第2話「『小令嬢殺し』! そう呼ばれておりますわ!」
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「ねえ、エルザ先輩」
清冽な虫よけのポプリに、淫靡な汗の臭いが混じる居室。
その寝台の上で、ヴィオラは隣のエルザへと語りかける。
エルザは、荒く上気した息をし、仰向けになったまま目だけを動かして、ヴィオラに答えた。
「後輩への指導って、どうすればいいんでしょうね」
エルザはその問いに瞑目し、息をゆっくり整える。そして、
「そんなの、あたしが聞きたいわよ」
とだけ返して、そっぽを向いた。
薄い肌かけ布団が、かさりと音を立てる。
ヴィオラは片頬を膨らませ、むき出しのエルザの背に指を這わせた。
「ひゃっ!」
「エルザ先輩の意地悪」
「ああ、もう! 意地悪とかじゃなくて、本当に分かんなくなったのよ! あんたのせいよ!」
「えー、私のせいですの?」
「そうよあんたがっ……その、なに、出来すぎたのよ!」
そこでエルザはようやく、ヴィオラに向き直る。身を返したときに、エルザの腕がヴィオラの頂を擦り、思わずヴィオラの口から甘い声が漏れた。
「ふざけてんなら話やめるけど」
「ごめんなさい。でもこれ、不可抗力ですわ」
ヴィオラの一応の謝罪に、エルザはため息をついた。そして、
「あんたに私の指導はあまり意味がなかった。それは確かよ」
「そんなことはありませんわ! 私はエルザ先輩のおかげで、オーウェン院長から辺境伯令嬢の教育係のお話を受けるまでになれたのです」
「あんたは……本当に、そう思ってるのかもね」
エルザは小さく頭を振り、どこか諦めたように微笑んだ。
それがどうにも柔らかく、慈愛に満ちたものに感じ、ヴィオラは「あ、好き」とか思う。
エルザは「参考にするんじゃないわよ」と置く。
「普通の貴族が相手なら、まずはその鼻っ柱をへし折るの」
「鼻っ柱……ですか?」
エルザの口から出てきた物騒な表現に、ヴィオラはつい鸚鵡返しに尋ねた。
「そ、お貴族様はプライドが高くて、修道女を下に見ているわ。だからこちらが何か教えようとしても、素直に受け入れることができない」
「なるほど、その下地を作るために『鼻っ柱をへし折る』んですわね」
「そういうこと。ただ……」
エルザはふと、自嘲めいた笑みを浮かべ、
「位の高い貴族相手にはするんじゃないわよ。酷い目にあうから」
そう、ひどく実感がこもった口調で、ヴィオラに告げるのだった。
■
「ああっ、エーデルシュタイン公爵令嬢! 一度お目通り願いたいと思っておりましたわ!」
銀細工の髪を持つ、華やかなドレスを着た少女――シャーロット・オーウェン辺境伯令嬢は、院長室でヴィオラに会うなり、諸手を合わせて歓喜の声を上げた。
「シャーロット」
カミユの発した冷たい響きが、シャーロットに水を差す。シャーロットはその刹那、忌々しげな視線をカミユに送ったが、すぐにドレスの裾をつまみ上げると、
「……失礼いたしました。シャーロット・オーウェンと申します。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
優雅なカーテシーを披露してみせた。
ヴィオラは少し気圧されながらも、それを表に出すことなく、修道服の裾をつまみ、カーテシーで返す。
「ヴィオラ、と申します。この修道院で修行している間は、家名を名乗らないと決めております。オーウェン辺境伯令嬢におかれましては、どうぞこのご無礼、お許しくださいますよう」
しかし、シャーロットはその名乗りを聞いているのかいないのか、ずいとヴィオラへと詰め寄り、その手を取る。
「『令嬢殺し』と名高いエーデルシュタイン公爵令嬢に、教導していただけるだなんて、光栄の至りですわ!」
などと、一人盛り上がる。
院長室の甘ったるい香の匂いに混じり、シャーロットから薔薇の香りがふわりとした。
シャーロットに握られた手は柔らかく、じんわりとした熱を伝えてくる。
「あの、オーウェン辺境伯令嬢? どうか、家名ではなく『ヴィオラ』と……。え? 『令嬢殺し』?」
聞き慣れない呼び名に、ヴィオラの思考が止まる。
「それでは、ヴィオラお姉様とお呼びしてもよろしいですか? 私のことも、シャーロット、とお呼びください」
「え、ええ。わかりました。シャーロット様」
「様は不要です。敬愛する『令嬢殺し』に様付けだなんて、恐れ多いのです」
「そう、それですわっ。……その、不穏な呼び名は一体なんなのでしょうか」
大きくなりそうな声をすんでのところで食い止め、ヴィオラは尋ねた。
――レディキラーだなんて、前世のときなら喜んだかもしれないけど。
シャーロットはヴィオラの手を握りしめたまま、キョトンとする。そして、一人可笑しそうにコロコロと喉を鳴らす。
「ああ、失礼いたしました。『令嬢殺し』は、ヴィオラお姉様の偉業を称える名。
数多の貴族令嬢と褥を共にし、快楽と恐怖で支配した、王国史上でも類を見ない悪女の二つ名ですわ!」
広まる前に修道院へ来られたのですから、知らないのも無理ありませんわね――と、シャーロットが笑う。
ヴィオラは、何も返せなかった。しばらくの後、何とか絞り出した声が、
「そう、ですのね」
だけだった。歯が軋む音が、頭蓋に響く。強く噛み締めた下唇の痛みに、ふと、過去に愛したシーナの癖を思い出した。
シャーロットは、頬を紅潮させつつ、ようやくヴィオラから手を離し、大仰に両腕を広げると、
「そしてこの私、シャーロット・オーウェンは『小令嬢殺し』! そう呼ばれておりますわ!」
なんて、ひどく誇らしげにその異名を名乗るのだった。そして、
「まあ、ちょっと失敗して修道院に来ることになりましたが、大丈夫。今度はうまくやりますので」
どこかで言ったような台詞を吐いたのだった。
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