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【三章後日談連載中】「嫌なら嫌と言いなさい」~公爵令嬢に転生した三十路素人童貞、紳士の心得で百合ハーレム築いたら優越的地位の濫用で訴えられる~  作者: 無屁吉
第三章の後日談「エルザとカミユの後始末」

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後日談「エルザとカミユの後始末」

「あ……」


 と、廊下を一人歩いていたエルザは、小さく声を漏らす。

 目の前のカミユ・オーウェン修道院長は、エルザと同じように口を開けて、その足を止めていた。

 カミユとは、ヴィオラの家――公爵家から寄付という名の圧力がかかったときに話をして以来、まともに会話をしていない。

 それは、結局――、


 ――あたしが、悪いから。


 ヴィオラの教育に失敗し、公爵家からの圧力を受ける原因を作り、修道院やオーウェンの立場を危うくした。

 母と慕っていたカミユに、今更合わせる顔なんてない。


「失礼します」


 エルザは会釈し、そのままカミユの横を抜けようとする。甘い、香の匂いがふわりとした。


「エルザ」


 と、カミユが呼び止める。「シスター」が付かない呼び名に、思わず肩が跳ねた。


「はい」

「……シスター・ヴィオラとは、その、仲良くなったと聞きました」


 どこか探るようなカミユの物言い。エルザは、耳の先に熱が上がっていくのを感じた。

 シャーロットの刺傷事件で、エルザがヴィオラに己の気持ちを伝えたことは、広く修道院に知れ渡っている。修道女たちから揶揄われるのにはようやく慣れたが、カミユに言われるのは、また別だった。


「……はい」

「それは、貴女の本心からの結果ですか? もし違うのであれば、今ならその関係を解消させることも……」


 しかし、カミユの言葉を聞いた時、エルザは自分のどこかが冷え込むのを感じた。

 カミユは続ける。


「シスター・ヴィオラには、シャーロットの件で瑕疵が生まれました。もし、エルザ、貴女が望むのなら、それを理由に離すことは可能でしょう」

()()()()()()()


 エルザの口から、硬い声が出た。カミユがわずかにまぶたを持ち上げる。


「シスター・シャーロットが刺されたことを、ヴィオラの瑕疵とおっしゃるのなら、それはヴィオラの教育係たる私の指導が足りなかったからです。

 そして、私が今、ヴィオラのことを想う気持ちは、嘘偽りのないものです。ええ、愛かどうかまではわかりませんが」

「――そう。野暮なことを言いましたね。そういえば私も、シスター・ヴィオラに教育係を任せた私の責であると伝えていたのです」


 言って、カミユは口元をおさえて、含み笑いを漏らした。そこでようやくエルザは、


「あの、試されていましたか?」


 そう、尋ねることができた。


「愛娘が、令嬢殺し(レディキラー)などと呼ばれている女に誑かされたのです。心配くらいするでしょう」


 カミユはそう語りながらも、一つため息をつき、


「その愛娘を、公爵家の圧怖さに差し出したのも、私ではあるのですが。

 ――エルザ、貴女にはきちんと謝りたかったの。ごめんなさい。貴女を守ってあげられなくて」


 カミユが頭を下げる。

 いつまでも喉に刺さっていた小骨が、ようやく取れた――ふと、そんなことを思った。


「……あたしこそ、ごめんなさい。あたしが、ヴィオラに度が過ぎた仕打ちをしてしまった。それがそもそもの原因だから」

「その話は、前にしましたよ。結局、シスター・ヴィオラは、気にかけてもいなかったようですけれどね」

「あー……気にかけていないっていうか」


 ――むしろ悦んでいるみたいです。


 すんでのところまで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。ヴィオラの名誉と、昨夜その求めに応えてしまった自分のためにも。


「ですが、本当に貴女たちは想い合っているのですね。疲れ果てて眠るシスター・ヴィオラを支える貴女の眼差しは、とても慈愛に満ちたものでしたし、彼女もまた、貴女にすべてを預けているようでした」

「えっ、いつのことですか?」

「あら、覚えていませんか? それこそシャーロットが刺されたときです。私も薬草婆に呼ばれてあの場にいたのですが……。なるほど、私の姿も目に入っていなかったのですね」


 エルザはついうつむき、耳朶に触れる。ひどく、熱くなっていた。


「本当は、もっと早くに貴女と話をしたかった。機会は作ろうと思えば作れたのですが……。駄目ですね。貴女に恨まれていないかと考えてしまい、先延ばしを続けてしまいました」

「あたしは院長のことを、恨んでなんかいません。でも、あたしも合わせる顔がないと、ずっと思っていました」

「そうですか」


 カミユが、ふっと微笑んだ。そして、何か思いついたように、エルザに「このあと、時間はありますか?」と尋ねる。


「え、あ、はい。今日のお勤めは終わりましたので、特に予定はありません」

「そう。なら、少し私に付き合ってもらえますか? 久しぶりに、エルザとゆっくりお話をしたいわ」


 そう話すカミユは、どこか懐かしい顔をしていて――エルザも、


「はい、カミユお母さん」


 と、懐かしい呼び名を、口にしてしまう。

 カミユは、少しだけ驚いた顔をした。エルザも、はっとして口に手をやった。

 やがて、どちらともなく吹き出し、ひとしきり笑い合ったあと、カミユが目尻を拭って言う。


「そうだ、スミレの砂糖漬けを頂いたのです。エルザも、好きだったでしょう?」

「もう、子供ではないのですけれど。あたしが修道院ここに来たばかりの頃の話ですよね」


 エルザは実家の男爵家から、修道院送りにされたときのことを思い出す。心細くて泣いてばかりいるエルザを宥めるのに、カミユがスミレの砂糖漬けを食べさせてくれた。


「それじゃあ、いらない?」

「……いただきますけど」


 カミユは「でしょう?」と言って歩き出す。エルザもその横に並んで歩を進めた。


「エルザには聞きたいことがたくさんあるわ。特に、シスター・ヴィオラとのことなんかね」

「あはは……そこはちょっとお手柔らかにしてもらえたら、嬉しいです」


 そんなくだらないことを語りながら、二人は院長室へと向かっていく。

 この日、エルザとカミユは久方ぶりに立場を忘れ、互いに思いの丈を語り尽くした。それは、長らくなかった母娘の団らんの時間でもあった。


 そしてーー、


「ふーん、そうなんですわね。だから、ずいぶん帰ってくるのが遅かったんですわねー」

「ごめんてば。ほら、スミレの砂糖漬け、食べる?」


 自室でエルザを待ち続けたヴィオラは、すっかり拗ねてしまっていた。

 エルザはヴィオラの機嫌をとるために、土産に持たされたスミレの花を彼女の口へと運ぶのだった。


  了


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