後日談「エルザとカミユの後始末」
「あ……」
と、廊下を一人歩いていたエルザは、小さく声を漏らす。
目の前のカミユ・オーウェン修道院長は、エルザと同じように口を開けて、その足を止めていた。
カミユとは、ヴィオラの家――公爵家から寄付という名の圧力がかかったときに話をして以来、まともに会話をしていない。
それは、結局――、
――あたしが、悪いから。
ヴィオラの教育に失敗し、公爵家からの圧力を受ける原因を作り、修道院やオーウェンの立場を危うくした。
母と慕っていたカミユに、今更合わせる顔なんてない。
「失礼します」
エルザは会釈し、そのままカミユの横を抜けようとする。甘い、香の匂いがふわりとした。
「エルザ」
と、カミユが呼び止める。「シスター」が付かない呼び名に、思わず肩が跳ねた。
「はい」
「……シスター・ヴィオラとは、その、仲良くなったと聞きました」
どこか探るようなカミユの物言い。エルザは、耳の先に熱が上がっていくのを感じた。
シャーロットの刺傷事件で、エルザがヴィオラに己の気持ちを伝えたことは、広く修道院に知れ渡っている。修道女たちから揶揄われるのにはようやく慣れたが、カミユに言われるのは、また別だった。
「……はい」
「それは、貴女の本心からの結果ですか? もし違うのであれば、今ならその関係を解消させることも……」
しかし、カミユの言葉を聞いた時、エルザは自分のどこかが冷え込むのを感じた。
カミユは続ける。
「シスター・ヴィオラには、シャーロットの件で瑕疵が生まれました。もし、エルザ、貴女が望むのなら、それを理由に離すことは可能でしょう」
「オーウェン院長」
エルザの口から、硬い声が出た。カミユがわずかにまぶたを持ち上げる。
「シスター・シャーロットが刺されたことを、ヴィオラの瑕疵とおっしゃるのなら、それはヴィオラの教育係たる私の指導が足りなかったからです。
そして、私が今、ヴィオラのことを想う気持ちは、嘘偽りのないものです。ええ、愛かどうかまではわかりませんが」
「――そう。野暮なことを言いましたね。そういえば私も、シスター・ヴィオラに教育係を任せた私の責であると伝えていたのです」
言って、カミユは口元をおさえて、含み笑いを漏らした。そこでようやくエルザは、
「あの、試されていましたか?」
そう、尋ねることができた。
「愛娘が、令嬢殺しなどと呼ばれている女に誑かされたのです。心配くらいするでしょう」
カミユはそう語りながらも、一つため息をつき、
「その愛娘を、公爵家の圧怖さに差し出したのも、私ではあるのですが。
――エルザ、貴女にはきちんと謝りたかったの。ごめんなさい。貴女を守ってあげられなくて」
カミユが頭を下げる。
いつまでも喉に刺さっていた小骨が、ようやく取れた――ふと、そんなことを思った。
「……あたしこそ、ごめんなさい。あたしが、ヴィオラに度が過ぎた仕打ちをしてしまった。それがそもそもの原因だから」
「その話は、前にしましたよ。結局、シスター・ヴィオラは、気にかけてもいなかったようですけれどね」
「あー……気にかけていないっていうか」
――むしろ悦んでいるみたいです。
すんでのところまで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。ヴィオラの名誉と、昨夜その求めに応えてしまった自分のためにも。
「ですが、本当に貴女たちは想い合っているのですね。疲れ果てて眠るシスター・ヴィオラを支える貴女の眼差しは、とても慈愛に満ちたものでしたし、彼女もまた、貴女にすべてを預けているようでした」
「えっ、いつのことですか?」
「あら、覚えていませんか? それこそシャーロットが刺されたときです。私も薬草婆に呼ばれてあの場にいたのですが……。なるほど、私の姿も目に入っていなかったのですね」
エルザはついうつむき、耳朶に触れる。ひどく、熱くなっていた。
「本当は、もっと早くに貴女と話をしたかった。機会は作ろうと思えば作れたのですが……。駄目ですね。貴女に恨まれていないかと考えてしまい、先延ばしを続けてしまいました」
「あたしは院長のことを、恨んでなんかいません。でも、あたしも合わせる顔がないと、ずっと思っていました」
「そうですか」
カミユが、ふっと微笑んだ。そして、何か思いついたように、エルザに「このあと、時間はありますか?」と尋ねる。
「え、あ、はい。今日のお勤めは終わりましたので、特に予定はありません」
「そう。なら、少し私に付き合ってもらえますか? 久しぶりに、エルザとゆっくりお話をしたいわ」
そう話すカミユは、どこか懐かしい顔をしていて――エルザも、
「はい、カミユお母さん」
と、懐かしい呼び名を、口にしてしまう。
カミユは、少しだけ驚いた顔をした。エルザも、はっとして口に手をやった。
やがて、どちらともなく吹き出し、ひとしきり笑い合ったあと、カミユが目尻を拭って言う。
「そうだ、スミレの砂糖漬けを頂いたのです。エルザも、好きだったでしょう?」
「もう、子供ではないのですけれど。あたしが修道院に来たばかりの頃の話ですよね」
エルザは実家の男爵家から、修道院送りにされたときのことを思い出す。心細くて泣いてばかりいるエルザを宥めるのに、カミユがスミレの砂糖漬けを食べさせてくれた。
「それじゃあ、いらない?」
「……いただきますけど」
カミユは「でしょう?」と言って歩き出す。エルザもその横に並んで歩を進めた。
「エルザには聞きたいことがたくさんあるわ。特に、シスター・ヴィオラとのことなんかね」
「あはは……そこはちょっとお手柔らかにしてもらえたら、嬉しいです」
そんなくだらないことを語りながら、二人は院長室へと向かっていく。
この日、エルザとカミユは久方ぶりに立場を忘れ、互いに思いの丈を語り尽くした。それは、長らくなかった母娘の団らんの時間でもあった。
そしてーー、
「ふーん、そうなんですわね。だから、ずいぶん帰ってくるのが遅かったんですわねー」
「ごめんてば。ほら、スミレの砂糖漬け、食べる?」
自室でエルザを待ち続けたヴィオラは、すっかり拗ねてしまっていた。
エルザはヴィオラの機嫌をとるために、土産に持たされたスミレの花を彼女の口へと運ぶのだった。
了
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