第4話「ほら、ヴィオラお姉様も拒まない」
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手燭の明かりでぼんやりと照らされる石造りの地下貯蔵庫で、在庫の整理と確認をヴィオラとシャーロットは任されていた。
シャーロットが初めてする仕事という事で、ヴィオラが付き添って教えていると、
「ヴィオラお姉様って、私が思っていたより真面目なんですね」
そう、シャーロットが言った。ヴィオラは何となく含むものを感じ、尋ねる。
「思っていたより、ですの? 不真面目であると思われていたのかしら」
「悪く言っているわけではありません。ただ、噂とは違うな、と」
ヴィオラは一つ息を吸う。
湿った土と石の臭いが混じった空気が肺に取り込まれ、その冷たさを伝えた。
「その……私の噂というのは、どんな話ですの?」
「興味がありますか?」
「ええ、自分が外でどのように思われていたのか、見つめ直す材料になればと」
そのヴィオラの言葉に、シャーロットは楽しそうな、それでいてどこか詰まらなそうな顔をして、口を開く。
「簡単に言えば、ヴィオラお姉様は公爵家の威光を使い、数々の令嬢や侍女の身体を好きなように弄んだ――という話です」
――ああ、それは、紛れもなく、
「事実、ですわね」
「へえ! 今のお姉様を見てたら、てっきり尾ひれがついた話なのかなって思ってました」
シャーロットが両手を合わせて、喜色を浮かべた。
ヴィオラは修道服の乱れを直し、背筋を伸ばすとシャーロットを正面から見据える。
「良い機会ですわ。私の過ちを話しましょう」
「過ち?」
「ええ、私はその噂の通り、多くの女性と身体の関係を結びました。私はそれを愛だと思い、彼女らも私のことを愛してくれているのだと思っていました。
――それが、間違いだったのです」
ヴィオラの言葉に、シャーロットは「へえ」と興味深そうな視線を送ってきた。面白い物語を聞いているような色がうかがえつつも、ヴィオラは続ける。
「彼女たちは私から受ける行為を、何一つ拒みませんでした。私はそれを『愛が受け入れられた』と思い込んでいました。
ですが、違うのです。それはただ、ヴィオラ・エーデルシュタインに、公爵家という大きすぎる権力に、拒む権利さえ許されていなかっただけなのです」
シャーロットは、銀細工のような髪の先を、指に巻き付け、
「ヴィオラお姉様は、それを後悔されているのですか?」
そう、尋ねた。
「悔やんでいますわ。私は『女の子の嫌がることはしない』ことが誇りの一つでした。それを、望んだことではないとはいえ破ってしまったのです」
「でも、相手は拒まなかったのでしょう?」
「拒まなかったのではなく、拒めなかったのです」
「お姉様は、断る機会をお与えにならなかったのですか?」
目に悪戯っぽい光を浮かべたシャーロットが、可愛らしく小首をかしげる。
ふわりと、銀色の毛先が揺れた。
「言葉だけならかけました。『嫌なら嫌と言いなさい』と。ですが、それを実際に言えるかどうかはまた別の問題で――」
「なんだ、拒む機会はあったんじゃないですか。だったら――」
――断らなかった相手が悪いんですよ。
何のためらいもないシャーロットの声が、石造りの地下室に反響し、何度もヴィオラの鼓膜を打つ。
価値観が、違う。
シャーロットは、本気でそう思っている。
「それに、私はこうも思うんです」
石床を、シャーロットの靴底が静かに叩いた。
その一歩分、シャーロットの姿が大きく見え、ヴィオラは知らず身体を反らせていた。
また一つ、一つと、シャーロットが距離を詰める。
いつの間にか、ヴィオラは壁際へと追い詰められていた。
「人の魅力って、家柄とか背景にあるものも込みなんじゃないかって」
――だから。
「断れないほどに魅了されたのなら、それはもう――愛でしょう?」
口の端をいっぱいに吊り上げ、シャーロットはヴィオラの腰を抱き、その身を寄せる。
「きゃっ」
何をするのかと尋ねる間もなく、
「ん……」
ヴィオラの唇は、シャーロットのそれで塞がれてしまっていた。
