第3話「はい、あーん」
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「おや、カスタードプディングですか。珍しい菓子ですね」
甘ったるい香が焚かれた院長室。カミユはカップに入ったプリンを見るなり、そう言った。
「いえ、プリンです」
「……これはカスタードプディングでは?」
「プリンですわ」
「なんかこだわりがあるみたいなんです、オーウェン院長」
譲らないヴィオラに、ため息交じりにエルザが補足する。カミユは訝しげに首を傾げながらもそれだけでおさめた。
とはいえ、カミユの言を聞きながら、やはり知識チートなどは難しいのだなとヴィオラは一人頷く。
――まあ、あっても不思議ではないですわね。人間の考えることですもの。
「これはシスター・ヴィオラが? このような菓子のレシピなど秘匿されているでしょうに、よくもまあ。流石は公爵令嬢といったところですか」
「手習いのようなものですわ。それに、エルザ先輩にもお手伝いいただきました」
お菓子づくりは前世で凝っていた時期がある――などと頭の片隅で思えど、おくびにも出さない。
「あ、あの! これ、すごくプルプルで! 美味しくて! ぜひ院長にも召し上がって頂きたくて!」
エルザがカップをカミユへと押し出すように差し出す。エルザの相談とは、つまるところそういうことだった。
「シスター・エルザ、落ち着きなさい。シスター・ヴィオラ、よろしいのですか? 費用は貴女もちでしょう」
「砂糖は実家に強請りましたので、あとはそれほど。私の家が修道院へ『余計なこと』をしたお詫びとでも思っていただければ。この程度で、おこがましいですけれど」
「そのことはもう終わったことですよ。とはいえ、これ以上は野暮ですね」
カミユが机の上に置かれたカップに手を伸ばし、そこにエルザの手が重ねられた。
「エルザ?」
「せっかくなので、目でも味わっていただきたくて」
どこかで聞いたようなセリフを言いながら、エルザはコップを皿に伏せ、そのまま円を描くように揺する。
「それは、なにを?」
「見ててください……それっ」
持ち上げられたコップからプリンが落ち、遅れてカラメルソースがその身を包む。
「ほう、器から出すとソースが全体に絡むという趣向ですか。なるほど、目で味わうとは言ったものですね」
「そうでしょう?」
エルザが誇らしげに胸を張った。ヴィオラはそのドヤ顔を微笑ましく感じながら、エルザが「院長にも食べてほしいの」と言った時のことを思い出す。
懐に入った相手へはとことん甘いヴィオラは、二つ返事でそれに応じた。ついでではあったが、それならとヴィオラと仲の良いシスター・アリサと、彼女と一緒にいたシスター・ハラにもプリンをお裾分けする。
材料が何かなど伝えることもしなかったので、二人は軽い調子で受け取り、それをエルザがどこか物悲しい目で見送っていた。
「院長、食べてみてください」
ふと我に返れば、エルザがせっつくようにカミユにスプーンを差し出している。苦笑しながら受け取り、カミユは一匙すくって口に入れた。
「――ふむ」
プリンを食べる。たったそれだけなのに、妙に品のある仕草。ヴィオラはふと、かつての社交界を思い出す。自身にもまた染み付いた作法ではあったが、こなしてきた場数の違いを何とはなしに想像した。
「これは、私の知るカスタードプディングとは一味違いますね。このソースのほろ苦さが甘さを単調なものにせず、立体感を作っている」
――へえ、カラメルは使われてないのか。カップから取り出すことと意外だったみたいだし、地球とはまた成り立ちが違うのかな?
前世の思考が、プリンのカラメルは型から外す際の潤滑油代わりだったらしいなんて豆知識を浮かべた。
こんなところでちょっとした知識チートごっこができるとは――なんて思わず口元が緩む。
「……つまり?」
「美味しいってことよ、エルザ。ありがとう」
硬い修道院長の顔から、柔らかいカミユ個人としてのそれへと変え、微笑みをエルザへと向けた。
エルザはまるで花を咲かせたように口をほころばせ、
「どういたしまして!」
と、まるで母に初めての料理を褒められた娘のように笑うのだった。
■
二人は部屋へと戻る。窓からは傾いた日差しが差し込んで、ぼんやりと壁を赤く染めていた。
「あーあ、残り一つになっちゃった」
「もともと足も速いものですし、食べ過ぎても飽きてしまいますから。院長やアリサさんたちにもらっていただけてよかったと思いますわ」
「……別にあげたことを惜しんでいるわけじゃないの。なによ、本当よ?」
切なそうに残り一つになったプリンを見つめるエルザのセリフは、ひどく説得力に欠けている。ヴィオラは「また機会があれば作りましょう」と言いつつ、
「せっかくなので、エルザ先輩召し上がってください」
「え、いいのっ? でも、ヴィオラも食べたくない?」
「一つは食べましたし、どちらかと言えば作りたかったという気持ちのほうが強かったので」
そも、転生者ムーブっぽいことをしようと思ってはじめたことだ。それがプリン作りだったのはたまたまレシピを覚えていたにすぎない。ヴィオラとしては無事完成したし、エルザも喜んでくれたしで言うことはなかった。
「やったあ!」
無邪気に両手を上げるエルザは歳よりも幼く見えて、実家の弟を思い出させた。あの子にも作ってあげたら喜んだだろうか、なんて考える。それを言ってしまえば、かつての恋人たちにも手料理など振る舞ったこともない。
「……ねえ、あんた、なんか変なこと考えてない?」
「いいえ、何も」
妙に鋭い目つきをエルザが向けてくる。ヴィオラは社交の場で鍛えたポーカーフェイスを浮かべ、余分な考えを振り払った。
エルザが少しの間、ヴィオラとプリンとを見比べる。そして、皿の上にプリンを出すと一匙すくってヴィオラへと差し出した。
「はい、あーん」
「ふぁっ!? エルザ先輩から、『あーん』っ!?」
「食べるの? 食べないの?」
「食べますわっ!」
パクリとスプーンを口に含む。美味しい。同じプリンのはずなのに、エルザ手ずから食べさせてもらうだけで、その味わい深さが遥かな頂へと登りつめた。
「うーん、これは新たなうま味調味料……ノーベル賞とれますわ」
「まーた何かわけのわかんないこと言ってる」
ため息をつきながらも、エルザはスプーンの柄をヴィオラに向けた。
「いつか言ってたでしょ、食べさせてもらうと何倍も美味しいって。だから、はい」
エルザの顔が赤く染まっているのは、決して夕日のせいだけではないだろう。ヴィオラはスプーンを受け取ると、エルザがしてくれたようにプリンをすくい、
「その通りですわ。エルザ先輩、はい、あーん」
そう、エルザの口へと運んだ。エルザはしばらく無言であったが、わずかに目線をそらしてつぶやく。
「確かに、何倍も――かも」
二人の食べさせ合いは、プリンがなくなるまで続く。そして、終いには互いの口の中に残る味を確かめ合うのだった。
了
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