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【三章後日談連載中】「嫌なら嫌と言いなさい」~公爵令嬢に転生した三十路素人童貞、紳士の心得で百合ハーレム築いたら優越的地位の濫用で訴えられる~  作者: 無屁吉
第三章後日談「ナンシーとセレンの後始末」

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第一話「優しい夜みたいな色。私、好きよ」

 風に、生臭い香りがのっている。


「潮の臭いがするわね」


 セレンが亜麻色の髪をかき上げた。髪の毛がハラリと流されて、舞う。

 その隣には、黒い髪の女――ナンシーが、暗い面持ちで並んでいた。

 二人は厚手のショールを肩から羽織り、手には大きめの鞄をそれぞれ持っている。

 乗合馬車の窓口にもなっている馬車宿の周りでは、セレンたちと同じく乗合馬車から降りた人や、それを待ち構える客引きの声で賑わっていた。


「……ねえ、本当にこんなところまで一緒で良かったの?」


 ナンシーが恐る恐るといった風情で、セレンの顔を覗き込んだ。黒い髪が、ふわりと揺れる。

 少しだけセレンよりも背が高いナンシーが、首を傾げるようにそうしているのを見て、セレンは小さく吹き出した。


「馬鹿ね、嫌なら来ないわよ」


 言って、ナンシーの背中を叩くと、彼女は「あっ」と悲鳴を上げた。


「さあ、行きましょう。新しい職場が私たちを待っているわ!」

「ちょっとセレン、引っ張らないでよっ」


 ナンシーの手を引きながら、セレンは、


 ――元気が出て、良かった。


 そう、思った。少し前までのナンシーは、とても、見ていられなかったから。


 ■


「ナンシーに会わせてください!」


 セレンは修道院の長たるカミユに、深く頭を下げた。


 ――ナンシーがシャーロットを刺した。


 その話が耳に入った瞬間、セレンは自分がどうしたのかを覚えていない。

 周りの話では、喉が張り裂けんばかりに絶叫し、泣き叫んだのだという。

 ようやく落ち着いてから聞かされたのは、刺したナンシーが反省房に入れられたこと、刺されたシャーロットが一命を取り留めたことだった。


「シスター・ナンシーと会わせることはできません」


 甘い香の匂いをまとわせ、疲れ切った顔色でカミユが言う。

 セレンが「なぜ」を問うよりも早く、


「今回の一件が、痴情のもつれであることは理解しています。その原因がシャーロットにあることも。

 ですが、この地の領主たるオーウェンの者が命を脅かされたという事実もまた、そこにあるのです」


 深いため息が、院長室内に響く。


「シスター・セレン。貴女がシスター・ナンシーと深い仲であったことは、私も知っています。

 故に伝えます。諸々詰めねばならない話はありますが、シスター・ナンシーは悪いようにはしません。ですから、今は待ちなさい」


 ――それに、彼女もまた、一人の時間が必要です。


 その言葉に、セレンは唇を噛みしめるのだった。


 □


 ベッドと、小さな机、そして便壺があるだけの部屋。

 格子のはめられた窓には、虫除けのポプリがぶら下げらている。その紐はあまりに短く、細い。

 ナンシーは、


 ――あの紐では用をなさないわね。


 などと、ぼんやりとした頭で考え、自分の黒髪を撫でた。

 長く伸ばした、黒い髪。今はかつての艶はなく、枝毛も増えた。

 ナンシーは、この黒髪が嫌いだった。


「黒とは珍しい髪色だ。成人した際には私の妾として迎えたい」


 町役人の娘であったナンシーが、とある子爵に見初められたのは、まだあどけなさの残る少女の頃だった。

 母方に東の血が混じっているらしく、母譲りの黒い髪はこの国では珍しいようで、どこに行っても人目を惹く。それが、ナンシーには煩わしかった。

 ナンシーの父は子爵の申し出に喜び、ナンシーは成人を迎えると同時に、彼の下に送り出された。母は、少し悲しんでいた。

 ナンシーは、父よりも年嵩で、腹の突き出た子爵の妾になることは複雑な思いがあった。しかし、貴族に逆らうことなどできるわけもなく、その身を捧げた。


 ――初めては、酷く痛かったのを覚えている。


 重くのしかかられ、逃げることもできない。

 子爵は執拗なまでにナンシーの黒髪を愛で、そこに彼なりの愛情を注いだ。


「ああ、その黒髪は実に美しい。我が家にも同じような黒髪の娘を産んでくれ」


 その言葉に、ナンシーは背筋を震わす。

 それを子爵は、ナンシーが快を感じているのだと思ったのか、気を良くして動きを早めた。

 身体の芯に与えられる苦痛に耐えながら、視界の端で自分の髪が揺れる。ナンシーには、それがどうしようもなく憎く思えた。


 そんな生活が、一年、二年と経った頃。


「この石女が! お前のような女は要らん!」


 一向に孕む気配のないナンシーに腹を立てた子爵は、彼女を子爵邸から追い出した。

 家に帰れば、役人の父からは罵声をもって迎えられる。

 なんでも、閑職にまわされたのだと言い、それもナンシーが子を産めなかったからだと罵った。

 母は、泣いていた。泣いているだけで、何もしてくれなかった。

 そうしてナンシーは逃げるように家を出て、それからしばらく各地を転々とする。皮肉なことに、黒髪の珍しさと子爵に仕込まれた手管で路銀には困らなかった。

 やがてナンシーは、オーウェン辺境領の修道院へと流れつき、


「あっ、貴女が同室の新しいね。私はシスター・セレン。貴女よりほんの少し先輩よ!」


 そう言って、ナンシーよりも少し背の低い、亜麻色の髪の修道女に出会った。


「ところで、黒なんて変わった髪の色ね」


 セレンの何気ない言葉に、ナンシーは「そうですね」と笑顔を作って返す。慣れたやりとりだった。だが、セレンは柔らかくほほ笑み、


「優しい夜みたいな色。私、好きよ」


 こんなふうに屈託なく言われたのは初めてで、


「えっ、ちょ、どうしたの? なんで泣くの? え、夜みたいって嫌だった?」


 ナンシーは、我知らず涙を流していた。

 セレンはわたわたと慌てていて、ナンシーは「なんでもないの。よろしくね、セレン」と涙をぬぐって、そう言った。


お読みいただきありがとうございます。

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