第2話「――あの二人、もうヤってると思う?」
■
昼の鐘が鳴り、午前の作業を終えた者たちが続々と食堂に集まってきた。
煮炊きの臭いが鼻を刺し、空腹を刺激する。
アリサは薬草婆に捕まって出遅れてしまい、ヴィオラと離れてしまった。
――お話でもしながら、ご飯と思ったのだけれど。とっておきのネタもあったのに。
昨日目撃したシスター・セレンとナンシーの密会の様子。口の固そうなヴィオラになら話せるだろう、なんて目論見もあった。
キョロキョロと食堂を見渡し、ヴィオラを探す。
「あっ」
と、ヴィオラの金糸が目に入る。修道院生活でも艷やかさを保っているそれは、良い目印だった。
アリサは声をかけようとし、止める。
ヴィオラはまるで尻尾を振る子犬のように、シスター・エルザにまとわりついていた。エルザはどこか鬱陶しそうな表情をしながらも、追い払うことはしない。
いつだかヴィオラが言っていた言葉を思い出す。
「エルザ先輩はツンデレですのよ」
惚気のようにうっとりとしながら呟かれた言葉に、この二人出来てるんだなーと察しつつ、
「普段はツンツンしてるけど、ふとした瞬間にデレっとしてくれる、素直になれない方のことですわ」
なるほど、あれがヴィオラが言っていた「ツンツン」なのか、と納得する。
アリサは二人から少し離れた席に陣取り、様子を観察することにした。
――格好のネタのニオイがした。
ヴィオラは人目をはばかることなく、エルザにべったりとくっつき、エルザから「場所を選びなさい」と叱られている。
しゅんとしたヴィオラに、エルザは「しまった」というような顔をして、自分の皿から一匙すくってヴィオラの口に運ぶ。それだけでヴィオラは満面で笑み、差し出されたスプーンをくわえた。
「美味しいですわ」
「いつもと同じ、豆の煮物じゃない」
「エルザ先輩に食べさせてもらえたから、何倍も――です」
はいはい、と聞き流すエルザに、ヴィオラが自分の皿から同じように一匙差し出す。
エルザは「げ」と眉根を寄せながらも、諦めたように口を開いた。
「美味しいですか?」
「……美味しいわよ」
人目も憚らずイチャイチャする二人を、アリサはウンウン頷きながら眺める。
「修道院だと女同士とかよくあるけど、あそこまであからさまなのは珍しいわね」
と、アリサの隣に一人の修道女が座る。
「あら、シスター・ハラ」
「シスター・アリサ、相変わらずこういうの好きなのね」
「数少ない楽しみなのよ」
シスター・ハラはアリサと同時期に修道院へやってきた。出会った当初は高圧的な態度が鼻についたのを覚えている。
「……あのシスター・エルザがあんなふうになるなんてね」
「ああ、シスター・ハラは子爵令嬢だったっけ? そんな貴女でも、彼女にだいぶ泣かされてたわよね」
「やめて、思い出したくもないわ。結局ここで暮らしていくには必要だったとも、今は理解できるけど」
苦々しく唇を噛み、頭を振るハラにアリサはクスリと笑う。
「ところで」
と、視線を二人に向けたままのハラが、妙に真剣な顔をしてアリサに問う。
「――あの二人、もうヤってると思う?」
ハラは、アリサの趣味友でもあった。
■
ランプの明かりを頼りに、今日の出来事を日記に書く。
ヴィオラとエルザのやり取りは、大型犬にじゃれつかれて困っている飼い主をみているかのようで、見ていて和んだ。
「――あの二人、もうヤってると思う?」
ハラのその問いに、アリサは「まさか」と答えていた。
ヴィオラはあの通り生真面目にも程がある性格だし、エルザは言うまでもない堅物だ。
「それはいくらなんでも早すぎでしょ」
独り言が、一人部屋の壁に吸い込まれて消えた。
試しに生まれたままの姿の二人を思い浮かべようとし、それさえも上手くいかずにやめる。
「しかし、『貴族潰し』のシスター・エルザをああも骨抜きにするなんてねえ」
実家の商会にいる番頭ですら、あそこまで苛烈な指導はしない。
それを涼しい顔で受け止め続けたヴィオラだからこそ、エルザの心を射止めたのだろうか。
「あ、そうだ」
と、文机の引き出しから便箋を取り出す。
番頭で、先延ばしにしていた手紙のことを思い出した。
最近少し羽振りが良くなったらしく、父から送られてきた便箋は、貴族が使うような上等なものになっていた。
アリサは羽根ペンを一度インク壺に沈め、手を走らせる。
定型文のような書き出しを終え、アリサは口に出しながら、文章を書き連ねていく。
「お友達のヴィオラさんは、すっかり先輩のシスターと仲良く――」
アリサが床についたのは、それからしばらくしてのことだった。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや★ポチ、感想をください。寂しいので励みになります(´・ω・`)




