしたのよ! 指導役の、お前の役目じゃないかぁっ! それを、なんで、お前だけ幸せみたいな顔をしてるのよ!」
――どいつもこいつも、私たちは幸せだなんて顔をしている。その陰で、私はセレンを失ったというのに。
「……なんで、私だけ」
ヴィオラに代わり、数人の修道女達に体を取り押さえられながら、ナンシーはただ、そう呟いた。
涙は、一粒落ちた。
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