第8話「やるなって言ったじゃないのよお!」
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思い立ったら即行動。前世からのモットーに従い、ヴィオラは最愛の人の元へと走った。
「エルザ先輩!」
各々が務めに励む中、ヴィオラは薬草小屋の扉を開け放ち叫ぶ。
乾燥した植物特有の臭いが、空気の流れにのってヴィオラに届いた。
「シスター・ヴィオラ! お前さん、薬草小屋では、扉の開け閉めは静かにというのを忘れたのかい! 粉が舞うだろう!」
「薬草のお婆様、申し訳ありません。ですが、今は火急の時ですの。謝罪はまたあらためてさせていただきますわ」
ヴィオラは怒鳴る薬草婆へ頭を下げ、薬草の粉末を小分けしていたエルザの手を掴む。口元を布で覆っていても、キョトンとするしているのがよくわかった。
「え? あ、あんた何すんの? お勤めはどうしたの?」
「エルザ先輩、ついてきてください。そして、私を見守っていてくださいませ」
「見守るって……何を」
「私が、戦う姿を」
そう言って、ヴィオラはエルザの目を見つめた。エルザもそらすことなく見つめ返し、やがて小さくため息をついた。
「何のことだかよくわかんないけど……、クソ真面目なあんたが、お勤めサボってまでしなきゃいけないことなのね」
「はい」
「そ、わかったわ」
エルザは立ち上がると、口を覆っている布を取り、薬草婆へ告げた。
「お勤めの途中ですが、中座させていただきます。シスター・ヴィオラの指導役として、必要なことのようですので」
「シスター・エルザ、あんたまで……まったく」
薬草婆は頭をかきむしり、背を向けた。
「扉はゆっくり閉めな。粉が舞っちまうからね」
「ありがとうございます。ほら、行くわよ」
エルザがヴィオラの背を叩き、退室を促す。その温かさが、ヴィオラに力強さを感じさせた。
ヴィオラは少しの間、声を発することができなかった。そして、胸にこみ上げてくる熱さに従い、
「はい!」
と、正面を見据えて返事をする。
二人は薬草小屋をあとにし、エルザはヴィオラに連れられるまま歩く。
「で、どこに行くの?」
「シャーロットさんのところですわ。今なら多分、裁縫部屋にいるはずです」
シャーロットの予定を思い出しながら、ヴィオラはそれをエルザに伝えた。
「今じゃなきゃいけないの? お勤めが終わってからとか」
「エルザ先輩や他の皆様には申し訳ないのですが、今、この勢いがないといけない――そう、思ったのです」
エルザは「そう」とだけ、ヴィオラに返す。
その短い返事が、かえって信頼を感じさせ、ヴィオラの頬をゆるめた。
「そして、私がシャーロットさんを指導するのを見ていてほしいのです」
「……あんたは、あまりご令嬢の指導について話してくれなかったわね。良くない噂は聞こえていたわ」
「お恥ずかしながら、私の不徳がいたすところですわ。ですから――」
「それに決着をつけにいくのね。……で、なんで私が見守らなきゃいけないの? その気になったあんたなら、一人で片付けられそうな気がするんだけど」
エルザの疑問に、ヴィオラは胸を張り、
「シャーロットさんに、本当の愛というものを見せつけ、証明してやるのですわ!」
と、答えた。エルザはすごく、嫌そうな顔をしてヴィオラを見返していた。
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「たのもーっ!」
「え、なに、その勢い?」
裁縫部屋の扉を開け、ヴィオラが叫ぶ。
作業をしていた修道女たちが、何事かとヴィオラたちを見やる。修道女の中には、先ほどセレンとの話に出たナンシーの姿もあった。
暗く、光を宿さない瞳はヴィオラの来訪にも興味を示さず、黙々と裁ちばさみで布を切り分けている。
――申し訳ありません、シスター・ナンシー。
「シスター・ヴィオラに、シスター・エルザ。どうしたというのです」
裁縫部屋のまとめ役である中年の修道女が、戸惑いながら二人に尋ねた。
ヴィオラは「お騒がせして申し訳ありません」と頭を下げ、
「シスター・シャーロットに用事があって参りました」
「今はお勤めの時間ですよ。貴女にも与えられた役目があるでしょう」
「はい。オーウェン院長より命じられたシスター・シャーロットの教育係として、私の役目を果たしに参ったのです」
