第四話「なんで、私というものがありながらっ!」
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「ナンシー、正直に言って。私に何を隠しているの」
ある日、セレンが険しい顔をしてナンシーに尋ねた。
廊下の片隅。周りには誰もいない。今日の勤めは二人とも別で、ここで出会ったのはたまたまだった。
「何って、何もないわよ」
ナンシーはそう言うしか無かった。しかし、セレンの追求はやまない。
「……見てしまったの、さっき。ナンシーが、シスター・シャーロットの部屋から出てくるの。あの方の、良くない噂も聞いてる。ねえ、何をしていたの?」
声は平坦だった。そのセレンの表情が、かえってナンシーの心をざわつかせる。
シャーロットには、まさについ先ほど、己の尊厳を弄ばれたばかりだった。
――上手ですよ。ナンシーさん。
寝台に腰掛けるシャーロットの前に跪き、修道服の中にある花へと奉仕をさせられる。
シャーロットは愛おしげにナンシーの黒髪を撫でた。
淫猥な奉仕よりも、髪に触れられる方が、気持ち悪くて仕方なかった。
――ついに、気づかれてしまった。
いつまでも隠し通せるわけがなかったのだ。
情けなく毎日泣いているナンシーを、セレンは見ているのだから。
「おかしいとは思ってた。でも、私が聞いてもナンシーは何も答えてくれない」
「……言えるわけがないじゃない」
ナンシーが肺の奥から絞り出した声は、酷くか細い。
知らず握りしめた、修道服がかさりと悲鳴を上げる。
「ねえ、シスター・シャーロットと、何をしていたの?」
セレンの問い。ナンシーは俯き、答えない。答えることが、できなかった。
「……ナンシーが望んだわけじゃないことくらいわかるよ。
でも、私たち、愛し合っているんでしょう? だったら、頼ってよ。相談してよ!」
――セレンはいつだって私のことを気遣ってくれる。
前までは嬉しかったそれが、今は煩わしい。
「言えるわけがないじゃない」
ポツリと出た言葉。一度外に出てしまえば、あとはもう、止められない。
「他の女に抱かれただなんて、セレンに言えるわけがないじゃない!」
全ては、セレンと共に過ごすため。そのために、ナンシーはシャーロットを受け入れざるを得なかった。
――セレンのためなのに!
そんなこと、セレンにわかるわけがない。理不尽だと、心の片隅で声がする。
明るく、勝ち気で、いつもナンシーを牽引してくれたセレン。
その瞳から雫が落ちるのを、ナンシーは初めて見た。
「なんで、私というものがありながらっ!」
セレンは、涙声で叫んだ。
――嫌なら、突き飛ばしたって良いですよ。どうなるかわからないけど。
薔薇の香りが、鼻の奥で蘇る。
ナンシーの頬に熱が伝った。
「私だって、拒めるものならそうしたわよ!」
喉が張り裂けんばかりに叫び、セレンに背を向け早足で歩く。
背後の気配はほんの少しの間そこにあったが、ややもしてナンシーとは別の方向へ向かった。
――私、泣いてばかりだ。
目尻を指で拭いながら、ふと自分の生を振り返る。悲しいこと、辛いことがあるたび、ナンシーは泣いていた。
ナンシーが家を追い出されたとき、ただ泣いていて、何もしなかった母の姿が浮かぶ。
この泣き虫は黒髪と同じように母親譲りで、きっと死ぬまで治らない。
視界の端に狼狽えたようなシスター・ヴィオラの姿が、ちらりと目に入った。修道院に来てそれほど経たないが、優秀でシャーロットの指導役を任された女。
――こいつがもっとシャーロットを躾けていれば。
脳裏をよぎる恨み言。だが、すぐに辺境伯の娘に逆らうことなんて誰にもできないのだと考え直す。
――もしかしたら、彼女も私と同じように。
しかし、それでもほんの少しだけ、ヴィオラを憎い気持ちは留まり続けていた。
□
同じ部屋にいるのに、ナンシーとセレンは会話をしない。
今までだったら沈黙さえ心地良く感じていたのに、今では針の筵に包まれているようだった。
――怒らせてしまった。嫌われてしまった。
セレンは悪くない。悪いのは、不義理を働いた自分だ。
謝ることさえ恐ろしい。
それでも、ナンシーはセレンのそばから離れたいとは思えなかった。
□
「なあんか、反応薄くなりました?」
シャーロットがどこかつまらなそうにして、ナンシーの首すじから顔を上げた。
「手入れも最近サボってます? 前より髪の艶も悪くなってきてますよ」
――誰のせいだと思ってる。
喉元まで出かかった呪いを、なんとかこらえる。
シャーロットはため息をつくと、近くで控えていたくすんだ金髪と褐色の肌の修道女――ルタを呼んだ。
「ちょっとナンシーさんの髪を手入れしてあげて」
「はい!」
ルタはシャーロットに命じられること自体が嬉しいかのように返事をし、香油の小壺を持ち出した。
「あなたは黒髪くらいしか取り柄がないのだから、シャーロット様のために常に美しく仕上げておきなさい」
ルタのその言葉に、ナンシーの口角が歪に吊りあがる。
「だったら貴女は、その肌の色くらいしか取り柄がないのね」
そう返したナンシーへ、ルタはきょとんとしながら、
「そうよ。当たり前じゃない。だからあたしも、肌の手入れは怠っていないのよ」
そんなふうに言ってのけた。
「さすがルタ! わかっていますね。でも、貴女のそういうところも、好きなんですよ」
「シャーロット様……あたしも、大好きです!」
ナンシーはその二人のやりとりを眺めながら、どこにももう逃げ場なんてないのだと思った。
涙さえ、もう流れなかった。
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