第5話「ヤッたわ」
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――シスター・シャーロットが修道女たちに手を出している。
そう噂が立ち始めたのは、地下貯蔵庫での一件から間もなくのことだった。
「夜な夜な自分の部屋に、誰か彼かを連れ込んではお楽しみしてるのよ」
楽しそうな声でヴィオラとアリサに語るのは赤髪の修道女、シスター・ハラだった。
水汲みの順番待ち。その間行われる、井戸を囲んでの下世話な時間つぶし。
その程度のものであるはずなのに、ヴィオラは薔薇の匂いを嗅いだ気がした。
「ちなみに私も口説かれたわ」
「は!? え、ヤッたの!?」
糸目を見開き、アリサが食いつく。ヴィオラはハラの発言よりも、アリサの変貌ぶりに驚いて目を剥いた。
ハラは喉を鳴らし、「ヤッたわ」と唇をつり上げた。
「だから噂じゃなくて事実。夜に誰かしら連れ込んでるってのも、本人が言ってたんだから。あの様子だと、結構な数に手を出してるんじゃないかしら」
「ねえ、ねえ! どんなんだった? 上手いの?」
「うーん、手慣れてた感じはあったわね。触って欲しいところを的確に攻めてくるというか……。
ただ、どっちかっていうと、こっちに奉仕させて気持ちよくなりたい感じが強いかな」
「い、色とか、カタチとかは……?」
「アリサ、あんたねえ……ちょっと耳貸しなさい」
へえー、へえー! と鼻息を荒くするアリサを横目に、ヴィオラはハラに尋ねる。
「あ、あの。ハラさんが誘いに応じたのは、シャーロットさんに好意を抱いていたからですか?」
「まさか。ろくに話したこともない相手よ?」
「では、何故」
「何故って言われてもねえ……」
ハラは少し考え、指折り数える。
「彼女の見た目がいいってのは大事よね。私に特定の相手がいないってのもあるか。あとは、溜まってたってのもあるわね」
ここじゃ相手は女しかいないし、なんてハラは笑う。
「ま、そんな理由がなかったとしても、シスター・シャーロットは辺境伯のご令嬢よ? 求められたら私ごときが断れるわけないじゃない」
ハラはやれやれとばかりに、肩をすくめた。
――そう、断れるわけがない。だけど、ハラさんは嫌がってはいない。つまりそれは、形だけでも合意があったということ、よね。
「あの、ハラさんは……」
ヴィオラが口を開こうとしたとき、ちょうどハラに井戸の順番が回ってきた。
「それじゃあね、シスター・ヴィオラ。ご令嬢の火遊びが気にかかるなら、貴女がきちんと手綱を握っておきなさい。指導役なんだから」
――そのうち修羅場に巻き込まれるかもしれないわよ。
そう言って、ハラは木桶を持って井戸へ向かう。
傍らではアリサが「そのうち私にもお誘いが来たりするのかしらあ」などと顔を押さえて身悶えていた。その様子を見ながら、ヴィオラはふと尋ねた。
「あの、アリサさんはシャーロットさんから誘われたら、どうなさるのですか?」
「うーん、ハラも言ってたけど、断れないでしょうからね。そこまで器が小さいようには見えないけど、家に影響があっても困るし……受けると思うわあ」
「相手が強い立場で逆らえないとしても、お互い承知の上でと言えるのでしょうか?」
ヴィオラの問いに、アリサは腕を組み考え込む。
「相手が脅してきたりするなら無理やりでしょうけど、この場合はこっちが忖度したんだから承知の上なのかしら」
「嫌では、ないのですか?」
「恋人がいたら嫌かもしれないけど、一夜のお相手としては良くない? だって上位貴族のご令嬢よ」
そう言って、アリサは再び身悶え、妄想の世界へ帰る。
――脅されたわけではないけれど、断れない。それは本当の意味で合意があったと言えるの?
頭の中で、答えの出ない問いを繰り返す。
それは井戸の順番が回ってきたことを、アリサに教えられるまで続いていた。
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「シスター・ヴィオラ。シャーロットの指導は、難航しているようですね。良くない話が広がっていますよ」
「……申し訳ありません。私の力不足ですわ」
甘ったるい香が焚かれた院長室で、ヴィオラはカミユに頭を垂れる。
「いいえ。貴女が無理であれば、この修道院でシャーロットを指導することができるものはいないでしょう。
皆、シャーロットが辺境伯家の人間であると知っていますし、あの娘もそれを隠すつもりもありません」
カミユはそうは言うが、ヴィオラはその響きに失望の色を感じた。
「シャーロットは……元々持っていた慣習への反抗心や男性よりも女性を好む嗜好、そういったものが『令嬢殺し』の逸話に合致し、貴女に強い憧れを抱いています。
そして、それを模倣し、派閥の令嬢や領内の少女を見境なく手籠めにしてきました。幸い、表沙汰になる前に、ここへ連れてくることができましたが」
それが、いかに家にとって外聞が悪いことか、ヴィオラは身をもって知っていた。
意に沿わず、体を求められた女性達がどのような心持ちでいるのかも、よくわかっていた。
「シャーロットは今、同じ過ちを繰り返しています。私――いえ、辺境伯家としては、それはどうにか避けたいのです」
「努力いたします」
「言い方が悪かったですね。公爵家の貴女にそれを押し付けるつもりはないのです。
他に止められそうな人材がいないので、可能であればそうしてほしいというだけです」
そして、カミユは本気とも冗談とも取れる声色で言う。
「前言を翻すようですが、そのためなら公爵家の名を使ってもいいのですよ」
疲れ切った表情で、苦々しく笑うカミユに、ヴィオラはただ、頭を下げることしかできなかった。
――公爵家の名を使ってもいい。でも、それは、辺境伯より上の爵位をもって制するということ。私たちがしてしまったことを置き換えているだけじゃない。
重たい鐘の音が、九度、修道院に響いた。
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