ヴィオラの宣言に、ざわついていた室内が静まる。
重苦しい静寂の中、ヴィオラは一歩、二歩と、歩を進めた。
その視線はただ一人を貫き、鋭く見据えている。
「ヴィオラお姉様。もう一悶着はあると思ってましたけど、流石にこれは予想外でした」
そう言って、シャーロットが立ち上がる。遅れて、隣に座っていたルタもそれにならった。
「重ね重ね申し訳ありません。私、思い立ったら即行動がモットーなのです。でも、貴女の予想を外せたのなら、ジャブの一発くらいは入れられたようですわね」
「何の理由にもなってませんけど。というか、ジャブって何ですか」
シャーロットの問いには答えず、ヴィオラは靴音を響かせ、彼女の眼前まで行く。
薔薇の香りが、ふわりと鼻を突き――それが、手を振りかぶる引き金になった。
破裂音が、裁縫部屋に響く。
「――え?」
シャーロットが、信じられないものを見た。そんな顔をし、自分の頬をおさえる。
ヴィオラは自分の手のひらに熱を感じながら、口の中に湧いた苦いものを噛み潰した。
空気が凍る。誰も何が起きたのか理解できず、声を上げることさえできない。
その沈黙を破ったのは、
「――あ、あんた、何してるのよ!」
エルザの叫びだった。
ヴィオラはそれに、胸を張って答えた。
「鼻っ柱をへし折ってやろうと思いまして!」
「やるなって言ったじゃないのよお!」
すでに涙を浮かべているエルザへ、ヴィオラは「やっちゃいました」と舌を小さく出してみせた。
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「お前、シャーロット様によくもっ!」
椅子を倒しながら、ヴィオラに食ってかかろうとするルタを、シャーロットは手で制す。
「いきなり、随分なご挨拶ですね。ヴィオラお姉様。ご自分がしていることの意味、分かってらっしゃいます?」
「ええ、教育的指導ですわ。痛みがないと覚えないこともあるでしょう」
――体罰はされるのはともかく、するのは趣味でなかったのですけれど。
「ふうん、私が何をしたっていうんです?」
「辺境伯令嬢としての立場を利用し、望まぬ方と肉体関係を強引に迫って結んだ。罰を受けるには十分な理由です」
シャーロットは、「よく言えたものですね、ヴィオラお姉様」と、再び鼻を鳴らす。
「貴女だって、同じことをして修道院に送られたのではなくて?」
銀細工のような長い髪をかき上げたシャーロットは、傍らに控えるルタを撫でながら、ヴィオラへそう問いを投げかける。
ヴィオラはわずかに目を伏せ、顔を上げた。ちらりと不安げなエルザの顔を見る。
――申し訳ありません。エルザ先輩。私は貴女に話していないことがありました。
今は言葉にはせず、心の中だけで詫びる。そして、シャーロットをしっかりと見据えた。
「……そのとおりですわ。私はヴィオラ・エーデルシュタイン。
公爵家に連なる者にして、かつて数多の令嬢をその権力をもってして毒牙にかけ、『令嬢殺し』などと呼ばれている者。
ですが、私はその過ちを贖い、繰り返さないためにここへ来たのです」
発した言葉は凛とし、ただ事実を認めた。
ヴィオラの名乗りに、周囲はにわかにざわつき出す。
だがひとり、シャーロットだけは、それを鼻で笑う。
「過ちを繰り返さない? だとしたら、貴女の後ろにいるその女は何だと言うの? この修道院で、その手にかけたのではなくて?」
「エルザ先輩は、私が公爵家の人間であるなどとは、知らないまま、思いに応えてくださいました。貴女にそれを伝えるため、先輩にはこの場に赴いて頂いたのです」
「ふうん、知らないまま、か。
……ねえ、シスター・エルザ。貴女は本当に、ヴィオラお姉様が公爵家に連なるお方だと、ご存知なかったの?」
シャーロットがヴィオラの肩越しに、エルザへと視線を送る。ヴィオラもそれにつられ、背後を振り向いた。
そして、
「――え?」
気まずげにうつむくエルザの姿が、ヴィオラに言葉を失わせる。
エルザの手が、小刻みに震えながらスカートの裾を握りしめているのが、やけにはっきり見えた。
その姿が、エルザの意を残酷なまでに語っていて、
――じゃきりと、はさみが閉じる音がした。
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