第12話「痛い目を見たというのに、貴女は変わらないのですね」
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「貴女さえよければ、シャーロットに会ってあげてください。まだ床から離れることは許していませんが、意外とピンピンしていますよ」
カミユの勧めに従い、ヴィオラはシャーロットの部屋へ向かうため、廊下を歩く。
すれ違う顔馴染みの修道女たちと挨拶を交わすが、普段と違ってよそよそしさを感じた。
――シスター・ヴィオラ、公爵令嬢だったんですって。
――聞いたわ。どう接していいか、わかんないわよね。
少し後ろから聞こえた小さな会話に、ヴィオラは振り返ることはしなかった。
だけど、ほんの少しだけ歩みが速くなる。
肩書一つ増えただけ。しかし、その名が何よりも重い。ヴィオラはそれを振り払うかのように、歩調をさらに上げ、
「あら、ヴィオラさん。聞いたわよ、大変だったんですって?」
上げようとしたところで、糸目の修道女、シスター・アリサが普段の調子で話しかけてきた。
「アリサさん」
「どうしたの? なんか変な顔してるけど。ところで、こっちの方向ってことは、シスター・シャーロットのお見舞いに行くのかしら」
「え、ええ。そうです」
あまりに変わらないアリサの様子に、ヴィオラはどこか拍子抜けをする。そしてつい、尋ねてしまった。
「あの、聞いたって、どこまでお聞きになりまして?」
「えーと、シスター・シャーロットがナンシーに刺されて危機一髪のところをヴィオラさんが助けたとか……。あっ、あと、ヴィオラさんが公爵令嬢だったとか! え、やだ、エーデルシュタイン公爵令嬢ってお呼びした方がいいかしら?」
糸目を見開いてバタバタとするアリサを見て、ヴィオラは小さく吹き出し、
「普段のままでお願いいたしますわ。ここでの私は、ただのシスター・ヴィオラです」
「あらそう? それならよかったわあ」
アリサは胸をなで下ろしたかと思えば、忙しなく表情を変えて言う。
「そうだ、ごめんなさいね。足止めしちゃって。私もお勤めに向かう途中だったの。詳しい話、また今度聞かせてね」
そう言って足早に立ち去っていくアリサを見送り、重かった荷物が幾分軽くなった気がした。
そしてヴィオラは、シャーロットの部屋の
扉の前に立ち、ノックをする。「はい」と、シャーロットではない声がして、開く。
「あ」
と、中から顔を出した褐色の肌を持つ少女、ルタがヴィオラを見上げて固まり、絞り出したように、
「ヴィオラ……様」
と、複雑そうな表情で名を呼んだ。部屋の奥から「ヴィオラお姉様がいらしたの? 入っていただいて」とシャーロットの声がする。
普段よりも細い声に、ヴィオラは知らずに胸元を握り、部屋に入った。
薔薇の香りが、鼻腔をくすぐる。
シャーロットは寝台に横たわったまま、顔だけをこちらに向け、微笑む。その色は、血の気がなく青白かった。
「こんな体勢で失礼しますね。身を起こすことも許してもらえないもので」
「当たり前です! シャーロット様は、お腹を刺されてるんですよ!」
「この調子なんですよ。参っちゃいますね、あはは、痛ったあ……」
「ほら!」
その二人のやりとりに、ヴィオラは笑みを浮かべる。
「オーウェン院長のおっしゃった通り、昨日の今日で意外と元気そうですわね」
「まあ、生きてるだけで儲けものですから」
「それと、ナンシーさんのことですが……」
「ああ、叔母様から聞きました。いい落とし所じゃないですかね。お父様も昔似たようなことをして、それに倣ったというんですから」
まるで他人事のようなシャーロットに、ヴィオラは眉が跳ねたのを自覚した。
「反省は、されましたか?」
「そうですね。ナンシーに執着して強引に迫りすぎてしまいました。感情が重そうな感じはしてたんですけど、黒髪が珍しくて、つい」
「シャーロットさん、貴女は……」
「冗談ですよ、半分くらいは。少なくとも恋人持ちにはもうやりません」
そう嘯くシャーロットに、ヴィオラはため息をつき、カミユの苦労に同情した。
「これ程痛い目を見たというのに、貴女は変わらないのですね」
「はい。伊達に『小令嬢殺し』を名乗っておりません。私は私に向けられるすべてを受け入れながら、私を貫きます」
スケベ根性ですけどね、とシャーロットが言う。
「そうですか。ですが、これだけは約束してくださいまし。手を出した人全員を愛せとは申しませんが、泣かせるようなことだけはしないでください」
「……まあ、命を拾ってもらったことですし、それくらいは受け入れましょう」
不敵に笑むシャーロットに、ヴィオラは肩をすくめる。そしてこの話は終わりとばかりに、話題を変えた。
「そういえば、まるで身動きが取れないんですの?」
「傷はそこまで深くないらしいんですけど、やっぱり動くと痛いし、縫ったところも開きかねないみたいで。何から何までルタに世話を焼いてもらってます」
「はい! お世話させてもらってます!」
鼻息荒くルタがこぶしを握る。ヴィオラは微笑ましいものを感じつつ、ふと、
「何から何まで?」
と、気になったところを復唱した。
げ、という顔をシャーロットがしたが、ルタは、
「お食事から、下の世話まで全部です!」
「わー! 言わなくていいんですって、痛たた……」
「大声出さないでください、シャーロット様! 傷口に障ります」
恨めしそう目でルタを見るシャーロットを、ヴィオラは鼻で笑う。
「シャーロットさん、下の世話で動揺されているようですわね」
「いや、当たり前じゃないですか。流石の私でも恥ずかしいですよ」
「ふ……未熟! 私ならその程度、するもされるも悦んで受け入れられますわ! むしろエルザ先輩にされたいし、してあげたい!」
シャーロットの顔がひくひくと引きつった。それを見て、ヴィオラは――三十代素人童貞は「勝った」と内心で誇る。
しかし、シャーロットの表情はだんだんと赤みを帯びたものに変化していき、
「これが、中央で『令嬢殺し』と畏れられたヴィオラ・エーデルシュタイン……! およそ口にはできないと語られた行為の数々の一端なんですね!」
「……え?」
「知りたいっ! ヴィオラお姉様がどのような戯れをしてきたのか、教えてくださいっ!」
そう言って、シャーロットは身を起こし、「ギャー!」と呻いて倒れた。ルタが「シャーロット様!」と泣き叫ぶ。
ヴィオラは変なスイッチを入れた自分の失言を恨みつつ、
「薬草婆、呼んでまいりますわね」
と、這々《ほうほう》の体でシャーロットの部屋をあとにするのだった。
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