第1話「貴女に教育係を命じます」
「貴女だって、同じことをして修道院に送られたのではなくて?」
裁縫部屋で、周囲の修道女たちの視線を集める中。
銀細工のような長い髪をかき上げ、修道服を着崩した女――シャーロット・オーウェン辺境伯令嬢は、傍らに控える褐色の肌の少女を撫でながら、金糸の髪を持つ修道女――ヴィオラ・エーデルシュタイン公爵令嬢へそう問いを投げかけた。
ヴィオラはわずかに目を伏せ、顔を上げた。ちらりと不安げなエルザの顔を見る。
――申し訳ありません。エルザ先輩。私は貴女に話していないことがありました。
今は言葉にはせず、心の中だけで詫びる。そして、シャーロットをしっかりと見据えた。
「……そのとおりですわ。私はヴィオラ・エーデルシュタイン。
公爵家に連なる者にして、かつて数多の令嬢をその権力をもってして毒牙にかけ、『令嬢殺し』などと呼ばれている者。
ですが、私はその過ちを贖い、繰り返さないためにここへ来たのです」
発した言葉は凛とし、ただ事実を認めた。
ヴィオラの名乗りに、周囲はにわかにざわつき出す。
だが、シャーロットだけはそれを鼻で笑う。
「過ちを繰り返さない? だとしたら、貴女の後ろにいるその女は何だと言うの? この修道院で、その手にかけたのではなくて?」
「エルザ先輩は、私が公爵家の人間であるなどとは、知らないまま、思いに応えてくださいました。貴女にそれを伝えるため、先輩にはこの場に赴いて頂いたのです」
「ふうん、知らないまま、か。
……ねえ、シスター・エルザ。貴女は本当に、ヴィオラお姉様が公爵家に連なるお方だと、ご存知なかったの?」
シャーロットがヴィオラの肩越しに、エルザへと視線を送る。ヴィオラもそれにつられ、背後を振り向いた。
そして、
「――え?」
気まずげにうつむくエルザの姿が、ヴィオラに言葉を失わせる。
エルザの手が、小刻みに震えながらスカートの裾を握りしめているのが、やけにはっきり見えた。
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TS純愛追放令嬢VS百合ハーレム辺境伯令嬢(えちちはどこへ?)
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オーウェン辺境伯領にある女子修道院。
その院長室へと呼出されたヴィオラに、年嵩の修道女――カミユ・オーウェン修道院長は、どこか苦々しい顔つきでこう告げた。
「シスター・ヴィオラ。貴女に教育係を命じます」
しばらくの間、ヴィオラの耳元で、カミユの言葉が宙に浮いていた。
「え?」
と、我に返りきらぬまま、淑女らしからぬ返事をする。
院長室に立ち込めた甘ったるい香も気付けにはならず、しばし小さく口を開けていた。
「貴女に教育係を命ずると言いました」
カミユは眉間を指で押さえながらも、厳格な声でヴィオラへ言う。
「お、お待ちくださいませ。私はまだ修道院へ来て一年と経っておりません。まだまだ学ぶことが数多くあります。そのような身で、教育係などと恐れ多く……」
「周りの修道女からは、貴女に教えることはもう無いと聞いています。類を見ないほど、勤勉で優秀であるとも」
ヴィオラは、自身の教育係でありエルザの名が出なかったことに、若干の違和感を覚える。しかし、
「最近ではエルザから教わることもないのでしょう?」
先んじて言われた言葉に、ヴィオラは何も返せなかった。
「……はい。専門性のあるお勤めも増えてきましたので」
「薬草婆も褒めていたわ。筋が良いと。貴女がここに骨を埋めるのであれば、全ての技術を教え込みたいとまで。珍しいのですよ、あの偏屈がここまで手放しで称賛するなど」
カミユは机上のティーカップを持ち上げ、湯気も消えた紅茶を口に含む。
「シスター・ヴィオラ。教わったことを誰かに教えるということも、学びを深める経験なのです」
「それは……確かにそのとおりですわ」
ヴィオラは居住まいを正し、カミユの話を受けようと声を発しかけ、留まる。
そして恐る恐る、口を開いた。
「ところで――このお話を受けたら、部屋割りは変わりますの?」
「もちろん、変わります。公私ともに後輩を導くのが指導役の務めです」
カミユの淡々とした台詞に、ヴィオラは自分の眉が、情けなく下がっていくのを自覚した。
自身の指導役であるエルザは、ヴィオラの恋人でもある。その甘い同室生活が終わりを告げようと――、
「……そう、言いたいところだったのですが、今回は同室とはいたしません」
「まあ!」
ヴィオラは思わず手を合わせたが、カミユの冷めた目線を受け、しずしずと下ろした。
カミユは咳払いを一つし、続ける。
「相手の強い希望です。一人部屋のほうが都合が良いと」
「……ご都合、ですか」
カミユが再び紅茶に口をつけた。下ろしたカップが皿に当たり、静かに鳴る。
「シスター・ヴィオラ。貴女が指導するのは、シャーロット・オーウェン。私の姪であり、オーウェン辺境伯の娘です」
そう、告げた。
「わ、私が辺境伯令嬢の指導役に、ですか?」
「ええ、神の御下では身分の差などない。そうは言っていますが、それを実践するということは案外難しいものです」
カミユが意味ありげにヴィオラへ視線を送る。ヴィオラは深くうなずくと、
「ごもっともですわ。特にオーウェン辺境伯令嬢ともなれば、この修道院でもご存知の方は少なくないでしょう」
「……ええ、家格の釣り合いという意味でも、貴女がふさわしいと判断しました。指導方法はシスター・ヴィオラの自由にしてかまいません。本家の許可も得ています」
わずかな沈黙の後、カミユはそう言って嘆息した。そして、こめかみに手を当て、揉む。
――お疲れかしら。そうよね、辺境伯令嬢が修道院で修行するなんて、気苦労が絶えないのでしょう。
せめて自分はオーウェン院長の負担にならないようにしよう。
そう心に決めて、
「かしこまりました。指導役のお話、お受けいたします」
「そう言っていただけると助かります」
「ところで、差し支えがなければ、オーウェン辺境伯令嬢がどのような方で、どのような経緯で修行をすることになったのか、教えていただくことはできますか?」
カミユはヴィオラのその問いに、一瞬身をすくませた。
「……必要ですか?」
「できれば。相手の事前情報があるとないとでは、最初期の指導の組み立てに差が出ますので」
「そうね、事前情報。確かに、それは重要だわ、ええ」
まるで過去の苦い経験を思い出すかのように、わずかに歯ぎしりをしたカミユを見て、ヴィオラは「苦労してきたんだな」などと思う。
しばらくの間、部屋に沈黙が下りる。窓の外から作業をしている修道女たちの声が、かすかに聞こえた。
そして、カミユは重い口を開く。
「シスター・ヴィオラ。シャーロットは、貴女と同じことをしました」
カミユの言葉に、ヴィオラの心臓が跳ねる。
「シャーロット・オーウェンは、数多の令嬢たちと不適切な関係を持ち、性根を叩き直すためにこの修道院へ送られるのです」
それは、ヴィオラの罪でもあった。
新章開始しました。
今回はこれまでとテイストが少し違いますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
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