第6話「誰も貴女に助けなんて求めてない!」
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院長室をあとにし、長い廊下を蝸牛の歩みで進みながら、ヴィオラは考える。
――私に、シャーロットを咎める権利はあるのか。
ヴィオラはこれまで愛をもって、令嬢たちに接してきた。だが、そこに性的欲求を満たしたいという気持ちがなかったかと言えば嘘になる。
――何人もの女性と関係を持つことは、素行としては良くない。けれど、それが何か法を犯しているわけでもない。
貴族としてはよくある話だ。夫人たちでさえ、跡継ぎを産んだあとには、愛人を囲うことがある。
しかし、
――でも、それは本当にお互い同意があった上でのこと。「断れない力の行使」は「優越的地位の濫用」にあたる。
それがわかっていたはずなのに、
「どうして私はあのとき、それを言えなかったの」
思いが、言葉になってこぼれる。
シャーロットは「断りの合図」を提示した。しかし、あの時のヴィオラはそれをなすことができなかった。
――私は、シーナやリネットにこういうことをしてしまったのね。
握りしめた手のひらに、爪が食い込む。
「シャーロットさんに、私と同じ過ちを繰り返させるわけにはいかない。これ以上、苦しい思いをする人を増やしてはいけない」
――それが、代償行為にすぎなくとも、自分の罪を償うということなのだから。
顔を上げ、一歩を強く踏み出す。廊下の床板がわずかに軋みを上げた。
その時だった。
「あら、ヴィオラお姉様。奇遇ですね!」
空き部屋だったはずの扉から、シャーロットが笑顔で現れる。
銀細工のような髪はわずかに乱れ、頬は赤みを帯びていた。よく見れば、修道服も普通に着ていてはつかないような皺がある。
「シャーロットさん。貴女……」
何をしていたのか。それを問う前に、シャーロットの後ろから、一人の修道女が顔を出した。
この国では珍しい、褐色の肌。くすんだ金色の髪の毛が、汗の浮いた額に幾筋か貼り付いている。
最近修道院へ保護された孤児の娘で、確か名前を――、
「シスター・ルタ」
「は、はい」
ルタは返事をしながらも、シャーロットの影に寄る。シャーロットよりも頭一つ分ほど低い背丈は、それで十分身を隠せていた。
生々しい、汗の臭いがふわりと漂う。
「シャーロットさん。シスター・ルタとそこで何をなさっていたのですか」
「何って……ええー、ヴィオラお姉様、聞いちゃいます?」
ねえ? と、シャーロットはルタを見て笑う。ルタはそれに、はにかんで返した。
「シャーロットさん、貴女に確認しなくてはならないことがありますわ」
「なんですか? 私たちの愛の語らいを邪魔しないでもらえます」
口を尖らせるシャーロットをよそに、ヴィオラはルタへと視線を落とす。
ルタの目には怯えの色が浮かんでいて、シャーロットの修道服の裾を、固く掴んでいた。
ヴィオラはルタの緊張を解きほぐそうと、柔らかく笑みを作った。
「ごめんなさい、ルタさん。突然で怖がらせてしまいましたわね」
「い、いいえ」
「それで、私に何を聞きたいというのです?」
早くしろと言わんばかりに、シャーロットがヴィオラを急かす。
「ええ、正直に答えてほしいの。シャーロットさん。貴女はルタさんとの関係を、無理に結ばせてはいませんか?」
――ハラのように嫌がっていないのなら、それでいい。
そのヴィオラの問いに、
「……は?」
と、ルタの瞳が明確に敵意を宿す。
ヴィオラは予想外の反応に、思わずシャーロットを見た。
シャーロットは口元を手で覆ってはいるが、その笑みを隠せてはいない。
「シャーロットさん。貴女は『断らなかった相手が悪い』とおっしゃいました。ですが、断れないほどの力ならば、もはや暴力で犯しているに等しい行為です。
貴女がもし、辺境伯家の権威を使って関係を強いているのだとしたら、私は何としても貴女を――っ!」
ヴィオラがそこまで口にしたとき、スネに走る鈍い痛みに、思わず声を詰まらせる。
いつの間にか、ルタがスカートを捲り上げ、ヴィオラを蹴飛ばしていた。
「ふざけたことを言わないで! あたしは、シャーロット様のことを愛しているの! シャーロット様は私のことを愛してくれているの!」
目に涙をため、ルタはヴィオラを睨みつけ、
「誰も貴女に助けなんて求めてない! 助けてくれたのは、シャーロット様だ!」
シャーロットが声をあげて笑った。
「あはは! ヴィオラお姉様。どうやら、無理やりなんかではなかったようですよ。ルタは私を愛しているんですって」
「……で、ですが、貴女は、他の女性達にも」
「ええ、手を出してます。それがどうかしまして?」
あっけらかんと開き直るシャーロットに、ヴィオラは二の句を継げない。
シャーロットはルタの髪を撫で、そのまま顎へと滑らし、顔を上げさせた。
「ルタも知ってますよね?」
「はい。シャーロット様のように素晴らしい方は、その愛も広く与えられるのです」
恍惚とした表情を浮かべ、ルタはねだるように瞼を閉じる。シャーロットは軽くその唇を吸うと、すぐにヴィオラへ向き直った。
「ヴィオラお姉様だって、そうやって愛を振りまいてきたんじゃありませんか。おんなじ、ですよ」
「違いますわ! 私は確かに間違えました。でも、今はエルザ先輩だけを……!」
「あー、はいはい。純愛なんですねー」
軽口を叩きながらシャーロットはルタと共に、ヴィオラがやってきた方へと歩みを進める。
そして、すれ違う一瞬、シャーロットはヴィオラの耳元で、
「今度、この前の続きをしましょうね。純愛より、気持ちいいことしましょうよ」
そう囁いて、去っていった。
ヴィオラは、振り返ることさえできないまま、しばしその場に立ち尽くした。
――誰も、シャーロットとの関係を嫌がってはいない。私が償いだと思ったことは、間違いだったの?
「エルザ先輩……私、何が正しいのか分からなくなりました」
脳裏に浮かぶ愛しい人の姿に、ヴィオラは一人語りかけた。
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