柔らかく、生暖かい感触。
その意味を理解する前に、シャーロットの舌がヴィオラの双唇を割り、口内へと侵入する。
身体が強張り、動かない。手に力を入れようとするが、指先はわずかに動くだけ。
やがて、シャーロットの顔が離れる。引き抜かれた舌の先で、シャーロットは自分の唇をなめた。まるでグロスを引いたかのように、妖しく手燭の薄明かりを反射する。
「ほら、ヴィオラお姉様も拒まない」
「な、なに、を……」
ようやく意に沿って動いた腕は、咄嗟に口元を隠していた。シャーロットがクスクスと笑う。
「だって、ヴィオラお姉様が可愛いのですもの。お姉様だって、気になった娘にはとりあえず手を出すこともあったのではなくて?」
無い。そう言いたかったが、相手はそう思っていなかったかもしれない。そう考えると、声は出なかった。
「私、お姉様のことを尊敬しております。常々疑問に思っていました。殿方は婚姻前に女性と愛を囁いても許されて、女は純潔を求められる。
不公平ではありませんか。女にだって、誰かと肌を重ねたいときはあるのです!」
「ですが……それが貴族社会でのあり方です。正当な血脈を保つために、必要とされることです」
「そう、それに一石を投じたのがお姉様なのです!」
シャーロットの瞳が熱っぽく潤む。そこにヴィオラの姿が歪んで映った。
「お姉様は、純潔さえ守っていればよいと、女性に手を出された。革新的です。これなら、貴族の慣例に則り、どこの誰かも分からない種が紛れ込むことはありません!」
「違います! 私はただ欲を満たそうとしたわけでは……」
「では、なぜ抱いたのですか? 愛だけだというのなら、体を重ねる必要はありませんよね」
ヴィオラは、何も言えなかった。シャーロットが、嗤う。
「いいじゃありませんか。ただ、肉欲のためだけでも。難しいことは、気持ち良くなって忘れましょう?」
――好きでしょう? そういうの。わかるんです。
シャーロットの腕が、ヴィオラの顔の横に突き立てられ、石壁を慣らす。
片方の手が、ヴィオラの頬へ当てられ、首筋、鎖骨、そして胸の形なぞるようにゆっくり這い回る。
「や、やめてくださいまし。私には、愛する方が……」
ヴィオラは、拒絶の言葉を吐き出す。しかし、シャーロットは微笑んだまま、その手を止めない。
「嫌なら、突き飛ばしてでも逃れてくださいね。拘束なんてしていないのだから」
そして、そんな風に宣うのだ。
ヴィオラの両手がシャーロットの体にかかる。だが、それだけだった。
突き飛ばすという行為を、ヴィオラはどうしても取ることができなかった。
「ヴィオラお姉様、可愛い。私、令嬢殺し殺しだなんて名乗ろうかしら」
シャーロットの唇が、ヴィオラのそれに再び近づく。温かい吐息が肌に触れ、薔薇の香気が鼻をくすぐった。
ヴィオラが強く目をつぶった、その時だった。
「シスター・ヴィオラ、シスター・シャーロット。いるの? ずいぶん時間がかかっているようだけど」
入口の階段から誰かが呼ぶ声がした。
シャーロットが忌々しげに舌打ちをしたのもつかの間、ころりと表情を変えると、
「はーい! いますよー! もう戻ります!」
そう叫んで返した。
そして、ヴィオラから名残惜しげに離れると、
「続きはまたの機会にね、ヴィオラお姉様」
とだけ言って、シャーロットは一人階段へと向かった。
ヴィオラはその場に座り込み、その背を見送る。
抑えた胸の中からは、鎮まりきらない鼓動がいつまでも鳴り響いていた。
――その日、ヴィオラはエルザを抱くことなく、床についた。
「え、どうしたの、あんた? 体調悪い?」
体を求められないことに驚いたのか、エルザがヴィオラの体調を気遣ってくる。
ヴィオラは「なんでもありませんわ。少し、疲れてるだけなのです」と言い、なるべくエルザの顔を見ないように壁へ向いた。
シャーロットに唇を奪われたことだけは、どうしてもエルザに知られたくなかった
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